第28-1話 遺跡探索
エルドラン王国への船賃を稼がなければならい。そのために、私は双子たちと共に魔物狩りに勤しんでいた。
できるだけ高値で取引される魔物を探し、片っ端から狩っていく。すぐに解体して、売るための素材は『
肉は腐るため、とっておくことはできない。食肉可のものは、私と双子で食べ、それ以外は捨ててしまう。
そんな風にして日々を過ごしながら、私たちはザクレフに向っていた。その道中のことだ。
「なんか…人間の臭いがしないか?」
森の中を歩いていると、不意にアルコがそんなことを言いだした。
「そうかな?」
私は首をひねる。この辺りには人里はないし、街道からも少し離れている。そんな所に人がいるだろうか。
アルコはくんくんと鼻を鳴らした。今は人間の姿だが、獣化しなくても双子の嗅覚や聴覚は普通の人間よりもずっと良い。
「やっぱりする」
「ホントだ!する!」
そう言って、二人は身をひるがえし、進路とは違う方向へ進んでいった。私は大人しく彼らについていく。
この辺りで臭いがすると双子たちは言った。しかし、どれだけ辺りを見渡しても、人の影はない。
「ねぇ!あれじゃない?」
そう言ってイリスが指さしたのは、蔦だらけの物体だった。蔦に覆われて見えないが、確かによく見れば人型に膨れている。
そのままその植物に近づこうとするイリスを私は慌てて止めた。
「待って!」
「え?」
「食人植物だよ」
すると突然、蔦がぬるぬるとうごめき始めた。無数の蛇が襲い掛かるように、蔦がこちらへ向かってくる。
この食人植物は蔦で獲物を締め付けて、圧死させるタイプの魔物だ。蔦の力は強く、一度捕まると簡単には抜け出せない。
しかし、私の方にも用意があった。
氷の
凍てつく冷気が蔦を伝って、あっという間に食人植物全体を凍らせた。
こうなってしまったら、こちらのもの。凍った植物は非常にもろい。剣を軽く振るうだけで、ばらばらと崩れていく。
「あ。捕まった人のこと考えてなかった」
ポロリとそう言うと、イリスが驚いた顔をした。
「えー!一緒に凍っちゃたんじゃないの?」
「まぁ、すでにこと切れていたとは思うし…」
このタイプの食人植物の
そう思っていたら、不意に声がかかった。
「おい。勝手に殺すなよ」
心臓が飛びはねそうになる。
声をする方を見ると、自力で凍った植物から脱出したのか、見知らぬ青年が四つん這いになっていた。二十半ばくらいで、少し神経質そうな雰囲気をしている。
「何だよ、死んでないじゃん」
「こらっ、アルコ。えっと、すみません。思わず攻撃してしまって」
私が謝ると、青年はやれやれと肩をすくめた。
「それにしても、あの魔物に捕まって生きていたなんて随分タフですね」
「森に入るときに防御魔術をかけていたからな。そうじゃなきゃ、とっくにあの世に行ってるよ」
青年が言うには、防御魔術のおかげで蔦の絡みにも耐えられたが、あまりにもガチガチに巻き付かれたもので、指一本も動かせなかったと言う。これでは
そこに私たちが通りかかったのだ。
「まぁ、結果的に助かったのはあんたらのおかげだ。一応、礼を言っておく。僕はノヴァリスと言う」
「俺はギルベルト、そしてこちらの二人がアルコとイリスです」
よろしく、と愛想の良いイリスに対して、アルコの方は仏頂面だ。どうやら仲良くする気はないらしい。
ノヴァリスはよくよく私たちの顔を見比べた。
「なにか?」
「いや。最初はあんたら、兄とその弟妹かと思ったんだが……全然似てないな。というか、その二人は聖王国の人間じゃないだろう」
アルコとイリスの外見を指摘するノヴァリス。なかなか鋭い。
改めて考えてみれば、私たちは異様な組み合わせかもしれなかった。そんな男が双子の子供を連れている。しかも、こんな森の奥で。
「だったらなんだよ!」
反抗的な目で見上げるアルコに、フンとノヴァリスは鼻を鳴らした。
「別に。ただ、最近は物騒な話も多いからさ。誘拐なんて話も聞くし。もし、外国人をさらったなら国際問題にも発展するかも……と思ってな」
あぁ、これは。どうやら完全に怪しまれているようだ。私が誘拐犯だと疑われている。
さて、どう弁明するべきか。そう
「リベ……ギルベルトは誘拐犯なんかじゃありませんっ!むしろ私たちを助けてくれているの!」
「どういうことだ?」
このままでは要らぬことを話して、話がややこしくなりそうだったの――で、私は二人の会話に割って入った。
「実はこの子たち、エルドラン王国の人間なんですが、親とはぐれたみたいで。森をさまよっているところを俺が見つけたんです」
「え?」
「あちこち親御さんを探したんですが、見つけられず。もしかしたら親御さんが、すでにエルドラン王国に帰ってしまっている可能性を考えて、あちらまで送っていくという話に…」
「エルドランまで!?」
「ただ、恥ずかしながら俺は貧乏なので、船賃が足りず…。こうして森の中で魔物を狩って、お金を稼いでいる最中なんですよ」
間違っても、スプートニクス侯爵のことには触れない。そんなことを話せば、ややこしいことになるのは請け合いだ。私はテキトーな嘘を混ぜながら、あながち間違っていない事情をノヴァリスに説明した。
さてはて、これで納得してくれるのか。視線を向けると、ノヴァリスはなんだか呆れたような顔をしている。
「なぁ……あんたって、この双子とは知り合いでも何でもなかったんだろう?」
「え?あ、はい。そうです」
「そんな他人のために大金はたいてエルドラン王国まで行くのか?」
「いや、だって放っておくわけにもいきませんし」
「……はぁ」
深いため息を吐くノヴァリス。それが気に障ったようで、アルコが噛みついた。
「ギルベルトはすっごい人間ができているんだよ!あんたと違って!」
「いや~、ただ成り行きに流されているだけだよ?」
そんなたいそうなことをしているわけではなく、私はただちょっと人助けしているだけである。前世のことを思い出せば、「まぁ、これくらいなら」と思ってしまえる程度のボランティア精神だ。
そう、前世の魔王討伐。
周囲からの期待と重圧。もし一つでも間違いを犯せば、自分はおろか、部下の兵士たちの命も奪ってしまう、その責任。常に100%の力を出さなければいけないというギリギリの極限状態。
精神的にも肉体的にも非常にキツかった――と、昔を思い出して私は遠い目になった。
「……なるほど。疑って悪かった。仮にも恩人に対して失礼だったな」
コホンと咳払いすると、ノヴァリスは素直に謝ってきた。
「それで、その埋め合わせというわけじゃないんだが、一つ仕事を受けてみないか?」
「仕事?」
ノヴァリスの依頼は、この近くにある古代遺跡の調査だった。今や誰も立ち入る者がいない見捨てられた遺跡である。彼がこの森に入ったのは、その遺跡の探索が目的だったらしい。そして、彼の護衛を私に頼みたいと言う。
ノヴァリス自身、魔術には自信があるが接近戦は苦手。だから、前衛を担う人間が欲しいとのことだった。
「その遺跡に何かあるの?宝物とか?」
興味津々にイリスが聞くと、ノヴァリスは首を横に振った。
「まさか。そんなものがあれば、とっくに盗掘されているはずさ。一般的な意味のお宝はないよ」
「一般的な?じゃあ、普通じゃないお宝はあるの?」
イリスの問いに、ノヴァリスはにやりと口角を上げた。
「ああ、そうさ。そこには大魔術師ノアの研究成果が眠っているんだ。まぁ、もっとも凡人には分からないだろうけ――」
「ええっ!ノアの!?」
私は思わず、そう口に出してしまった。
ノアは前世での私の弟子――しかも、頭が良くてとびきり優秀な魔術師であった。
「それは本当ですか?一体、どのような研究を!?」
ノアが遺したという研究成果。
ノヴァリスはしばらく私の様子に面食らっていたようだが、やがて……
「魔術師ノアを知っているのか?」
と聞いてきた。
「もちろんです。魔術史の教科書にも載ってあるじゃないですか!すごく優秀な魔術師ですよね?」
私の言葉に、ノヴァリスは破顔した。
「そう!そうなんだよ!ノアは僕が一番尊敬する魔術師なんだっ!!」
さきほどの雰囲気から一変し、ノヴァリスは非常に嬉しそうに話す。よほど、ノアのことが好きなのだろう。そんなにまで弟子が慕われて、師匠としても鼻が高いものだ。
うんうんと、私もにこやかにノヴァリスの言葉を聞いていると、彼の話はどんどん熱が入って来る。
「巷では魔術師と言えばバカみたいに、
――ん、んん?
「ルキア、ルキア、ルキア、ルキア!バカの一つ覚えでルキアッ!!」
――な、なんだか雲行きが怪しい気がする。
「大体、教科書から間違っているんだ!すべてルキアの手柄のように書いてっ!!」
何のことを言われているか、すぐにピンときた。あの魔術史の教科書だ。そこに書かれていた身に覚えのない私の功績――誰かから奪ってしまったもの。
術の簡略化や消費魔力のコストカット――あれはもしかしなくとも、ノアの研究成果だったのか?よりにもよって愛弟子の手柄が私のものに……?
私は内心冷や汗ものだった。
「だから僕はノアの偉大さを世間に証明したいんだ!彼がどんなに素晴らしい魔術師だったか――だから、彼の研究成果を見つけて、世に発表したいんだ!!この通りだ、力を貸してくれ!」
拳を握りしめて、力説するノヴァリス。こう言われては、私の方も答えが決まっている。
「分かりました!」
私は力強くうなずいた。
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