第12話 神子

 アムルシティに着くと、ヴァネッサは早速人買い組織と『青い髪の少女』についての情報収集にとりかかった。

 酒場には何かと情報が集まる。とりあえず目に付いた店に足を向けると、その隅で何やら熱心に話している二人組の少年が目に入った。

 店内に客が少ないこともあって、図らずとも彼らの声はヴァネッサの耳に届く。

 少年たちはどうやらゴブリン討伐の相談事をしているらしかった。まずはどうやって広い森の中から討伐対象を探し出すか考えているらしい。


「三人で分散して探した方が効率良いよな」

「でも、強い魔物に会ったときのリスクが…」

「うっ…そうだな。油断大敵だもんな」

「僕らはまだ新米狩人だし、時間がかかっても三人一緒に探そう。朝早くから探せば何とかなるかも」


 そういう話をしていたところで、

「は?昼間にゴブリンを探す気か?あいつらが動くのは大体日が沈んでからだろう」

 思わずヴァネッサは口をはさんでしまった。少年たちは驚いた表情で彼女を見る。

「お姉さん、魔物詳しいんですか?」

「いや、詳しくはねぇけど。それくらい常識だろ」

 街の外を出れば、いやでも魔物を意識しなければならない世の中だ。運び屋として仕事をしていたヴァネッサも、ある程度の魔物の習性は知っていた。むしろ新米といえども、魔物を狩ることを生業なりわいにしている狩人が知らない方がまずい。


 成り行き任せに、ヴァネッサはゴブリンについて話した。例えば、彼らの住処すみかは薄暗い穴倉であること、人間よりもよほど夜目が利くことなんかを。

「知りませんでした」

 ジェイコブと名乗った少年が言った。かたわらにいるキースとやらもコクコクうなずいている。


 仮にも狩人を名乗るのにそんなことも知らないでいたのかと、ヴァネッサは呆れてしまった。

「いや、もの知らずにもほどがあるだろ」

「確かにそうかもしれません」

 眉間にしわを刻むジェイコブ。その一方で、相方のキースの表情は明るい。

「なるほど!なら、巣穴を見つけて、そこに攻め込めば良いんだな」

 途端に、ヴァネッサは犬の糞を踏んだような顔になる。

「お前、真正のバカか。なんで敵の根城に真正面から突っ込んでいくんだよ?」

 呆れ果てた声でそう言っても、当のキースは理解していないようだ。ジェイコブだけが眉間にしわを寄せて何か考えている。

「例えば、巣穴を煙でいぶすとか?」

 ジェイコブの答えにヴァネッサは首を縦に振った。

「いいねぇ。よくやる手だな。煙にまかれ空気を求めて出口に逃げてきたゴブリンを一網打尽いちもうだじん。逃げなかったヤツらは酸欠で死ぬ。実に合理的な方法だな」

 一方で、キースは何やら納得のいかない様子だった。

「それって卑怯じゃね?」

「お前なぁ。これはお遊戯じゃねぇんだぞ?殺る《やる》か殺られる《やられる》か、そこにキレイも汚ぇもあるかよ」


 ヴァネッサは冷ややかにジェイコブとキースを見る。

 こんな甘ちゃんじゃあ、ゴブリン相手でも簡単に野垂れ死ぬだろうと彼女は思った。このまま放っておいても良かったが、なけなしの親切心からヴァネッサは忠告する。

「とにもかくにも、お前らは経験どころか知識もまるでねぇ。悪いことは言わねぇから、狩人をやめるか信用できるベテランに教えてもらうか――どちらかにしな」

「けどよぉ。他の奴と組むと報酬の取り分が――」

 口をとがらせるキース。対してヴァネッサは、

「目先の金に目がくらんで命を落とせば世話ねぇな」

 ばっさり切り捨てた。

「まぁ、アンタらが死のうがどうなろうがアタシには何の関係もねぇけどな。好きにするといいさ」

「いいえ。ご忠告ありがとうございます」

 ジェイコブはキースに向き直る。


「お姉さんの言う通り、ベテランの人のパーティに入れてもらおう」

「えぇっ!?お前、そんなんじゃ雀の涙ほどしか金もらえないぞ?」

「それでも命の方が大事だ。あの時みたいに都合よく助けてもらえるなんて早々ないよ」

「んー、まぁ。そりゃそーだけど」

「また、アスナを危険な目に合わすわけにはいかない」

「はぁー。分かった、分かったよ」

「ありがとう」

「俺だって命はそりゃ惜しいしな。それにしてもお前、ずいぶん自分の意見を言うようになったじゃないか」


 キースが折れる形で話はまとまったらしい。それを見て、ヴァネッサは二人に声をかけた。

「話は終わったな?それじゃあ、今度はこっちの番だ」


 そこでようやくヴァネッサは本来の目的――人身売買組織についての情報収集にとりかかる。

 正直な所、こんな卵の殻がついているような新米狩人から有益な情報が引き出せると期待してはいなかった。せめてこの街の情報屋についてでも聞ければいいと考える。

 これだけアタシが世話を焼いてやったんだから、それくらい役に立てよ――と思いつつヴァネッサは二人に尋ねたのだが……


「ああ!そう言えば、最近人買いグループのリーダーが捕まりましたね!」

「たしか、神官だったんだっけ?」

 なんと。ヴァネッサが追っていた男はすでに逮捕され、牢の中らしい。この辺りの人身売買を牛耳っていた犯人がまさかの神官だったこともあって、この街じゃ知らない者などいないという話だった。


「マジかよ…」

 予想外の展開に、ヴァネッサから乾いた声が漏れる。今まで必死になって探っていた事件はすでに解決済みだった――という事実にめまいを覚えた。

 とんだ無駄足じゃないか。

 一気にやる気がなくなったヴァネッサだが、ユリウスがご執心しゅうしんの『青い髪の少女』についても探らなければならないと、何とか思い出した。


「……なぁ、売られた子供らの行方は分かるか?」

「何人かは街の孤児院に預けられたと聞きましたが」

「その中に青髪のガキはいたか?」

「すいません。それはちょっと分からないです。でも、青い髪をした神子みこの話なら……」

「はぁ?みこぉ?」


 ジェイコブが言うにはこうだ。

 人買いグループのリーダー逮捕の裏では、ちょっとした騒動があった。それに偶然巻き込まれてしまったのが、この街の商人の娘である。

 名前はドリー。

 その彼女が言うのだ。人買いの男たちを倒したのが青い髪の神子みこであると。


「……そのドリーってやつは今どこにいる?」

「彼女も今は孤児院で働いているはずですよ」

 神子みこについての詳細はジェイコブもキースも知らないようだ。なら、言い出しっぺに確認するのが早いだろう。そう判断して、ヴァネッサは二人に孤児院の場所を尋ねた。


「まぁ、姉ちゃんならドリーも会ってくれるんじゃねぇかな。女だし」

「ん?男だったらダメなのか?」

「すっげー男嫌いになったんだよ、ドリーは。前はそんなことなかったのに。なぁ、ジェイコブ」

「うん。たぶんショックだったんじゃないかな。捕まった神官を慕っていたようだし」

「ドリーの親父さんがプリムさんに愚痴ぐちってたらしいぜ。孫の顔が見れないって。まぁ、プリムさんもプリムさんで、アスナの理想が高くなって困るって――そう、こぼしてたけれど」

 キースの軽口を聞いて、なぜかジェイコブは表情を暗くする。

「そうだね。ギルベルトさん……かっこよかったもんね。強いしイケメンだし……」

「あっ……」

 しまったという顔になったキースは取りつくろうように、

「俺もお前もこれからだよ、なっ!」

 励ましのつもりか、ジェイコブの肩をバンバン叩いていた。


 事情を知らないヴァネッサは首をひねるばかりである。

「なんかよく分からねぇけど、アタシはもう行くわ。情報ありがとよ」

 そう言って酒場を後にした。



 孤児院を尋ねると、門に赤毛の少女が出てきた。長い髪をおさげにした十代前半の痩せた子供だ。

「ドリーという娘に会いたいんだが」

 ヴァネッサがそう言うと、

「どういったご用件で?」

 疑わしそうに聞いてくる。生意気そうな目だとヴァネッサは思った。自分も昔、こういう目をした子供だったと。

神子みこさまとやらの話を聞きたいんだよ」

 そう言って、ヴァネッサは少女に銅貨を握らせた。彼女は少し考えてから、

「どうぞ」

 ヴァネッサを孤児院の中に招き入れた。


 孤児院の建物は煉瓦れんが造りで、古いがよく掃除がされていた。その庭の一角にベンチがあり、ヴァネッサはそこで待たされた。

 ほどなくして現れたのは、二十手前ぐらいの女性だった。地味な色の服を着ているがその素材はよく、胸元には高そうな赤いブローチをつけていた。髪も手入れされ、手先は荒れていない。  

 一目で家が裕福なのだと分かった。彼女がドリーだろう。


神子みこ様のお話を聞きたいというのは、あなたですか?」

「ああ。風の噂で聞いてね。是非ともその素晴らしさを知りたくて」

 そう言うと、パッとドリーは表情を明るくした。

 それからドリーは喜々として神子みこの素晴らしさを語った。その人物は青い髪の少女で、他の子どもたちと同様に人買いに売られたらしい。

 しかし、そんな何の変哲もない少女が悪党を前に大立ち回りをする。彼らを成敗し、ドリーと七人の少女たちをアムルシティまで送り届けると、自分自身はいつのまにか姿を消してしまったという。

 にわかには信じがたい話だが、ドリーが嘘をついているようにも見えない。

 話を聞く限り、神子みことやらは魔術を使ったようだが、そんな芸当が貧乏な家のガキにできるだろうか。

 当のドリーはあんな素晴らしい力を持っているのは、神に選ばれた神子みこに他ならないから――などと言っているが。


 ヴァネッサが考えていると、

「あの子が私たちを助けてくれたのは本当よ」

 声がして見てみれば、先ほどのおさげの少女が立っていた。

「あら!メグ!」

「お茶を持ってきた」

「ちょうど喉が渇いていたのよ」

 ドリーはおさげの少女――メグが持って来たティーカップからお茶を美味しそうに飲む。ヴァネッサはメグに尋ねた。

「ということは、お前もその場にいたのか?」

「そう。私も一緒に売られたわ。それを助けてくれたのがあの子――名前を聞くの、忘れちゃったけれど」

 証人が二人もいれば話は確かだろう。それもこの『青い髪をした少女』は、ちょっと普通じゃないらしい。ひょっとすると本当に、ユリウスが探している当人なのだろうか。


 しかし、ヴァネッサに与えられた情報からはこれ以上確かめることは不可能だった。ならば、どうするか。

「ご本人に聞いてもらうか」

 そう言って、ヴァネッサは魔晶玉を取り出した。幸い、今回はすぐにユリウスと連絡がつく。

「何ですの?その水晶玉は?あら……誰かが映ってる――?」

 ドリーは目を丸くしていたが、そんなものは無視して手短にヴァネッサはユリウスに話を伝えた。すると、ユリウスは自らドリーと話がしたいと言う。

「アタシの上司がアンタと話したいってさ。もう一度、神子みこさまの話をしてくれるかい?」

「いやですわっ」

 先ほどまでの様子とは一変して、ドリーが首を左右に振る。ヴァネッサは慌てた。

「えっ?なんでだよ!」

「だって、ちらりと見えましたがその方は男性でしょう?」

「男性……って言ってもまだ子供で」

「子供でも男は男。嫌ですわ」

 きっぱりと拒絶するドリーにヴァネッサは頭が痛くなった。

 その横でメグがぽつりと

「出たよ。男嫌い」

 そうつぶやく。なるほど、そういう話があったと酒場でのことをヴァネッサは思い出した。しかし、子供相手でもしゃべるのが嫌とは相当徹底している。

「孤児院でも男の子とは必要最低限しか話さないわ」

 また、小声でメグが教えてくれる。

 それは大人としてどうなんだ、とヴァネッサは思った。しかし、今は力づくでもユリウスと話してもらわなければならない。これは実力行使か――そんな不穏なことをヴァネッサが考え始めたところで……


「レディー」

 びっくりするくらい優し気な声がした。確認するまでもなく、発声源は魔晶玉のユリウスだ。

「レディーの貴重なお時間をいただいて申し訳ないが、どうか私にも神子みこ様について話してもらえませんか?」

 極上の微笑みを浮かべてそう言う。

 元々顔の造形が美しいことも相まって、そこらの女性なら一撃でノックアウトされてしまいそうだ。そして、それは男嫌いを自称していたドリーも例外ではなかったようで――

「……はい」

 顔を赤くしながら頷いた。


 それから、ユリウスは順調にドリーから神子みこもとい『青い髪の少女』について聞き出していた。まったく男も女も、人間顔が良いと得である。

 その間、暇でヴァネッサは欠伸あくびをかみ殺していた。ちらりと横を見れば、メグが地面に木の棒で何やら描いている。

「それ、ひょっとして文字か?」

「うっ……悪かったわね。へたくそで」

 メグが顔を赤くする。地面にはいびつな文字で『お茶』と書かれていた。

「まだ、習ったばかりなのよ。あの人から」

 そう言って、ドリーを指す。

「あの女、ここで読み書きを教えているのか?」

「ええ。あと算術も。ちっとも授業を聞かない子も多いけど」

 一方で、メグは空き時間に授業の復習をするくらい熱心な様子である。

「アタシも勉強は嫌いだったな。でも、読み書きやら算術は知っているにこしたことはねぇ。それだけでける職業の幅がグッと広がる」

「そうよね!」

 ヴァネッサの言葉を聞いて、メグは嬉しそうにする。

「ドリーもそう言ってたの。あの人、悪い人じゃないのよ。ただ、世間知らずなの。勉強はできるのに」

「なるほど」

 当のドリーを見れば、顔をほころばせてユリウスと熱心に話している。このままだと、男嫌いも払しょくされそうだ。


 ヴァネッサは大きく欠伸あくびをした。

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