第23話 転生と神々

 鏡のような水面に映っているのは、水色の髪をした少女。彼女が悪徳領主から子供たちを無事救出する様子を見て、女神ミーティスはうっとりとため息を吐いた。

「さすがはルキアだわ」

 ここは天界にある女神ミーティスの神殿、その一角にある泉だ。この泉の水面みなもは人間界の出来事を映すことができる。

 神々の最高位、三柱の一柱で、天界でも美貌の持ち主としてほまれ高いミーティスは、きらきらとした眼でかつて英雄と呼ばれた少女の活躍を眺めている。そこに一人の青年が声をかけた。

「ミーティス様。また、下界の様子をご覧に?」

 少し呆れたような表情で青年が言う。彼はエルクリウスという神で、ミーティスの部下に当たった。

「あまり一人の人間に肩入れするのは良くありませんよ?」

「そ、それはそうなのですが…」

 ミーティスはバツの悪そうな表情で口ごもる。彼女がルキアを贔屓ひいきしているのは、神々の中では有名な話だった。

「でも、相手はルキアなのですよ!彼女のことを気にかけるなと言うほうが無理です!」

「まぁ、確かに。彼女には酷な転生になりましたからね。一体、どういう手違いでこんなことになったのか…」

「彼女には可哀そうなことをしてしまいましたわ」

 そう言ってうつむくミーティス。

 勇者ルキアの転生先が、最貧層の家だったことに、神々は責任を感じているのだ。


 ミーティスたち神々は、この世界の生き物――特に人族――の魂の管理を行っている。前世で良い行いをした者には良い転生を、罪を犯した者にはその逆を――それが基本方針である。

 その点で言えば、勇者ルキアの転生先は最良のものにならないとおかしかった。何せ、あの魔王から人間界を救ったのだから。

 百年以上前、魔王が人間界を襲ったとき、天界は未曽有の大騒動になった。

 天界にとって魔王軍の人間界侵攻は予想外のことだったからだ。なにせ、魔王が人間界を支配するメリットが思いつかない。

 そして、一番の問題は魔王側と人間側に力の差がありすぎることだった。今の人間の文明では、魔王軍に太刀打ちできないことが明白だったのである。

 天界では意見が二つに割れた。

 この問題を人間自身に解決させるか、または神々が介入するかである。

 これまでの神々の方針は、人間の主体性を重んじたものだった。人間は自分の意思に基づいて行動し、またその行動に自身が責任を持つべきであるという考え。

 神々はあくまで人間が善く生きるためのサポートはする存在。表立ってでしゃばることはしない。

 とりあえず、神々は『恩寵ギフト』を人の魂に与え、魔王にどう対抗するか見守ることにした。

 『恩寵ギフト』は人知を超える不可思議の力だった。

 人間たちが異能と呼ぶ恩寵ギフトには様々な種類があった。

 ある者は常人をはるかに超えた身体能力を与えられ、またある者は予知能力や念動力を与えられた。

 そしてルキアも、そんな恩寵ギフトを与えられた一人だった。

 しかし当初、神々はルキアにはあまり期待をしていなかった。彼女に与えられた恩寵ギフトは『観測者の眼』と呼ばれるもの。マナの流れを視ることができ、また自身も大きなマナを持つことができる。

 マナとは森羅万象に宿やどるすべての源のことだ。現代の人間たちが言うところの魔力である。

 だが、当時の人間たちは膨大なマナを持っていても、それをどうやって扱えばいいのか、何に使えばいいのかを知らなかった。人の文明はまだその水準まで至っていなかったのである。

 だから、人間たちにはもっと『分かりやすい』恩寵ギフトが重用されていた。

 例えば、マナを炎や水といった自然エネルギーに変え、それを操る能力など。

 そういった恩寵ギフトの持ち主たちが何人も魔王に挑んでいったが、倒せた者はだれ一人いなかった。

 ちなみに、神々は恩寵ギフト以外にもサポートを試みている。

 時にはその時代にはそぐわない技術の産物『オーパーツ』を下界に落としたりもした。すさまじい切れ味の剣や、天候さえ操る杖。いよいよ魔王軍の侵攻が深刻になったときのための超巨大シェルターまで用意した。

 もっとも、その多くが未だ人間に発見さえされていないが――。

 ともかく、神々はできる範囲で色々と人間を応援していたのだが、その成果はかんばしくなかった。

 これはもう人間の主体性は諦めて、神々による直接的な介入に切り替えなければならないのではないか。

 そういう話が出始めた頃、ルキアが現れた。

 どうせ宝の持ち腐れだと期待されていなかった恩寵ギフトを保持するルキアだったが、なんと彼女は自らの恩寵ギフトを『魔術』として昇華させた。これには神々も驚きだった。

 そして、ルキアはマナを魔力と呼び、魔力ルーン文字を使って、マナを異なる力に変換することに成功したのだ。

 これにいち早く気づいたのがミーティスで、以来彼女はルキアから目を離せなくなった。

 そして、同時代に生まれた賢王エドワルドの秀逸なサポートもあり、ルキアは見事魔王から人間界を救ったのである。


 その後、魔王討伐に全ての力を注ぎこんでしまったせいか、ルキアはすぐに亡くなってしまった。その人生のほとんどを他人のために捧げたルキアは、その功績と人となりが評価され、神々たちは満場一致で彼女に最高の転生を与えることを決めたのだ。

 しかし――である。

 一体、どんな手違いがあったのか、ルキアが生まれ変わったのは貧しい家の子供だった。

 母親を早くに亡くし、毎日食べるものに困り、さらには暴力を振るう酒浸りの父親がいるという……最悪としか言い得ない状況。そこにルキアは、リベアとして放り込まれた。

 恩寵ギフトは魂そのものに結び付けられているから、リベアにも勿論『観測者の眼』は備わっていた。しかし、日々の暮らしが困窮こんきゅうしていたせいか、リベアは自らの才能に気付けない。前世のように魔術を使える素振りはなかった。

 そしてとうとう、彼女は人買いに売られてしまった。

 いよいよ見過ごせない事態になって、ミーティスは荒業あらわざに出た。

 それは、夢を通じて前世で縁の深かったユリウスにリベアを会わせることだった。

 エドワルドとルキア――彼らはお互いを信頼し合い、そして魔王討伐をなしとげたのだ……とミーティスは信じていた。それどころか、彼女の頭の中では、愛し合っていたのに、死によって引き裂かれてしまった二人という悲恋の物語が繰り広げられていたのだ。

 ミーティスは優秀な女神だったが、少し妄想癖があった。

 ともかく、ミーティスは二人を夢の中で引き合わせれば、前世の記憶も戻るかもしれないと考えた。

 リベアがルキアの記憶を得れば、魔術を使って今の生活から脱却できる。

 ユリウスがエドワルドであったことを思い出せば、何が何でもリベアを見つけ出して幸せにしてくれるはずだ。

 正直なところ、ミーティスのやったことは出しゃばりすぎ。人間の主体性を重んじる神々としては、黒寄りのグレーであった。

 無論、部下のエルクリウスは反対したが、それを跳ねのけたミーティスである。


 結果、めでたく二人は前世の記憶を取り戻した。

 魔術を得たことでリベアは惨めな生活から抜け出すことができた。そして、いたるところで人助けをし、善行を積んでいる。やはり、素晴らしい子だとミーティスは瞳を潤ませた。

 また、ユリウスの方も中々だ。相変わらず賢く、そしてリベアを必死で探している様子からその愛の深さが察せられる。彼が彼女を見つければ大団円だろう。

「前世で結ばれなかった二人が、今世で愛を成就させる。なんと素敵なことでしょう」

 感動した様子でそう呟くミーティス。

 一方で、冷静な部下のエルクリウスだけは、ふと疑問に思っていた。

 ユリウスはリベアを好きだとしても、リベアが彼を好きだとは限らないのでは?

 しかし、エルクリウスは優秀な部下だ。まるで物語のような恋愛劇を夢想している上司に水を差すような真似はしない。そして、彼の中に浮かんだまっとうな疑問は、口に出されることはなかった。

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