第28-2話 遺跡探索

「なんで、こんな仕事を受けるんだよ」

 後ろから、こそこそとアルコが聞いてきた。どうやらノヴァリスの依頼を引き受けたことが不満らしい。

「だって、報酬も悪くなかったし」

 前金で金貨一枚。成功報酬でさらに二枚だ。悪くない額である。

 とは言うものの、私がこの仕事を引き受けたのは個人的な感情によるもだった。

 図らずとも、愛弟子の成果を奪ってしまったという罪悪感。そのせめてもの罪滅ぼしに、私はノヴァリスへの協力を決めたのだ。


 さて、目的の遺跡はすぐに見つかった。

 森の中、打ち捨てられた石の遺跡は思いのほか大きい。といっても迷宮というほどの規模ではなく、探索はそう難しくないだろう。外壁は蔦にびっしりと覆われていて、その中をのぞくと当たり前のように真っ暗だった。

「ここだ。間違いない」

 『灯り《ライティング》』で魔力の灯りで周りを照らしながら、ノヴァリスは言う。入口近くはホールのようで、広く間取りがとられていた。

「行くぞ」

 促されて、私たちは遺跡の奥へと進む。

 先頭は私とイリス、後にノヴァリスとアルコが続いた。

 内部は少しかび臭く、今にも崩れそうな個所がいくつもあった。そんなこの遺跡は蛇の魔物の住処になっているようで、

「蛇臭い……」

 アルコが眉間にしわを寄せていた。

 蛇の魔物が厄介なのは毒もあるが、気配を消すのが上手いところだ。こちらの死角から急に襲ってくる。

 しかし、そんな潜伏者もアルコとイリスの前には形無しである。

「斜め右、気を付けろ!」

「そこっ!」

 隠れ潜んでいる蛇たちを、双子は片っ端から見抜いていく。私はそれらに対応すればいいだけの簡単なお仕事だ。

「……何者なんだ、こいつら」

 あまりにも鋭い双子の危機察知能力に、ノヴァリスがそう口に出してしまうのも当然だった。

「んふー、すごいでしょ」

 得意満面のイリスである。

 遺跡の中は曲がり角が多く、それゆえ死角も多かったが、双子たちのおかげでさしたる障害にはならなかった。私たちは順調に、奥へ奥へと足を運んでいく。


 道中、おもむろにイリスが質問をした。

「そう言えば、ノヴァリスはどうしてそんなに勇者様が嫌いなの?」

 アルコもイリスも魔術史のことは知らないだろう。そのため、どうしてノヴァリスがルキアを悪く言うのかよく分かっていないようだった。

「勇者ルキアがノアの成果を自分のものにしてしまったからだよ」

 ムスっとしながら答えるノヴァリス。それから彼は詳しく説明した。一通り話を聞き終えた後、イリスは首をかしげる。

「でも、それって勇者様のせいじゃないよね?」

「えっ」

「だってノア様っていう魔術師の成果は、勇者様の死後に挙げたものなんだよね?もう死んでしまっている勇者様がどうやってソレを奪うの?」

「それは……」

 言葉をつまらせるノヴァリス。

「……ルキアの英雄像をより神格化するために、国からの圧力があったのかもしれない」

「だったら、そうしたお国の人のせいで、勇者ルキアを憎むのは筋違いなんじゃない?」

「………せ、正論だ」

 ノヴァリスがうめいた。

 もっとも、ノヴァリスだってイリスの指摘に今まで気づかなかったわけではないだろう。ただ見て見ぬふりをしていただけだ。論理的な思考に感情がついていけないことはは往々してある。

「まぁ、思入れが強いと、その分感情的になってしまうから」

 私はとりなすように言ったが、

「いや…。論理的ではなく感情的になるのは僕の考えに反する。これは大いに反省するところだ」

 ノヴァリスはそう生真面目につぶやいている。

「やっと勇者を認める気になったんだ?」

 フンと鼻をならすアルコに、ノヴァリスはこほんと咳払いした。

「勘違いしないでほしい。僕が勇者ルキアを一方的に嫌っていたのは事実だが、彼女の才能を認めていないというわけじゃない」

 改まった調子で話すノヴァリス。

「ゼロから何かをつくり出すことが、どれほど困難かは分かっているつもりだ。実際、現代魔術は彼女の術を改良したものか、それから派生したものだから」

 彼女が天才だということは認めざるを得ない――とノヴァリスは締めくくった。

 彼がそんな過大評価を口にするものだから、私はどうにもムズ痒くなってしまった。

「えっと……、何もないところから魔術をつくったんじゃなくて……、妖精が起こす現象や異能者の力なんかをマネたんじゃないですかね?」

 ルキアは無から有をつくり出すような天才じゃない、言外にそうほのめかす。

 けれどもノヴァリスは、

「そうかもな。けれども彼女が天才であることに変わりない。現に僕たちにはそんなこと、できないのだから。君も魔術師なら分かるだろう?」

「……」

 いや、さっぱり分からない。

 私が押し黙っていると、それを肯定ととったのかノヴァリスは続けた。

「妖精の力や異能を真似まねるためには、魔力の流れを正確にる力が必要だ。修練を積んだ魔術師ならば、いくらか魔力の流れを感じ取ることはできるが、精密な『観測』には程遠い」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ。世の中には絶対音感という音の高さを絶対的に認識できる者がいるが、それと凡人くらい差があるだろう。おそらくルキアはそういうたぐいの異能者だったんだろうな。『観測』の異能とでも呼ぶべきか」

「え?異能者」

 自分のことながら初耳である。わ、私は異能者だったのか?

「そんな異能、初めて聞きました」

「魔術という土台がなければ何の力も発揮はっきできないから、これまで……魔術が発展するまではほとんど気付かれなかったんだろうな。例えば、天才的な演奏家の素質を持っていても、楽器や楽譜がないと意味がないだろう?」

「おぉ、分かりやすい」

 私は内心拍手した。とりあえずこの青年。私よりも頭が良いことだけはハッキリしている。

 それにしても自分が異能者だったなんて、驚きである。

 前々から周りよりも魔力保有量が多いことは自覚していたが、なるほど。私は他の人たちより魔力の流れについてよくることができていたのか。経験量からくる差だと思っていたのだが……と、ちょっとびっくりの発見であった


 そうこうしている内に、私たちは遺跡の最奥と思しき場所へやってきた。他よりも広い空間が広がり、そこには――、

「…なにもない……っ、何もない!!」

 呆然としていたノヴァリスが急に叫びだす。

 まぁ、目の前の光景がショックなのはよく分かった。期待されていたノアの秘密の研究所。そんな痕跡こんせきは一つもなかったからだ。

 何か仕掛けでもあるかもしれないと、念入りに床や壁を調べた。この辺りの魔力も探ってみたが、特に何も見つからずじまいだった。

「ノアっていう魔術師。死ぬ前に、ここもキレイさっぱり片づけてしまったんじゃねぇか?」

 そういうアルコの意見が一番まっとうにも思える。他にすることもなく、私たちは入り口へ引き返すしかなかった。

 そんな失意の道すがら、私の前世でのノアとやり取りを思い出していた。


 魔王軍の中にも、その個々の軍隊を統率する指揮官がいた。そういう魔物はよく、遺跡や打ち捨てられた砦などを根城にしていたものである。中には、建物の構造が入り組んでいたり罠が多用されていたりして、攻めるのには一苦労な所もあった。

 そんなのとき、ノアはいつも入り口やが壁周りを入念に調査していた。なぜかと問えば、

「入るのに苦労するということは、出るのも大変――ということです。僕が城の主なら、不便にならないよう隠し通路をつくりますね」

 ということだった。

 ノアの意見通り、隠された通路を発見したことも多い。そのことをふと思い出した。


 入口のホールに戻ってきて、私は改めて辺りを探った。できる限り神経を張って、微細な変化にまで気を配る――と。

「あった!!」

 ホールの北東――そのすみっこ!!確かに、魔力の流れを感じる。

「えっ!?おい、ギルベルト?」

 ペタペタと壁を探る私を、他の皆が奇怪きかいなものを見るような目で見つめているが気にしない。やがて、私は目的の個所を見つけ出した。

「ここだ!」

 僅かに魔力の流れている場所――そこに自らの魔力を流し込む。すると……。

――ゴゴゴゴゴッ

 突如、壁が音を立てて動き出した。そして、秘密の通路が表れる。

「ははっ」

 実にノアらしい。私は思わず笑ってしまった。

 遺跡の奥に研究室を構えては、その秘密性は担保たんぽできるが、何分使いづらい。そこでノアは研究するのに不便がないよう、遺跡の入り口付近に隠し通路を作り、研究室への入り口にしたのだろう。

 大切なモノは奥に隠されている――という常識をくつがえした形だ。

 とてもノアらしい。私は懐かしい気持ちになった。

「どうやって、こんなモノに気付けたんだ?」

 目を見開きながらノヴァリスが聞いてきた。

「ただの勘です」

「……勘、だと?」

 うさんくさそうにノヴァリスはこちらを見てくるが、私は勘だと言い張る。

 ここで、前世でノアの性格を知っていたから――とか、魔力の流れを見つけたから――とか。そんなことを口にすれば藪蛇やぶへびだ。

「ほら、先に進みましょう」

 私はそう言ってノヴァリスをうながした。


 隠し扉から通路に入って真っすぐ進んだ突き当たありに、木製のドアがあった。鍵はかかっていないみたいで、ドアノブをひねると簡単に開く。キィ、と軋む音がした。

 扉の向こうは、思ったよりもこじんまりとしていた。

 寝起きするための木製のベッド、机と椅子が一つずつ、そして本棚。目に付く家具はそれくらいか。部屋の隅には食器などの生活雑貨が入った木箱があった。

 本棚にびっしりと収められた蔵書や、机の上にそのままになっている書類――魔力ルーン文字が書かれていある――なんかは、確かにここに魔術師がいたことを示してはいるが……。

「なんだか、拍子ひょうし抜けだな」

 アルコがそう感想を漏らす。

 たしかに、大魔術師の秘密の研究室というよりは、年老いた老人のわびしい一人暮らし――をこの部屋はほうふつとさせた。

 ルキアが死んでから、ノアは幸せな人生を送れたのだろうか。今さら意味もないが少し私は心配になった。

「だが、ここが探したノアの研究室に違いない。これはノアの筆跡だ」

 机の上に広げられた紙――経年劣化で今にも崩れてしまいそう――を手に取りながら、ノヴァリスが言った。


 これからノヴァリスは遺跡にとどまって、しばらくノアが遺したモノを調べると言う。ノアの部屋は遺跡の入り口から本当にすぐのところだし、もはや護衛は要らないということだった。

 これにて任務完了である。私たちは彼から成功報酬をもらった。

「えっ!?」

 前金で金貨一枚。成功報酬で二枚――そういう約束だったはずだ。それなのに、私がノヴァリスから渡されたのは金貨が九枚……前金と合わせれば合計十枚だ!

「多すぎますよっ!」

 慌てて返そうとすれば、ノヴァリスは静かに首を振る。

「正当な報酬だ。アンタがいなければ、俺はノアの研究室を見つけることはできなかったからな。それに……それだけあればエルドラン王国までの渡航料にも十分だろう」

「……」

 どうやらノヴァリスは、アルコとイリスのことを案じていてくれたらしい。

 他人のために大金をはたくなんて――と呆れ顔をしていた彼だが、何だかんだ言って根はとてもいい人のようだ。

 私はその申し出をありがたく受けることにした。


 そうして、私たちはノヴァリスと別れた。

 今後、彼がノアの最期の研究を世に発表してくれるだろう。それが今から楽しみだ。

 さて、ノヴァリスのおかげで船賃は稼げた。これで双子たちをエルドラン王国まで送って行けるはずだ。

 私たち一行は港町ザクレフへと向かうことにした。

 ザクレフの方角に目をやれば、上空に一匹の鷹が悠々ゆうゆうと飛んでいるのが見えた。

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