第22話 第三王子の災難

 いきなり弟からスプートニクス侯爵領に行けと言われ、ジェラルドはぽかんと口を開けるしかなかった。

「えっと……、どうして?」

 なぜ、スプートニクス侯爵領に?彼らは第一王子の派閥で、親しくもなんともない。むしろ政敵に位置する男である。

 事情を把握はあくできていないジェラルドに、ユリウスは侯爵の悪事を暴露した。子供の誘拐に人身売買――いくら特権階級といえども擁護ようごし得ない悪行の数々。これは断罪するべきだとユリウスは言う。

「人身売買の契約書はすでにこちら側の手にあるし、サインもスプートニクス侯爵本人のものであることは確認済みです。加えて、子供を誘拐されたという親の証言も得ました」

「それで、どうして僕がスプートニクス領に行く話になるんだい?」

 機嫌よく話すユリウスに対して、ジェラルドは首をひねった。

 確かに、スプートニクス侯爵の所業しょぎょうは許しがたく、その罪は裁かれるべきだと思う……が、どうしてその一連の過程で自分の名前が出るのか分からない。

「決定打が欲しいんですよ」

「決定打?」

「たとえば、スプートニクス侯爵の城にさらわれた子供たちがいたとしたら?もはや、どう足掻あがいても侯爵たちは言い逃れはできない。そう思わないですか?」

「それは……まぁ」

 確かに、それは強力な証拠になるだろう。ジェラルドはおずおずと頷いた。

「そこで兄さまの出番です。スプートニクス侯爵の城に行って、くだんの子供たちを見つけ出してきてください」

「ちょっ、ちょっと待って!!」

 無茶ぶりも過ぎると、ジェラルドは慌てる。

「そんなこと僕にできるわけないだろう!?大体、どうして僕なんだ?」

「え?できますよ。むしろ、兄さまにしかできないことです」

 ユリウスは平然とした顔でジェラルドの役割について説明した。

 ジェラルドはユリウスの部下と共にスプートニクス侯爵を訪問し、どうにか居城に潜り込む。そしてジェラルドが侯爵と対談して時間をかせいでいる間に、ユリウスの部下が子供たちを探し出す――という算段だ。

「しかし、急に訪問して怪しまれないだろうか?」

「そりゃあ、怪しまれるでしょう。普通なら無礼だと、城にも入れてもらえないかもしれません。しかし、兄さまはこの国の第三王子。急だからと言って、王子の訪問を臣下が無下に断るなどできないでしょう」

「そ、そうかもしれないけれどっ!でも第一、スプートニクス侯爵と何を話せというんだ?彼は第一王子派でマーヴィンの腰巾着こしぎんちゃくだぞ?」

「そこは兄さまに任せます。なに、大丈夫ですよ。あなたは天然の人たらしですし」

「一体、何を根拠にっ!そもそも、僕じゃなくてユリウスの方が適任なんじゃないのか?」

 今の状況を呑み込むのがやっとの自分よりも、この計画の発起人ほっきにんである弟の方がずっと適任者だと、ジェラルドは主張する。

 しかし、ユリウスは首を左右に振った。

「私は王都でするべきことがあります。それに、表立って活躍するのは兄さまでなければなりません」

「どうして!?」

 妙にきっぱりとした口調で言うユリウスを、ジェラルドは不可解に思いつつ、同時に嫌な予感がした。そしてそれは、弟の次の言葉で決定的になる。

「だって、この一件は兄さまの功績にしなければいけませんから。これで王座に一歩近づきますね」

 ジェラルドはぽかんと口を開けた。その脳裏に少し前の出来事が思い出される。

 ユリウスは言っていた。ジェラルドを王にしてみせる、と。

「ま、まさかアレ……本気だったの?」

 冷や汗を浮かべるジェラルドに、ユリウスはにっこりとほほ笑んだ。


 あれよあれよという間に、ジェラルドはスプートニクス侯爵領に行くこととなった。

 事は早ければ早いほどいいということで、道中の移動時間を短縮するため、最新式の魔導船まどうせんで川を渡り、途中からは早馬を乗り継いだ。

 慌ただしく、快適とは言い難く強行プランにぐったりとするジェラルド。しかし、そのかいあってか、たった四日でジェラルドはスプートニクス侯爵領とリンジー領の境にあるモンナシティに到着した。

 ここで、今回の一件の協力者たちと落ち合うことになっている。ユリウスの部下とクレスメント辺境伯の次男たちだ。

 そして彼らと会い、ジェラルドはそこでまた驚かされる羽目はめになった。

「どうして子供たちがここに?」

 なんと、スプートニクス侯爵の城に囚われているはずの子供たちが、どういうわけかデュークたちの下で保護されていた。その数、十九人。

「すみません。僕は事態をあまり把握できていないのですが…」

 困ってジェラルドがそう言うと、デュークの方も眉を下げて同じような表情をしていた。

「実はこちらも、さっぱりで。偶然、街道でこの子たちと出会いまして…」

 聞けば、子供たち自ら、城から脱出してきたという。

「そんなこと可能なんですか?」

「にわかには信じられないことです。どうやって逃げてきたのか聞いてはいるのですが…何分なにぶん子供相手で、話がちょっと理解し難いというか…。ただ、スプートニクス侯爵の下から逃げてきたのは間違いなさそうです」

 子供たちの幾人かは、スプートニクス侯爵家の家紋が入った武器を持っていたとデュークは説明した。

 さてはて、これは一体どうしたものか――ジェラルドは悩んだが、事態をより正確に把握するためにも、予定通りこのままスプートニクス侯爵の城を訪ねようという話になった。

 ジェラルドの同行者には、デュークに加え、ユリウスの部下のヴァネッサという女性が加わる。また、侯爵の城の外には王都から連れてきた警吏けいりの役人たちをぞろりと控えさせた。


 さて、ジェラルドたちがスプートニクス侯爵の居城を訪れると、異常事態が起こっていた。

 城の中のとある建物に、スプートニクス侯爵が閉じ込められてしまい、外に出られなくなっているというのだ。

 侯爵の緊急事態の最中さなか、王族の訪問を受けた彼の部下たちはパニック寸前だった。その混乱をいいことに、ジェラルドたちはしれっと城内を歩き回る。そして、くだんの建物の前にやって来た。

 ここに侯爵が閉じ込められているらしい。なんとも、武骨で地味な建物だ――と思いながら、ジェラルドは思案する。

「とにかく、スプートニクス侯爵に出てきてもらわないと話にならない。本当に開かないのかな?」

 試しにヴァネッサが扉を開けようと、その持ち手を引っ張ってみるが、びくともしない。

「鍵がかかってるんじゃねぇのかよ?」

 ヴァネッサが横にいた侯爵の兵を睨みつけるが、内側からも外側からも鍵はかかっていないという。

 それにも関わらず、扉は固く閉ざされていた。まるで魔術か何かをかけられたみたいに。

「そもそも、どうしてこんな扉をとりつけたんだ?」

 彼女の言う通り、目の前の鉄の扉はやたらと頑丈そうだった。建物自体も華美なところが一切なく、ただただ頑強さを求めた代物に見える。

「まるで、中のモノを決して外に出さないようにしているみたいだな」

 ヴァネッサの言葉に兵士の顔がぎくりとこわばるのを見て、ジェラルドはひっそりと城の外に待機させていた役人たちを呼びつけた。


「ちょっといいですか?」

 膠着こうちゃく状態が続く中、手を挙げたのはデュークだった。

「何とかできるかもしれません」

「本当ですか?」

 ここで立ち往生していても仕方ない。この状況を打開できるなら願ったり叶ったりだ。ジェラルドはデュークに期待の目を向ける。

 デュークはスプートニクス侯爵の部下に、扉を壊しても良いか確認した。意外なことに、それはあっさりと了承される。

 ただそれはデュークに対する期待からではなく、「どうせ壊せやしないだろう」という見くびりからきているようだった。

 部下たちも主を救うため、散々扉を破壊しようと試行錯誤したのだろう。しかし、どれも失敗に終わったのだ。それをぽっと出の剣士風情けんしふぜいに何ができるのだ――といった様子である。


 扉の前でデュークは剣を抜いた。剣で鉄の扉を斬ろうというのか。後ろで誰かの失笑が聞こえる。

 しかし、デュークはそんな笑い声など聞こえていない様子で、目の前の扉に集中していた。

 そして――一閃。

 斬撃のスピードが速すぎて、デュークが剣を振るったその瞬間をジェラルドは捉えることができなかった。彼の目に映ったのは、剣をさやに仕舞い直すデュークの姿だ。

 一体何が起こったのか。頭で理解する前に、ジェラルドの耳に轟音が届く。見ると、あの重々しい鉄の扉が両断され、崩れ落ちていた。


 建物の中にいたのはスプートニクス侯爵だけではなかった。彼の取り巻きの貴族たちが数人――中にはジェラルドの知っている顔もあった。

 皆、数日間閉じ込められて衰弱はしていたが、命に別状はないようだ。不幸中の幸いか、飲み水と幾ばくかの食料が建物内にあったらしい。

 それはさておき、一体彼らは集まってこの中で何をしていたのか。大きな疑問点だったが、建物の内部に足を踏み入れると、それはすぐに分かった。

 中央の大空間には魔物の死体がバラバラになって散らばり、それを見下ろせる場所に豪華な一室が設けられていた。

 闘技場と観客席。

 スプートニクス侯爵らが子供たちを使って何をしていたのか、ジェラルドは全てを悟り、

「スプートニクス侯爵とその仲間を取り押さえろ」

 冷ややかに命じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る