第24-1話 散毒石

 あれから私は二匹の犬(もしくは狼?)たちと、相変わらず共に行動している。どうやら彼らは私について来るつもりのようだ。

 エサをやったからなつかれてしまったのだろうか?私はちょっと困っていた。

 もちろん、攻撃魔術なんかで犬たちを無理やりに追い払うことも可能だ……が、まるで敵意のない相手を攻撃するのは気が引けた。

 そして何より、私はこの犬たちを気に入ってしまっていた。

 二匹は賢く、人の言葉も分かるようで基本的にはこちらの言うことを聞いてくれる。外見もモフモフとした大きなワンコで可愛らしく、目の保養になる。

 結果、現在に至る。

「いやぁ、ダメだろう。このままじゃ、街にも入れないよ」

 声に出して自分を叱ってみる。

 こんな大きな犬を連れて、門番が街への入場を許可してくれるとは到底思えない。

「でも食料は狩ってきてくれるしなぁ…」

 二匹とも大食いだが、自分たちで動物や魔物を狩ってきてくれる。それを私が調理するのがパターン化していた。

「見張りとしても役立つし…」

 二匹とも耳や鼻がかなり利くらしく、何か異変があれば私よりも先に気付く。

「モフモフだしなぁ」

 ゴワゴワしているかと思えば、その毛皮は案外柔らかい。顔をうずめると、獣臭と共にお日様のいい香りもする……って、ハッ!

 私はふと我に返る。

 いつの間にか、犬たちがいるデメリットよりもメリットを考えている自分がいた。

いかん、いかん――と首を振る私を、不思議そうな目で二匹は見つめていた。


 犬たちをどうするか――あれこれ悩んでいる間に一週間が過ぎていた。

 依然いぜんとして二匹は私の後をついて回り、寝食を共にしている。もはや一緒にいることが当たり前になりつつあった。

 二匹の犬は、どちらもゴージャスな銀の毛皮と琥珀こはく色の眼をしていて、よく似ている。はじめは私も全然区別がつかなかった。

 しかし、こうしてしばらく一緒に生活していると、徐々に二匹の個性というものが分かってきた。

 便宜べんぎ上、二匹を「一号」「二号」と呼ぶことにすると、二号の方が一号よりもフレンドリーだ。

 眠るときも私にくっつくようにして寝るし、よく「撫でて」と催促してくる。一方、一号は警戒心が強いのか、少し私とは距離をとっていた。

 もっとも、二号がフレンドリーすぎるだけで野犬ならば用心深くて当たり前なのかもしれない。

 その警戒心の強さからか、敵が近づいたとき、いち早く反応するもの一号だ。この日も、背後から接近してきたバジリスクに気付き、あっという間に仕留めていた。

 バジリスクは鳥の尾羽の部分が蛇になっている魔物で、鳥の方の体に立派な鶏冠が生えている。一見、鳥が本体にも見えるが、実は蛇の方が主体らしい。

 厄介なことに、バジリスクは蹴爪と蛇の牙に猛毒を持っている。一号はあっさり倒してしまったが、普通の兵士や狩人には荷が重い相手だ。

 一号も二号も、スピードとパワーがただの犬や人間と桁違いなんだよなぁ。

 そんなことを考えながら、私はバジリスクの解体を始めた。鳥の頭や蛇の部分を取り外し、軽く湯がいて胴体部分の毛をむしる。

 今日の昼食は豪華にバジリスクの姿焼きだ。

 ふと視線に気づき振り返ると、黙々と私が作業している様子を一号はうろんげに見ていた。

 猛毒を持っている魔物を食べようとしていることに引いているようにも見える。だから私は説明した。

「バジリスクの肉には毒はないんだよ。彼らは毒と共にそれを無効化する物質を体内で作っているんだ」

 だからバジリスクは自身の毒に耐性がある。毒を中和する物質はその肝臓で作られるらしく、肝は解毒剤の材料として高く取引される。

 まぁ、狼のような犬を連れている今の私は街には入れないから、簡単に肝を売却できない。今回は腐る前に肝も食べてしまうか。

 バジリスクについての私の講釈を聞いても、一号は半信半疑といった目でこちらを見ていた。

「本当だって。前に食べたこともあるから大丈夫だよ」

 そう。前世で何度か食したことがある。さすがの私も初回は緊張したが、隣にあらゆる回復術に精通している神子みこがいたので挑戦できた。

 バジリスクの肉は鶏にそっくりで、めちゃくちゃ美味である。じゅるりと思わずよだれをこぼしそうになっていると、

「あれ?」

 私はあることに気付いた。バジリスクの肝の一部が変色しているのだ。周囲は血の色なのに、その部分だけにび色でおまけに石のように固い。

 もしかして…これはっ!!

 私ははやる気持ちを抑えつつ、くだんの箇所をナイフで切り取った。

「散毒石だっ!」

 喜々として切り取った肝をかかげる。

 これはただの魔物の臓器ではない。とても価値のあるものなのだ。

 バジリスクは肝臓で毒を無効化する物質を作ると言ったが、まれにその物質が結晶化して肝の一部が石のように固くなることがある。それがこの散毒石だ。

 解毒成分が濃縮された散毒石は、肝をそのまませんじるよりも薬として余程効果が高い。これを使えば普通よりもはるかに質の良い解毒剤ができるのだ。

 問題は、百匹に一匹の割合でしか散毒石ができないという希少性の高さだ。ゆえに取引価格も高騰し、農民の年収一年分くらいの価値があるとかないとか。

 今まで収集した薬草や魔物の一部を売って、何とか旅をしてきたが、決して裕福とはいえない財布事情だった。宿代を節約して野宿することもしばしば。

 しかし、この散毒石を売れば、懐がずいぶん潤う。脱貧乏生活だ!

 手を血まみれにしながら、思わず喜びの声を上げる私。そんな私を、一号だけでなく二号までも距離をとって見ていた。


 思わぬ臨時収入を得て、私は上機嫌だった。バジリスクも想像通り美味しかったし、お腹も心も満たされた気分である。

 バジリスクの肉はじっくりローストしたおかげで皮はパリパリ、肉は肉汁が滴り落ちるくらいジューシーに仕上がった。塩と香草だけのシンプルな味付けだが、文句なしに美味しい。

 私から距離をとっていた一号と二号も、その美味しそうな匂いにつられ、堪らず肉へとかぶりついた。

 レバーの方も何度も水を変えてよく洗ったからか、臭みもそれほどなく美味しかった。

 結局、可食部は全て私と犬たちの腹の中に納まってしまった次第である。

 さて、食後。歩きながら、私は地図を見ていた。

「この辺りにあるはずなんだけれどなぁ」

 ここらにあるはずの村を探す。狼のような犬たちを連れて大きな街の中に入るのは難しいだろうが、村なら交渉の余地があるかもしれないと思ったのだ。

 人を襲ったりしないので、大丈夫です!!そう説得してみようかと思う。

 上手く村には入れたら、値段次第では散毒薬をそこで売ってしまってもいい。

 地図通りならば、今いる森の中に村があるはずだ。だが、高く茂る木々のせいで未だ見つからない。

 仕方ない、と私は魔術を使うことにした。

 ふわりと私の体が浮く。浮遊術だ。

 ゆっくりとしたスピードで私は上へ上へと浮上し、ついに森の木々よりも高い位置まで昇った。

 眼下に緑の絨毯のような森が続き――そして、ぽっかりと穴が開いた部分があった。その中に、小さな家が幾つも軒を連ねている。

 目的の村を発見!

 私は方角を確認した後、するすると地上へ降り立った。

「村があったよ」

 一号と二号に報告し、私たちは村へと向かった。そして、幾らか歩いたところで――。

「一号?」

 ぴたりと一号の足が止まる。続いて二号も立ち止まり、注意深く耳を動かした。

「……誰か来るね」

 二匹に遅れて私も気づく。森の中に人の気配――こちらへ向かってくるようだ。私たちに対して殺気や敵意はないようだが…。

「そこの魔術師さぁあああんっ!って、うわぁぁぁぁぁぁっ!オオカミぃっ!」

 騒々しい声と共に現れたのは、一人の少年だった。十歳手前くらいで、まだあどけなさが残っている。

 少年は私を指して声をかけ、それから後ろに控える犬たちを目にとめて悲鳴を上げた。

 一号も二号も大きいから、驚くのは分かるけれども…。

 腰を抜かしてしまった少年を、犬たちは呆れ顔で見ている。

「大丈夫だよ。襲ったりしないから」

 私は少年を助け起こしてあげながら言った。

「お、お兄さんのペットかなんか?」

「んー、まぁ。そんなところかな」

 事情を説明するのは面倒くさいので、とりあえずそう答えておく。

 少年はびくびくした様子で犬たちを見ていたが、一号たちに敵愾心てきがいしんがないと分かると、少し落ちついたようだった。

「ところで俺に何か用?」

「はっ!そうだった!お兄さんって魔術師だよね!?さっき飛んでいたし!」

 どうやら浮遊術で宙を浮かんでいるところを見られたようだ。ごまかしても意味がないので、私は素直にうなずいた。

「だったら、頼む!オイラの村へ来てくれよっ!!」

 必死の形相で、少年は私の手を取った。


 少年の名前はスタンといって、私たちが探していた村の子供らしい。彼は私たちを村へと案内する道中、どうして魔術師を探していたか説明した。

 もっとも慌てていたせいか、スタンの説明は要領を得ないものだったが……。

 分かったのは、家族に病人がいて、魔術師に診てほしい――ということだった。

 病の治療は本来、魔術師ではなく医者や神官の分野だ。

「いや、俺は簡単な治療魔術しか使えないから役に立つとは…」

 だから私はそう言ってみたが、

「いいから!とにかく来てくれよぅ!!」

 スタンはこちらの話も聞いてくれなかった。とにかく必死にぐいぐい腕を引っ張る。私は説得をあきらめて、仕方なくついていくことにした。まぁ元々、村に行くつもりだったし。

 そんなわけで、しばらくして私たちは目的の村に到着した。


 そこは森の中の小さな村だった。

 村の畑近くに見張り用のやぐらが建っている。そこから私たちの姿を目にとめたのだろう、警鐘の音が鳴った。

 原因はおそらく――。

「狼!?」

 村人の悲鳴が聞こえ、私は一号二号の顔を見る。

「どう考えてもお前たちのことだよ」

 私がそう言っても、彼らは我関せずといった様子で、知らん顔していた。

 結局、二匹の弁明はスタンがやってくれた。

「こいつらは旅人さんのペットで人を襲ったりしないから!」

 それで納得してくれる人もいたが、いぶかしむ者ももちろんいる。徐々に人だかりができていって、騒ぎは大きくなっていった。

 そんな中、一人の老婆が現れた。

「一体、何の騒ぎだ!?」

 頭巾の下に深いしわが刻まれた顔が見える。かなり高齢の女性だ。

「村長!オイラ、魔術師を見つけたんだ!ほら、この人だよ」

「はぁ?」

 ギロリと老婆――村長と呼ばれた女性――がこちらを見る。

「こんにちは」

 そう挨拶してみたが、返事はない。代わりに、値踏みをするようにジロジロと上から下まで見られた。なんだか気まずい雰囲気だ。

 そして少し後、村長は問いかけてきた。

「お主、魔術師なのかい?」

「ええ。まぁ」

「この子の弟を治せると?」

 そう言って、村長はスタンを見る。病床の家族とは、スタンの弟らしい。

「それは分かりません。そもそも治癒術は専門ではありませんし」

 村長の問いに、私は素直に答えた。

「でもこの人が魔術師だってのは本当だぜ!だって、空を飛んでいたし!」

 スタンが声を上げる。

 その言葉を聞いて、村長は低くうなった。それからしばらく考えた後、スタンに話す。

「家に案内してやりな」

 そうして私はスタンの家に通された。

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