第20話 再会

 パチパチと何かがはぜる音で私は目を覚ました。

 ハッとして飛び起き辺りを観察する。朽ちた石造りの壁と床、近くには焚火があった。それから子供たちの姿も。


 そこでやっと私は思い出す。ここはスプートニクス領との境、リンジー領側の森に打ち捨てられた廃墟の中だった。数日前、元は教会だったと思しきこの場所を私は転移先として選んだ。


 初めから救出人数が多い場合は、転移術を使うと決めていた。そうでもしないと、大勢の子供を抱えて脱出なんて不可能だからだ。スプートニクス領に入る前に、私はこの準備をしていた。

 ただし、できれば転移術は使いたくないと考えていた。答えは単純で、消費魔力量がとんでもないからだ。百年前にも使用したが、そのときは妖精たちに協力してもらった。一人でこの術を使ったのは、今回が初めてだ。


 案の定、転移後に私は魔力の使い過ぎで倒れてしまっていたらしい。目が覚めた今も万全の体調とは言えず、貧血のようにフラフラしている。

「あっ、起きた」

 そう言って近づいてきたのが、あの双子たちだった。その表情は城にいた頃のような緊張がなく、ずいぶんリラックスしているように見える。

「おはよう。皆は無事?」

 私の問いかけに、双子の髪の長い方がはきはきと答える。

「無事だよ。あなたを入れて二十二人。みんな、これといってケガもないよ!」

 子供たちを全員連れて無事に脱出できたようだと、私は胸をなでおろす。

「私、どれくらい寝てた?」

「丸一日くらい。もう起きて大丈夫なの?」

「うーん、まだ万全というわけじゃないけれど…・」

 しかし、ここにあまり長居するのはまずいだろう。スプートニクス領からは出たが、いつ追手がかかるか分からない。一刻も早く、子供たちを安全な場所へ避難させたい。

 私は双子たちにお願いをした。

「ねぇ、これからのことを話したい。皆を集めてもらえるかな?」



 やはり双子たちは子供たちのリーダー格のようで、彼らが呼びかけると散らばっていた子供たちがすぐに集合した。焚火を中心に輪になって皆で座る。

 私はこれから皆をニジェルシティに連れて行くと話した。もちろん、デューク・クレスメントを頼るためだ。私たちを匿 《かくま》ってくれそうな権力者と言えば、彼くらいしか思い浮かばない。


「どうやってそこまで行くの?また、魔術を使うの?」

 質問してきたのは双子の妹――髪の長い方――イリスだった。髪の短い方がイリスの兄でアルコというらしい。

「残念だけれど、そういうわけにはいかない。基本的には徒歩での移動になる」

 ここからニジェルシティまで大人の足でも五日はかかるだろう。それがこんな大所帯で、しかも全員子供だ。かなり大変な移動になりそうだった。

「道中は野宿になる。大変だろうけど、ついてきて欲しい」

 そう締めくくったところで、ハッとした。そうだ、この子ら食事の面倒もみないといけないのだ。

「ごめんっ!気が利かなかった。皆お腹空いているよね?すぐに何か狩って……」

 立ち上がろうとして、くらりと軽いめまいを覚える。踏ん張って何とか転倒するのを免れるが、やはり本調子ではないようだ。転移術の影響が未だ尾を引いているらしい。

「心配するな」

 双子の兄――アルコが言った。

「この森には動物が多いし、近くに沢もあった。イリスと一緒に適当に何か狩って来るさ。一応、武器とよべなくはないものもあるし」

 アルコは闘技場で使った剣や槍を見せる。どうやら一緒に転移されてきたらしい。

 森には魔物がいるだろうし、子供たちだけの狩りはすすめたくない。だが、アルコとイリス兄妹の身体能力を考えると問題なさそうにも思える。何より私自身が役立たずの現状なので、彼らに頼るしかない。

「申し訳ないけれど、お願いできるかな?くれぐれも魔物には気を付けて」

「まかせてよっ」

 イリスが元気よく返事すると、二人は廃墟を出ていった。


 双子の狩りの才能は大したもので、ウサギを四羽と大きなニジマスを二匹も獲ってきた。ウサギは丁寧さばき、肉塊にすると塩ゆでする。ニジマスは腹わただけを取って塩をまぶして焼いた。

 それらを皿代わりの大きな葉に載せて、皆に配った。二十二人で分け合うには量が少なかったが、誰も文句は言わない。塩のみ味付けというシンプルなそれを、子供たちは美味しそうに食べている。

 私もホッとして肉を味わっていた。これから一人で子供らを見ることを思うと不安だったが、アルコとイリスが優秀なので何とかなるかもしれない――と考える。


 食事を終えると、明日の朝にここを出発しようという話になった。これから毎日たくさん歩かなければならないから、十分睡眠をとって体を休ませるように皆に言い聞かせる。

 夜は肌寒いので、子供たちは皆で固まりお互いを温め合って眠っていた。そんな彼らの寝息を聞きながら、私の方は廃墟の周りに『警報アラーム』を仕掛けていく。その作業が終わって、私も休もうと思ったとき、後ろから声がかかった。

 アルコとイリスだ。

「少しいいか?」

 少し緊張した面持ちでアルコが言う。何か深刻な相談事かと思い、他の子供たちから少し離れた場所に移動した。


 空を見上げれば、今宵は満月だ。その月明かりに照らされる双子たちは神秘的で、一対の美しい人形のようにも見えた。

 年齢は十一か二ぐらいか。彼らの立ち振る舞いを見るに、おそらく良家の出身で、教育を受けていることが察せられた。

 一体、どんな事情で二人はあの城にいたのだろうか。他の子らと同様にさらわれたのか。そんなことを考えていると、

「リベア。お前は魔術師なんだよな?」

 唐突にアルコが問いかけてきた。

「一応、そうだけれど…」

「じゃあ、俺たちにかかった呪いは解けないか?」

「呪い?」

 物騒な言葉に私は目を丸くした。


 呪いとは、物理的な手段ではない方法で相手の身体もしくは精神をむしばむ不幸の総称だ。分かりやすい例が人を呪い殺す呪詛じゅそだろう。そして古くから、呪いの解除は神官――教会の専売特許だった。

  例えば、この大陸で一番の勢力を誇る女神教にはそのノウハウがあるらしい。呪いへの対処だけでなく、神官の中には治癒や解毒などの治療行為に精通している者もいて、その癒しの力は『法力』と呼ばれていた。

 その『法力』とやらについては私もよく知らないが、誰でも使えるわけではなく、選ばれた者が厳しい修行を積むことで女神から授かるものだと言う。特に力のある神官は『神子』と呼ばれ、教皇と共にあがめられている。

 力の仕組みは分からないものの、『神子』の『法力』は実際大したものだった。それを私は実体験として知っている。

 百年前の魔王討伐の行軍には、教会よりつかわされた『神子』も同行していた。彼女の力は実に見事なもので、あれに比べたら私の治癒魔術など子供だましみたいなものだった。なにせ、ちぎれた腕を元通り繋ぎ合わせてしまえるくらいだから。


 話がれた。つまり何が言いたいかと言うと、呪いの解除は神官の仕事で、魔術師の守備範囲外ということだ。私はできるだけ分かりやすく、そのことをアルコとイリスに説明した。

「……そうか」

「……」

 双子たちは押し黙り、目に見えてがっかりした様子だった。それで仕方なく、私は申し出てみる。

「でも、とりあえず、どんな呪いか教えてくれる?」

 するとイリスが自らの首を指した。そこには首輪がはまっていて、アルコも同様である。

「呪いってそれ?」

 双子はこくりと頷く。

「これがあると力が出ないの」

「でも自分じゃどうしてもとれないんだ」

 私は二人の首輪をよくよく検分してみた。


 首輪の材質は白くつるりとしていて、大理石に見た目が似ている。それが継ぎ目もなく、ぴったりと双子の首におさまっていた。締め付けるほど窮屈ではないが、余分な隙間もない様子だ。一体、どうやってこの子らにはめたのだろう。疑問である。

 一つ分かったのは、これがいわゆる『呪い』ではなさそうだということだった。どうやらこの首輪は魔力を通さない性質を持っているようで、双子の体に流れる魔力の障害になっていた。体の不調は多分このせいだろう。

 『呪い』ではいのなら、私でも何とかできる可能性はある。しかし、魔力を遮るという性質が厄介やっかいだった。魔力が通じないのでは、魔術で首輪を壊すことも難しそうである。

 もし、ここに本物のギルベルトがいたのなら、二人を傷つけず首輪だけを剣で断ち切るという達人技を披露してくれただろう―――が、私には土台無理である。

 うんうん頭を悩ませながらイリスの首輪を調べていると、私はあることに気が付いた。

 見た目は他と全く同じだが一部分だけ――ほんの数ミリの幅だ――魔力が通りそうな部分がある。ここだけ材質が違うらしい。

 興味本位に、私はそこに自分の魔力を流してみた。

 カラン。

 乾いた音を立てて首輪が地面に転がる。輪っかだったものが、ちょうど半円に割れてしまっていた。

 もしかしたら、魔力の流れた箇所は首輪の着脱に関わる魔術が施されていたのかもしれない。それが今、魔力を流した拍子ひょうしに解除されたのだ。

「すげぇ!俺も俺も!!」

 アルコが目を輝かせて言う。特に労力を伴うものでもなかったので、私はそちらの方も同じように外してやった。


「ありがとう!」

「これで自由だ!」

  喜びウサギのように飛び上がる双子。とても無邪気な様子で、今だけは年相応の子供に見える。

 そんな彼らに割れた首輪をも貰っていいかと尋ねてみた。すると、二つ返事っで承諾される。

「いいよ。そんなの要らない」

「ああ、見たくもないくらいだ」

 ということで、ありがたく頂戴することにした。私は喜々として、首輪だったものを麻袋にしまう。面白い素材だから、後で研究してみることにしよう。

 それにしても、この首輪は双子たちにとって余程邪魔モノだったらしく、今や二人の顔はとても晴れ晴れとしていた。

「これで力が出せる!リベアの力にもなれるね!」

「ああ、俺たちをもっと頼ってくれていいぞ」

――なんて、健気なことを言ってくれる。

「いや、十分頼りにさせてもらっているよ。むしろまだ子供の君たちを頼りすぎているというか……」

 昼間、魔力の枯渇で使い物にならなかった自分を反省しながらそう口にすると、双子たちは目を丸くした。

「何言ってんだ?お前だってまだ子供じゃないか。年上って言っても、俺らと一つ二つしか違わないだろう」

 怪訝そうな顔のアルコにそう言われ、私ははたと気付く。

 そうか。今の私はリベアの姿、外見は十四の少女だ。前世の記憶があるせいで精神は大人だけれども、アルコとリリスはもちろんそんなことを知るはずもない。

「とにかく、何でも一人で背負い込むなよ」

 アルコは少し照れた様子でそう言った。


 首輪の一件で、アルコとイリスとの距離が少し近くなった気がする。と言うのも、彼らが私に身の上話を聞かせてくれたからだ。

 なんと二人は、海を越えた島国からこの国にやって来たらしい。自国でさらわれ、聖王国に売られたと言うのだ。

「島国……というとエルドラン王国?」

 聖王国の南西にある国の名前を口にすると、こくりとイリスがうなずいた。

「そう。船に乗せられたの」

 エルドラン王国は聖王国の友好国で、自然豊かな美しい国だと耳にする。また、そこに暮らす人々の外見は、この国の人間とは異なるらしい。

 少し褐色を帯びた双子の肌を見ながら、なるほどと私は納得した。


「ところで、ニジェルシティにいるデュークという貴族は本当に信用できるのか?」

 少し剣呑けんのんな表情でアルコが聞いてきた。

「スプートニクスもこの国の貴族だから……、アルコは心配しているの」

 イリスが兄の言葉を補足する。これまでの経緯を聞けば二人が人間不信になるのも無理はない。

「少なくとも私は信用できると思う。もちろん、絶対とは言い切れないけれど」

 絶対に信用できると断言して、アルコとイリスを安心させてあげたいが、それができないのが辛いところだ。

 デュークは信用できる男だとは思うが、なにせ知り合ってまだ日も浅い。その上、私は今世での貴族の派閥や力関係すら知らないのだ。絶対大丈夫だとは言い切れない。

「でも、彼に頼るのが一番良いと思う。というか、他に頼れる相手がいない」

 正直にそう言うと、アルコはしぶしぶといった表情で小さくうなずいた。



 翌日、体調はいくらかマシになったので、予定通り私たちは廃墟を出た。とりあえず、街道を目指すことにする。

 願わくば、スプートニクス侯爵からの追手がかかっていませんように。

 幸い森の中でも魔物に出くわすこともなく、昼前には無事街道近くまで出ることができた。

――と、不意にアルコの足が止まった。

「誰か来る」

 ここはリンジー領だが、まだスプートニクス領に近い。私は用心して、子供たちに木々の後ろに隠れるよう言いつけた。

 すぐに魔術で聴覚を強化すれば、確かに誰かの話し声が聞こえる。ただ、大分距離はあるようで、よくアルコは気づけたなと感心した。

 私は話し声に耳を澄ませる。声から察するに、男二人と女一人のようだ。


「まさか、空を飛ぶとは…。やはり王子の部下は別格だな。君、顔が青いが大丈夫か」

「ちょっとフラフラしますが、何とか……。うぅ、また空を飛ぶことになるなんて」

「ほらっ、オッサン。しっかり歩く!モンナシティまではもうすぐそこなんだ。ったく、二人も運んでくたびれてるのはこっちだよ」


 体調の悪そうな男をもう一人の男が気遣っている。女は少しイライラしている様子だ。

「ほら、がんばれデイヴィッド。息子君を助けるんだろう?」

「ええ。そうですね。俺がしっかりしなきゃ」

 ……って、男の方!どちらも声に聞き覚えがあるんだけれど!!

 私は大慌てで、視覚も強化した。やがてゆるくカーブを描いた曲がり角から、三人の人影が現れる。

 案の定、一人はデューク。もう一人はデイヴィッドだ。女の顔は知らないが、黒髪のちょっときつそうな美人である。

「一体、どういうこと?」

 いくら何でも来るのが早すぎる。私は混乱した。

 デイヴィッドとシオンと別れて今日でちょうど四日だ。たった四日しか経っていない。そして、ここからニジェルシティまでの道のりは往復で十日はかかるはず――計算がまるで合わないのだ。

 もしかして二人のそっくりさんか――と馬鹿なことを考えるが、そんなわけはない。彼らの様子を伺うに、デイヴィッドが息子救助を頼み、デュークがそれを受け入れ、ここまで助けに来てくれた――と、しか思えない。

 しかし、やはり日数が合わないことが気にかかる。


 果たしてこのまま保護してもらっても良いのだろうか――そう躊躇ちゅうちょしていると、

「親父っ!」

 そう声を上げて、一人の少年が街道の方へ飛び出してしまった。ジャンだ!

 私がおろおろとしている内に、こちらに近づく三人の中に父親の姿を見つけたのだろう。

「ジャンッ!」

 デイヴィッドの方も息子に気付いたようで、慌てて駆けて寄ると、ジャンをしっかり抱きしめた。二人とも顔が涙でぐしゃぐしゃになっている。


 どうやら私の心配は杞憂だったようだ。デイヴィッドの様子からして、本当に私たちを助けに来てくれたのだろう。

 私は隠れている子供たちに、彼らは味方だと教えた。

「あの黒髪の大きな男の人がデューク・クレスメント様だよ」

「どういうこと?その人はニジェルシティにいるんでしょう?」

 イリスが困惑気に聞いてくる。

「どうやらジャンの父親に頼まれて、先回りしてくれたようだね。千載一遇の幸運だ。このまま保護してもらおう」

 そう言って、子供たちをデュークたちの方へ誘導すると、彼らはたちまち笑顔になって走って行った。きっと、大きな不安から解放された気持ちでいっぱいなのだろう。


 一方、デュークたちの方はちょっとしたパニックになっていた。まぁ、大勢の子供が突然沸いて出てきたのだから、無理もない。

 私はその混乱に乗じて、そっとその場を立ち去ることにした。元々、私はデュークの前に姿を見せる気はなかったのだ。

 なぜなら、デュークたちは『ギルベルト』の私しか知らないし、子供たちは『リベア』の私しか知らない。つまり、このまま私がデュークたちと再会を果たせば、芋ずる式にリベアとギルベルトが同一人物であることがバレてしまうからだ。

 この秘密は私にとって命綱だ。なにせ、エドワルド王の目を逃れる大きなアドバンテージなのだから。

 後はよろしくと、無責任にも私は子供たちをデュークに押し付けた。

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