第16話 協力者

 ヴァネッサは人探しをしていた。

 相手はもちろん、彼女の主の探し人『青い髪の少女』である。


 人身売買組織を探っていたヴァネッサだったが、ひょんなことから件の少女の情報を得た。娘を売ったクソ親父の証言では、その少女の髪は青かったという。

 この国で青い髪は珍しい――とは言っても、ヴァネッサはまさかその娘がユリウスの探し求めている相手だとは思わなかった。しかし、次に訪れたアムルシティで決定的な証拠を得ることになる。

 その街の孤児院にドリーという女がいた。彼女は青い髪をした少女に窮地を救われたらしく、少女を神子みことあがめていた。

 男嫌いだというドリーをあっという間に懐柔かいじゅうすると、ユリウスは彼女に確認を取った。

 魔晶玉越しのやり取りで、ドリーに『青い髪の少女』の肖像画を見せる。果たして、神子みことやらと同一人物なのか――ヴァネッサが特に期待もせず見守っていると、


「この人です!神子みこ様ですわ」


 ということだった。

 どうやらヴァネッサは本当に、本命を引き当ててしまったらしい。

 かくして、ヴァネッサはそのまま『青い髪の少女』の行方を調べるよう言い渡された。しかし、順調だったのもここまでだった。



 とりあえず、ここ最近のアムルの街に出入りした人間の記録を調べたが、『青い髪の少女』らしき人物は見当たらなかった。門番の証言も同じで、そんな少女は見ていないと言う。

 仕方なく、ヴァネッサは近隣の村や町にも足を延ばすことになった……が、成果は得られなかった。そして今は、ニジェルシティにいる。

 この街には剣術学校と魔術学校がある。特に前者の方は歴史が古く有名で、観光名所の一つだ。むろん、仕事中のヴァネッサに物見遊山ものみゆさんの時間などない。新たな手掛かりを求めて、彼女は魔術学校の校長を訪ねていた。


 この学校の校長は初老に差し掛かった女性だった。この国は男尊女卑の思考が根強く、要職に就いているのはほとんど男性だ。数少ない例外の一つが魔術という分野で、女性でも重役に就くことができた。

 実はこの校長、ユリウスがふんする美術商テオドール・ウェスティンの顧客である。ヴァネッサはテオドールの部下と言う立場で校長を訪ねていた。

 目的はもちろん、『青い髪の少女』の情報だ。この街で長年、教鞭きょうべんをとっていて顔の広い校長なら、何か有益な話を聞けるかもしれないという思惑である。


 しかし、話はそう簡単にいくはずもなく彼女は首を左右に振った。

「そんな子は見てないねぇ。青い髪のイケメンなら最近見たけれど」

 そんなことを言う。用があるのは男ではなく少女だ。結局、ここも空振りがとヴァネッサは肩を落とした。

 そうして、魔術学校を後にしようとしたときだ。慌ただしく玄関に誰かが入って来た。見れば、栗色の髪の豊満な女が息をはず ませている。


「どうしたんだい、エレナ?そんなに急いで」

「それが剣術学校の方でちょっと騒ぎがあって」

「何だって?あいつら、またうちにいちゃもんを付けてきたのかい?」

 校長は目を吊り上げた。どうやら剣術学校とは因縁があるらしい。違う、違うとエレナと呼ばれた女は慌てて首を振った。

「ちょっと訳ありの人が突然訪ねてきたみたいで……ってお客さん?」

 ここでようやくヴァネッサに気付いたようだ。校長が懇意こんいにしている画商の関係者だと説明する。


 それにしても、訳ありとは何だろう。少し興味があった。ヴァネッサはよそ行きの笑みを顔に張り付ける。

「面白い話ですか?それは興味がありますね。差し支えなければ、お話を?」

「別にいいですよ。結構な騒ぎだったから、どうせすぐ街中に広まるでしょうし」

 そう言ってエレナは話し始めた。



 校長に頼まれたお使いの帰り、エレナは剣術学校の前を通りかかった。すると、人だかりができていてやけに騒がしい。

 ここには良い思い出もなかったので足早に通り過ぎようとしたが、その耳にとある人物の名前が聞こえてきた。


「怪しい者じゃありません!俺はギルベルトさんの知り合いなんです!」


 エレナは思わず足を止める。それはエレナの窮地を一度ならず二度も救ってくれた恩人の名前だった。

 もちろん、ギルベルトなんて名前はよくある。けれどもその名前は、エレナが騒ぎの元に目をやるのに十分な動機だった。

 剣術学校の門前で一人の男がわめいていた。彼はギルベルトの名と同時に、もう一人の男の名を叫んでいる。


 デューク・クレスメント。

 それはしばらく前からこの剣術学校に逗留とうりゅうしている貴族の名だった。

 男はどうしてもデュークに会いたいと門番に懇願している。門番たちは困惑した表情を浮かべているが、見知らぬ人間をおいそれと通すわけにはいかない。


 その時、エレナの目に鮮やかな青色が飛び込んできた。

 男が持っているのは紐で結ばれた一房の髪だ。気づけば、エレナは男のそばに近づいていた。

「その手に持ってらっしゃるのは?」

「これはギルベルトさんの髪です!俺と彼が知り合いだということの証拠にもらいました!」

 エレナは門番たちに、

「確かにギルベルトさんと同じ髪色です。一度、クレスメント様にお伺いしてみてはいかがでしょうか?」

 そうとりなす。

「うーむ。まぁ、聞いてみるだけなら。それで要件は何だ?デューク様にお会いしてどうしようっていうんだ?」

 門番が問うと、男は今度こそ驚くべき発言をした。


「スプートニクス侯爵に息子を奪われました!侯爵は違法な人身売買に手を染めています!その証拠もありますっ!!」



――ということで大騒ぎだったんですわ、とエレナが締めくくる。

「それは物騒な話だねぇ」

 魔術学校の校長は顔をしかめた。

 ヴァネッサも同意見だ。公衆の面前で領主の罪を告発するなんて、間違いだったら不敬罪でしょっ引かれてもおかしくない。だが、件の男の言葉が妄言だとはヴァネッサには思えなかった。

 人身売買組織を追っている中で、何度かスプートニクス侯爵の話を耳にしたことがある。子供ばかりを買っているとか、そういう噂だ。ただ、どうにも真偽がはっきりしなかったため保留していた案件だった。

 そもそも代替わりして以来、スプートニクス家の領主は評判がすこぶる悪い。領民の血税で豪遊しているとも聞く。

 にやり、とヴァネッサは口角を上げた。これはひょっとすると、大きな獲物がかかったかもしれない。



 さて、一方そのころ。デュークは文字通り頭を抱えていた。

 急に呼び出されたかと思えば、知人の知り合いを名乗る男に領主の悪事を訴えられ、協力をわれた。


 正直なところ、初めは一体何の冗談だと思ったデュークである。

 しかし、確かにギルベルトのことは知っているし、彼は珍しい青髪で、同じ色の髪を一房、男は持っていた。

 男が口に出した領主の名も、近頃黒い噂を聞くスプートニクス侯爵だ。そして、実際にスプートニクス領では誘拐が多発しているとデュークも耳にしている。

 簡単に嘘だと断じることはできない。


 デイヴィッドと名乗るその男は息子をさらわれ、その子がどうやらスプートニクス侯爵の城にいるらしい。もしこれらが真実なら、デュークとしては是非とも助けてやりたいところだ。

 しかし、大きな問題が二つある。

 一つは、デイヴィッドが示した証拠――人身売買の契約書だ。ご丁寧に、買い手側の欄にはスプートニクス侯爵のサインがされている。契約書自体はいかにも本物のようだし、目の前で涙ながらに訴える男は嘘を吐いているようには見えない。

 だが、残念なことに、デュークにはこの契約書を本物だと証明するすべがなかった。


 そして、もう一つ残念なこと。デュークは、他領の貴族を裁くような権力は持ち合わせていないのだ。

 クレスメント家は名家として名をはせているが、自分はそこの次男坊で跡継ぎですらない。おまけに放蕩者だ。自分を頼ってきてくれたデイヴィッドには申し訳ないが、すぐに彼の息子を助け出せそうにはない。


 それでもデュークは何とか頭を回転させる。

 元来、クレスメント家の人間は正義感が強い。その血をデュークも色濃く受け継いでいた。己にできることはなんだろうか、と必死で考える。

 とりあえずは、早馬を走らせて辺境伯である父に連絡すべきだろうか。今、父親は王都にいるはずだ。ただし、距離的にはここからクレスメント辺境領の方が近いから、自領にいる長兄に頼むべきか――。


 そんなことを考えていると、またデュークを訪ねる者が来たという門番が言ってきた。

「今度は何だ!?」

「そ、それが第五王子の使いと言う方がいらっしゃいましてっ!」

「はぁ!?」

 たまらず、デュークは大声を上げた。



 ユリウスは魔晶玉越しに人身売買の契約者を確認した。そこに書かれているサインを、手元にある資料と見比べる。

 資料とは、数年前のスプートニクス侯爵の領主就任に関する公的文書だ。尚書局が管理する国王文書庫から無理を言って貸し出してもらった。それには、侯爵直筆のサインがある。

 文字の形態、筆順、筆勢などから二つのサインを書いた者が同一人物だと示唆していた。

 自惚うぬぼれではなく事実として、ユリウスは眼が良い。正規の筆跡鑑定に出しても、同じ結果を得られるだろう。


 さらに、訴えを起こしたデイヴィッドという男――さらわれた子供の父親――とも会話する。話しながら、その目の動きや声の震え、さらには心臓の音にまでにも注意した。

 かなり緊張しているようだが、デイヴィッドの言葉に偽りはない。そう、ユリウスは判断した。


 デイヴィッドの訴えによれば、スプートニクス侯爵が人身売買に手を染め、その中にさらわれた彼の子供がいるという。

 人身売買はこの国ではれっきとした違法行為だ。それは貴族であろうと関係ない。にもかかわらず、こうもはっきりと証拠を残すということは……。


――舐めている。

 と、ユリウスは思う。


 スプートニクス侯爵は、第一王子派閥の中心的人物の一人である。第一王子は皇后の実子というだけあって王位継承争いでは一つ頭が出ている状態だ。中央での派閥の力も強い。

  平民の子供を買ったところで、自らを脅かすことにはならないだろう――そんなスプートニクス侯爵の自惚れが見て取れる。


――ちょうどいい。


 ユリウスの目が剣呑な光を帯びた。これは第一王子派の勢力を削ぐ良いチャンスである。

 『青い髪の少女』について続報がなく気落ちしていたところだが、そんな折に飛び込んできた朗報だ。逃す手はない。

 ユリウスは目まぐるしく頭の中で算段しながら、訴えを起こした父親とその場にいたデューク・クレスメントに対して、自分が今回の件に協力する旨を告げた。


「ほっ、本当ですか?」

 デイヴィッドの目が信じられないように見開かれる。

「ええ。さらった子供を買うなんて領主としてあるまじき行為です。許されません。ヴァネッサ」

「はい」

「デイヴィッドさんを連れてスプートニクス侯爵領との境、リンジー領のモンナシティで待機していてくれ。すぐに王都から役人を派遣する。彼には役人の前でもう一度証言していただきたい。それからデューク殿」

「は、はいっ」

 デュークは少し緊張した面持ちで、魔晶玉越しにユリウスを見る。

「あなたの剣の腕は伺っています。もしよければ、デイヴィッドさんの護衛を頼めないでしょうか?私の部下も腕は立ちますが、彼はこの件の重要人物です。この先も命が狙われるかもしれません。どうか守っていただけないでしょうか?」

 そう言いながら、ユリウスの思惑は別のところにある。

 護衛という形でデュークを巻き込めば、必然的にクレスメント家はこちら側につくことになるだろう。

 クレスメント家はどこの派閥にも属していないが、重要地を守る立場上軍部での発言権が強く、また勇者を輩出した家として民衆からの人気が高い。その家を味方にすることで、第一王子派をずっと追い詰めやすくなるはずだ。


 そんな思惑を知ってか知らずか――おそらく後者だが――デュークは、

「分かりました。元より、私を頼って来てくれたのです。それなのに、私が何もしないでいるわけにはいきません」

 そう言ってしっかりうなずいた。



 魔晶玉での通信が終わると、ユリウスは勢いよく椅子から立ち上がる。

 これから忙しくなる。やることは山ほどあるのだから。

「証拠は契約書と――もう一つも欲しいな」

 例えば、実際に買われてしまった子供自身だ。

 スプートニクス侯爵が子供たちを何のために買ったのか、その理由は未だ不明だが、子供らという証拠があればますます言い逃れもできなくなるだろう。

 城の中に囚われているという子供たち。問題はその子供たちと、どうやって見つけるかだが――。

 そこで、ポンとユリウスは手のひらをうつ。それからにんまりと口角を上げた。

「どうせなら兄さまにも働いてもらおうか」

 そして、ユリウスは軽い足取りで自室を後にした。

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