第24-2話 散毒石

 その家は小さく、一号二号は入れそうにもなかったので、彼らには外で待ってもらうことにした。

 私は家の中に入り、少しびっくりする。室内に家財道具がほとんどないのだ。がらんどうな部屋の中は、この家の経済状況が如実にょじつに物語っていた。

 その中で、一人の少年がベッドに寝かされたいる――スタンの弟だ。

 彼らの母親は涙をすすりながら、ずっと弟のそばで看病しているようだった。ちなみに、父親の方は薬代のため出稼ぎに行っているらしい。

 弟君は六歳らしいが、それよりもかなり小さく見えた。しかも今、高熱をわずらっている。呼吸も早く苦しそうだった。

 ふと視界に、弟の右腕が入る。腕には包帯が巻かれていて、そこから覗く肌は青紫色をしていた。

「毒ですか?」

 私が村長に尋ねると、彼女は頷いた。

「バジリスクの毒じゃ。一週間ほど前に嚙まれてしまったらしい」

「だったら!バジリスクの肝から解毒剤を作れば――」

 そうは言ったものの、村長は首を左右に振った。

「そう思って、材料を街へ肝を求めたが、手に入らずじゃ。聞くところによると、最近王族が買い占めてしまったらしい」

「えぇっ!?」

「この辺りの古代の遺跡群、その中にいわゆる未踏破の迷宮ダンジョンがあってのう。どうやらその王族はその攻略にのぞむそうで、準備として薬の類を片っ端から買い求めたようじゃ」

「なんて迷惑な…」

 他の人のことは考えないのか。私は絶句した。

 人買いが横行し、決して豊かとは言えないこの国を見れば分かることだが、この国の王族は腐っている。唯一の良心は、人買い事件に介入してくれた第三王子だけだろうか。

「そういったわけで薬もその材料も不足し、値が高騰こうとうしている。たとえバジリスクの肝を見つけられたとて、到底とうてい買える値段じゃないのじゃ」

 そう言って、村長は家具がほとんどない家の中を見渡した。

 裕福ではないこの一家では、解毒剤もその材料も買うことができない。それで困っていたところに、一人の魔術師が訪れたと言う。

 その魔術師の男は、自分なら病人を救えると言い張った。その言葉にすがるように、スタンの両親は有り金をはたいて治療を頼んだのだ。

 実際、魔術師が呪文をかけると、スタンの弟の熱は下がり、容体も和らいだように見えたという。

「でも、それは一時のことでした」

 そう話すスタンの母親の表情は暗い。魔術師が去って二日経ち、弟くんの状態は急激に悪化したということだった。

「息子は助かるのでしょうか?あなたも魔術師なら何か分かりませんか?」

 すがるようにスタンの母親に見られて、私は弟くんの体を調べた。そして、そこに確かに魔術の痕跡を発見する。術式の構成から、それがどんなものかは何となく分かった。

「これは……解熱と鎮痛の魔術のようですね」

 思わず、眉間にしわが寄ってしまう。

 仔細しさいは異なるが、術式の骨格は私でも使える解熱・鎮痛のための魔術だ。解毒ではない。つまり、これはあくまで対症療法であり根本的な治療とはならないのだ。

 そのことをスタンたちに告げる。真っ先に、状況を理解したのは村長だった。

「なるほど。はかられたというわけかい」

 苦々しい彼女の表情で、スタンも母親も、自分たちが魔術師に騙されたことを悟ったようだ。スタンは絶望した顔をし、母親は手で顔をおおって泣き出した。

 これは明らかな詐欺だ。しかもかなり性質たちが悪い。

「お主、この子を治せるかい?」

 村長に聞かれ、私は首を左右に振った。私にはそんな技術はない。

 ここに前世の旅で同行してくれた神子みこがいれば、たちどころに少年を救ってくれただろう。

 あぁ、そうでなくても。せめて、ここにバジリスクの肝があれば――いっそ、地団駄を踏みたい思いだった。今は中々手に入らないというバジリスクの肝――そんなに貴重なものを私は食べつくしてしまったのだと、思い出したからだ。

 だが、すぐにハッとする。私にはコレがあるじゃないか!!

「肝さえ手に入れば、わしが何とかしてやれるのだがのう。こう見えて、昔は都で薬師として名をせていて――」

 横で悔しそうに呟く村長。何というめぐり合わせ!

「それは本当ですか!?」

 私は思わず彼女の手を取り、まじまじとその顔を見つめた。

「材料さえあればあなたが解毒剤を作れると!?」

「……う、うむ。まぁ、そうじゃの」

 村長は少し戸惑いながら頷いた。

「だったら、これを使ってください!」

 私が懐から取り出したのは散毒石だ。百匹に一つしか取れないという貴重品、そして肝よりもはるかに高い解毒効果を持つ。

 村長は最初、キョトンとほうけていたが、すぐにそれが何なのか気づく。その表情の変化から、薬師と言っていたのは嘘ではないと分かった。

「こ、これは…」

「はい!早くこれを使って解毒剤を!できますよね?」

「そ、そりゃ…できるが……でも、この値打ちを分かっているのかい?」

「命より高いものなんてないでしょう?さあ、早く!一刻を争いますから!!」

「わ、分かったよ」

 そうして村長は薬づくりにとりかかった。

 

「さすが散毒石。効果てきめんだったわい」

 ヒャヒャッと笑いながら、村長は私に鍋いっぱいのスープと籠に盛られたパンを持ってきてくれた。食事の量は男一人分には明らかに多く、一号と二号の分も含まれているのが分かる。

 ここは村長宅の離れ。ありがたいことに、今夜はここで泊まらせてもらうはこびになった。

 散毒石を村長に渡した後、彼女は大急ぎで解毒剤を作り上げた。その手際から、村長が腕の立つ薬師であることがよくわかった。

 スタンの弟に解毒剤を飲ませると、十分ほどで効果が表れはじめた。どんどん弟君の呼吸は落ち着き、熱も下がっていき、一時間も経てば、すやすやと安らかな寝息を立てるようになっていた。

 正直、ここまで効果があるなんて驚きである。そりゃぁ、散毒石が高値で取引されるのもうなずけた。

 弟君の容体が安定すると、私たちは村長の家に案内された。犬たちも一緒に過ごせるようにと、今は物置になっているという離れを使わせてもらう。少し埃っぽかったが、屋根や壁があるだけでありがたい。

 そこで休んでいると、村長自ら夕食を持ってきてくれたのだ。

「ありがとうございます」

 お礼を言うと、村長は首を振った。

「礼を言うのは、こちらのほうじゃ。散毒石がなければ、あの子は助からんかった。村民を助けてくれたこと――心から感謝する」

 深々と頭を下げられ、こちらが恐縮してしまう。

「さて、色々と使ってしまったが、まだ散毒石は残っている。これはお主のものじゃ」

 そう言って、村長は懐から散毒石を取り出した。私が見つけた時よりも一回り小さくなっているそれを、村長は私に差し出した。

「……」

 私は少し考えてから、石を押し返した。

「残りはそのままお渡しします」

「はぁ?なんだってっ!?」

 信じられないといった表情でこちらを見てくる村長。

「お主、この散毒石の価値は分かっておるのだろう?薬が高騰こうとうしている今、これを街で売れば数年は働かずに暮らせるぞ?」

「それは…確かに魅力的なのですけれども……」

 私だって散毒石の価値を知らないわけではない。貧乏なので、お金が欲しいとすごく思う――けれども、薬の類が品薄で手に入らないという村の状況で、万が一またバジリスクの負傷者が出たら……。

 そんなことを考えると、この散毒石は私が持っているよりも、この村で有事に使ってもらった方がいいような気がするのだ。

 そう話すと、村長は心底呆れたような顔をした。

「お主みたいなお人好しは損するばかりだよ」

 その言葉に私は苦笑いした。お人好しかどうかは分からないが、貧乏くじを引きやすいのは確かだ。

 結局のところ、要領が悪いのだろうと自分で思う。しかし、それは前世からで直そうと思っても直らない。きっと、そういう性分なのだろう。

 しかし、前世と比べれば――魔王退治なんて無茶難題をおおせつかったことに比べれば――今は何とも幸せなことか。なにせ、前世にはなかった『自由』があるのだ。

 貧乏暮らしと言えど、私は結構幸せにこの転生ライフを満喫まんきつしていた。だからこそ、心の余裕も生まれたのかもしれない。

「そうですか?これでも毎日楽しく過ごしてますよ?」

「まぁ、お主がそう言うのなら、わしからは何も言うことはできんが…」

「あっ!一つ、希望があるとするなら、スタンのご家族に援助してあげられませんか?」

 息子を助けるために、有り金をはたいた一家。

 同じ貧乏でも、明日の酒代欲しさに娘を売る父親もいれば、子供のために財産を投げ出す親もいるのだ。

「……分かった。でき得る限りはするよ」

 そう言うと、村長はしわだらけの顔で笑った。


 夜も更けた頃、私は寝支度を整えていた。かたわらには二号がいる。

 ここが屋内であっても外でも、いつものように一緒に眠るつもりらしい。今日もモフモフとした毛に包まれて、良い夢が見られそうである。

 一号は少し離れたところで、私のことをじっと見ていた。

 それで思い出す。あの散毒石持ちのバジリスクを仕留めたのは一号なのだ。

「散毒石、勝手にあげてしまってごめんな。でも、アレのおかげで今日一人の子の命が救われた。ありがとう」

 一号にゆっくり近づき、その目の前でお礼を言う。

 すると、不意に少年の声がした。

「別にいいよ……」

 ボソリとそう呟く声。

 いつの間にか、目の前にアルコがいた。

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