第26話 探し人

 不穏な空気が部屋に立ち込めていて、思わずジェラルドはびくりとした。そしてその空気を発しているのは、他ならぬこの部屋の主、ジェラルドの弟のユリウスである。

 どうやら間の悪すぎるときに訪問してしまったらしい。

 ここに来てしまったことは後悔しつつ、一体何があったのかとジェラルドは思案した。


 ジェラルド自身も巻き込まれてしまったスプートニクス侯爵の人身売買事件。

 あれで第一王子の派閥に大打撃を与えることができた。スプートニクス侯爵の非道な行いに、貴族はもちろん、民衆からも非難が相次いでいる。

 スプートニクス侯爵は第一王子の派閥の主要な人物だったため、マーヴィン第一王子自身も信用を落とすことになった。

 余談だが、今回の一件で危機感を覚えたのか、第一王子は突如とつじょ、魔物が巣食う迷宮の探索に乗り出した。それで周りからの支持を回復しようとしたらしい。

 たしかに、迷宮や古代の遺跡には人知を超えた力を持つ『遺物』が発見されることがある。だが、そんなのは超レアケース。宝を夢見た冒険者で、本当に夢を叶えた者などほんのわずかだ。

 そして今回の第一王子の探索も惨敗に終わった。さしたる成果がないどころか、近隣の町で薬のたぐいを買い占めたそうで、王都まで苦情が来ている。

 残念なことに、さらに評判を落とす結果になったマーヴィン王子だった。

――と、そんな風に事が上手く運び、ユリウスは機嫌が良かったはずだ。そして、さらにそれに拍車がかかる。

 スプートニクス侯爵に囚われていた子供たちの証言から、一人の少女の名が挙がったのだ。

 その名はリベア。青い髪が特徴的な十代前半と思われる少女らしい。

 証言では、その子が魔術を使って、子供たちを侯爵の城から連れ出したと言う。しかし彼女自身は皆を助けると、いつの間にか姿を消してしまった――という話であった。

 果たして、それが真実かどうか。

 ジェラルドからすれば、にわかには信じられない話である。

 貧困層の子供が魔術師だったというだけでも信じがたいのに、その少女は魔物を圧倒し、転移術と思われる魔術まで使ったのだ。現代に、転移術を使える魔術師なんているとは思えない。

 子供たちは何か大きな勘違いをしているのではないだろうか。ジェラルドとしては信憑性しんぴょうせいが乏しいと思わざるを得ない。

 しかし、ユリウスは違った。彼は子供たちの証言をまとめた報告書を見ると、歓喜の笑みを浮かべた。

「リベア!リベアというのかっ!!」

 そう、声を上げていた。

 いつも子供らしからぬ落ち着きをみせる弟が、こんな風に感情をあらわにするのは相当めずらしい。ジェラルドは目を丸くした。

 聞くところによると、ユリウスは最近、その『青い髪の少女』を探していたらしい。今回の一件で知り合ったユリウスの部下――ヴァネッサという女性――からの話だから、間違いないだろう。

 一体、どういう経緯いきさつで青い髪の少女を探すことになったかは不明であるが、ユリウスからすれば大きな手掛かりを見つけたことになるのだろう。

 すぐさま、ユリウスはスプートニクス領やその近隣で、リベアという少女の情報をつのった。だが、不思議なことに、彼女に関する情報は全くといっていいほど出てこなかった。

 日が経つにつれ、ユリウスの機嫌は悪くなっていった。

 そしてジェラルドはあずかり知らぬことだが、この日それは急降下していた。

 自分の失態に気付き頭を抱えるユリウス――そんな彼を不運にもジェラルドは訪ねてしまったのだった。



 自分が探し求めてやまない人物、青い髪の少女、ルキアの生まれ変わり。

 その彼女の名前がリベアと知って、ユリウスは天にも昇る気持ちだった。

 ただ外見が一致しているだけで人違いでは――?そんな懸念けねん微塵みじんもなかった。リベアがルキアの生まれ変わりで間違いないとユリウスは確信している。

 保護された子供たちの証言から、リベアは転移術と思われる魔術を使っていた。そんなものを使えるのはこの国――いや、この大陸にはいないだろう。もし、そんな奇跡を起こせるとしたら、勇者ルキアの生まれ変わりに他ならない。

 すぐにユリウスは、スプートニクス領付近でリベアの情報をつのった。やっと、彼女に会えるのだと期待が高まる。しかし、その手掛かりは全く得ることができなかった。

「どうしてだ!?」

 ユリウスは自問した。

 ルキアの影はちらつくのに、一向にその姿をつかむことはできない。

 それで、ユリウスは思い至った。

 もしかして自分は何か重大なことを見落としているのではないか――と。

 不安を覚えたユリウスはスプートニクス侯爵の事件についての資料を片っ端から読み返した。そうしているうちに、ふと疑問を覚えることがあった。

 この事件の発端は、息子をさらわれたデイヴィッドがデューク・クレスメントを頼ったところから始まる。当時、デュークはニジェルシティで剣客として一時的に逗留とうりゅうしていた。

 果たして、どうやってデイヴィッドはデュークがそこにいることを知ったのか。そもそも、彼らは知り合いだったのか?

 デイヴィッドは平民で、デュークは放蕩者ほうとうものとはいえ貴族だ。その接点が気になった。

 残念なことに調書には情報がなく、仔細を聞きたいとユリウスは考えた。デュークは事件の調査のために、現在は王都にいるはずだ。

 すぐにアポイントメントをとろうとしたところで、ノックの音がした。こちらの返事も待たず入ってきた無礼者は、ヴァネッサだった。

「坊ちゃん。追加の資料を持ってきましたよ…っと」

 マナーがまるでなっていない部下だが、ユリウスは彼女を重宝している。多少の無礼に目をつぶれるくらい、彼女が優秀だからだ。

 彼女の異能はすばらしいし、猟犬みたいに鼻が利く。今回の一件でも、大活躍だった。

 ふと、ユリウスはヴァネッサがデュークとデイヴィッドに同行していたことを思い出した。もしかしたら、二人から何か聞いているかもしれない。そう思って尋ねてみた。

 答えは思いのほか、簡単に返ってくる。

「えーっと、確か…オッサンが侯爵からの追手に命を狙われていたところ、救ってくれた旅人が、たまたまデューク・クレスメントの知り合いだったんじゃ……だったと思いマス」

 息子をさらわれたデイヴィッドはその旅人に、頼る相手としてデュークを紹介されたらしい。

「知り合いからの紹介か。旅人がどんな人物だったか、興味があるな。デイヴィッドは紹介状か何か、持っていたのか?」

「いいえ。ただ、その旅人は珍しい髪色をしていたので、その一部を証拠に持って来たそうです」

「珍しい髪色……だと?」

「ええ、青髪だったと……」

 ガタリとユリウスは思わず椅子から立ち上がった。大きく目を見開き、それからギロリとヴァネッサを睨む。

 ヴァネッサはハッとした。自分の主が何を思ったのか、察したからだ。

「青髪と言っても、旅人は成人男性だったそうです!少女じゃありませんっ!!」

 アンタが血眼になって探している人物じゃないと叫ぶ。

「……そうか。すまない」

 コホンとユリウスは咳払いした。

 もし、旅人が青髪の少女の可能性があったのなら、どうしてそれを報告しなかったのか――ヴァネッサを怒鳴りつけそうになってしまった。

 自分の浅慮せんりょを恥じつつ、ユリウスはさらに聞いた。

「その旅人の名は聞いているか?」

「確かありきたりな名前だった思います。何だった…ジリー…いいや、ジル?ギル?」

 ギル……という言葉を聞いた瞬間、ユリウスの肩がぴくりと動いた。

 青い髪のギル……その男性に彼は心当たりがある。前世で、よく知っていた男だった。

 ざわざわと血がざわめくのが自分でわかる。

「ギルバート…違うな。あ、そうだ。ギルベルト!」

「……っ!!」

 ユリウスは今度こそ血の気が引くのを感じた。


 ギルベルトなんてよくある普通の名前だ。だから、それだけでは気にも留めない。

 しかし、彼が青い髪をしていて、スプートニクス侯爵の一件にからんでいるのならば話は別だ。

 今やユリウスの中で、ルキアの兄だったギルベルト・クレスメントの姿が鮮明に浮かんでいた。

 ユリウスは頭を目まぐるしく回転させる。

 青い髪の少女の足取りが途絶えてしまったアムルシティ、デュークが滞在していたニジェルシティ――などなど。

 ここしばらくの街への出入記録は一通り目を通している。そして、そのどれにもギルベルトといの名があったはずだ。

 ギルベルトに背後に、青い髪の少女の姿がちらつく。こんなの偶然のわけがない。

 偶然じゃないのなら必然だ。つまり――、

「……変身術か」

 それは前世でのルキアの一番弟子も研究に取り組んでいた魔術だ。その姿かたちを変え、身体能力をもコピーできる。

 だが、結局成功することはなかった。代わりに、その弟子は対象の技能の一部を模倣できる『模倣イミテーション』を創り出したことを覚えていた。

 そんな背景のもと、漠然ばくぜんと変身術は人間の身では実現不可能な魔術なのだとユリウスは思い込んでいた。だが、それもルキアなら可能だったのかもしれない。なにせ、転移術をやってのけるくらいなのだから。

「……っ!!」

 ユリウスは唇を噛んだ。じんわりと舌に鉄の味がひろがる。

 どうしてその可能性に気付かなかったのだろう!

 ユリウスは己の失態を呪いたい気持ちでいっぱいだった。

 間違いない!ルキアの生まれ変わり――リベアはギルベルトの姿に変身しているのだ!ああ、早く確かめなければ――っ!!


「あのぅ…坊ちゃん?」

「……今、デューク・クレスメントはどこにいる?」

 戸惑うヴァネッサに、ユリウスは低い声で尋ねた。

「たぶん、警吏局にいると思いますけど……」

「すぐに連れて来てくれないか。彼に聞きたいことがあるんだ」

 有無を言わさぬ調子で言われ、さすがノヴァリスネッサも黙って従った。

 そして、彼女が部屋を出るのと入れ替わりに、哀れなジェラルドが訪れたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る