第21話 銀の獣

 さて、私は華麗に事件の後始末をデュークたちに押し付けることに成功した。

 無責任だとか不誠実だとか、脳内で前世の父兄の説教が聞こえてきそうだが、私は聞こえないふりをする。

 ただ、一応の確認のためにしばらくスプートニクス領との領境にあるモンナシティで情報収集はしておいた。間違ってもデュークたちの目に留まらないように、黒猫に変身して街に潜り込む。

 そんな私の耳に飛び込んできたのは、デュークの大活躍だった。

 なんと、彼はデイヴィッドの味方になってくれただけではなく、諸悪の根源スプートニクス侯爵を成敗しようと手を回してくれたらしい。というのも、王都からスプートニクス侯爵を摘発てきはつするため役人がやって来たのだ。しかも、第三王子も一緒だったという。

 私自身は王子の姿を見ることはできなかったが、突然の王族の登場に街中がこの噂でもちきりとなった。

 王族の介入があったせいかどうだか知らないが、事態は急展開をみせた。

 第三王子と役人たちは逮捕状を手にスプートニクス侯爵の居城に押し入り、彼とその取り巻きの貴族たちを捕えたのだ。

 彼らは非合法かつ非人道的な見世物――十中八九、あの闘技場だろう――をしていた現場にとどまっていて、言い逃れができなかったらしい。

 ここで私が少し疑問に思うのは、どうしてスプートニクス侯爵らが証拠隠滅を図らなかったかだ。

 とっとと城から逃げ出してしまえば良かったのに、そのまま居続けたなんて。あまりにも間抜け《まぬけ》だ。

 それとも、城から離れられない理由でもあったのだろうか?真相は不明である。

 どちらにせよ、あの悪趣味な連中は一網打尽いちもうだじんにされ、私もすっと胸がすく思いだった。さらわれた子供たちは親元に返されると聞くし、めでたしめでたしである。

 こうして心にかかる杞憂きゆうもなくなって、私は晴れやかな気持ちでまた旅を続けることにした。向かうは西――海の方角だ。



 森の中、私は倒した獲物を解体していた。

 今回の相手はアルミラージという巨大なウサギの魔物である。真っ黒ならせん状の角を持ち、それを武器に襲ってくるこの魔物は非常に獰猛どうもうで、ウサギのくせに肉食という食性を持つ。それが二匹がかりで私に襲い掛かって来たのだ。おそらく私をおうとしたのだろう。

 しかし、自然界は弱肉強食。哀れ、ウサギたちは逆に私の夕飯になってしまった。

 そう言えば、前世で魔物の肉を食べようとした当初、ギルベルト兄上に必死に止められたことを思い出す。


「腹を壊したらどうするんだ!?」

 そう言われて、

「もしそうなったら、神子みこさまに治してもらいます」

――と、返したはずだ。ちぎれた腕すらも再生できる神子みこならば、食中毒くらいお茶の子さいさいだろう。そう思ったのだ。

 それでも一部うるさい輩がいたが、私が大型の鳥の魔物をさばいて調理していると、だんだん何も言わなくなった。 

 私だけではなく、もちろん周りの皆も厳しい魔王討伐の行軍に疲弊ひへいしていた。

 戦いが激しくなった上に、魔王が支配する土地に足を踏み入れると物資の補給は乏しくなり、毎日の食事は貧相な携帯食ばかりなっていたからだ。

 そんな中で、食欲をそそるいい匂い広がる。じゅわりと、あふれる肉汁。それに私が勢いよくかぶりつくと、どこからかゴクリと唾を飲む音が聞こえてきた。

 肉を焼いて塩を振っただけなのに、何と美味しいことか。あの時の感動を私は今も覚えている。

 魔物の肉を食べても何ともない私。それに肉だって、さばいて焼いたらただの鶏肉に見える。

「食べます?」

 皆がどういう選択をしたか――言わずもがな。


「食事って大事だよなぁ~」

 しみじみとそう思う。さて、本日の夕飯は豪華にアルミラージのステーキだ。

 私は皮をはぎ、内臓をとって、手際よく解体をすすめていく。アルミラージの角は武器の素材として高く売れるから、どこかの街で換金しよう。

 解体が終われば、楽しい楽しい料理の時間である。

 と言っても、私にはそんなに難しいことはできない。塩とモンナシティで手に入れた数種類のハーブを肉にすりこみ、しばらくしてからそれを焼くだけだ。

 鉄板やフライパンなんてないから、平べったい石を探し出し、それを綺麗に洗う。あとは炎の魔術で石を熱すれば、鉄板の替わりなった。

 石の上で肉を焼くと、じゅうじゅうと良い音が聞こえてきた。匂いも素晴らしい。私は焼きすぎる前に肉を皿にとり、かぶりついた。

「美味しい!」

 肉は少し筋張っているが、噛めば噛むほど溢れ出る肉汁がたまらない。肉の臭みも、ハーブが上手く消してくれている。

 いくらでも食べれそうだ――とも思うが、さすがに一人でアルミラージ二匹は多すぎる。残った肉は乾燥させて、干し肉モドキにもしようか。そんなことを考えていると、背後に気配を感じた。


 森の中から現れたのは二匹の狼だった。

 狼……いや、犬か?犬にしては大きく、狼にしては少し小さい、そんな具合である。

 しかし、たかが犬と油断できないような気配が二匹にはあった。おそらくこの二匹は相当強いはずだ。

 それにしても、どうしてこんなところに犬が?食べ物の匂いにつられてやってきたのだろうか?解体をするときから、魔物が血の臭いに寄ってこないよう、魔物除けの薬草をいていたのだが……。

 私は静かに剣を手に取る。しかし、犬たちは静かに私を見るだけで、こちらに襲い掛かってくる様子がない。その眼は理性的な光があって敵意がないことを示しているようだった。

「…襲ってこない?」

 よくよく見れば、犬たちは実に美しい姿をしていた。ふさふさとした銀の毛皮と翡翠ひすい色の眼を持ち、獣だというのに品を感じるたたずまいである。

「クゥン」

 小さく犬たちが鼻を鳴らした。その視線の先は、案の定というか肉がある。もしかしなくても、お目当ては肉のようだ。

 まぁ、私一人では食べきれないことだし…と、私はアルミラージの肉を彼らに分けてあげることにした。

「ほら、どうぞ」

 大きな葉を皿代わりにして、生肉をどんと載せる。すると犬たちは困ったような仕草で、また「クーン」と鳴いた。

「もしかして…調理したやつが欲しいの?」

「ワン!」

 まるで私の言葉を理解しているように大きく鳴く。仕方なく、私は味付けした肉を焼き、それを二匹に出してやった。すると、さっきとは打って変わって、犬たちは肉にかぶりつく。

「本当に調理したものが良かったんだ」

 犬や狼は生肉を食べるものと思っていたから、ちょっとびっくりである。

 私の作るステーキを犬たちはお気に召したらしく、二匹はまたたく間に平らげてしまった――と。

「クゥーン」

 二匹は悲し気な声を出して、上目遣いに私を見上げる。これはおそらく「お代わり」という意味だろう。

 いやいや、あまり上げると私の保存食の分がなくなってしまうのだが……。

「キューン」

 大きな図体で甘えた声で鳴く二匹。うぅ……可愛いじゃないか。

「分かった。あげるよ」

 結局、犬たちはぺろりとアルミラージを完食し、保存食の分は残らなかった

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