第10話 彼の異能

 目の前で地面に膝をついている異母兄を、ユリウスは冷めた目で眺めていた。


 彼はこの国の第一王子で、マーヴィンという。彼はユリウスとジェラルドを目の敵にしていて、お互い折り合いが悪い。

 今回も嫌がらせ目的で、マーヴィンが剣術の苦手なジェラルドを練習試合にしつこく誘ったのが小一時間前。そして、その場に居合わせたユリウスは「ならば私に稽古をつけてください」と兄をかばったのだ。

 マーヴィンとしては二人のどちらかに意趣返いしゅがえしできればそれで良かったので、これを快諾した。まさか、三歳年下の弟に剣で負けるなんて思いもしなかったのだろう。


 練習用の木剣を取り落とし、転倒してしまったマーヴィンは最初事態をよく分かっていないようだった。

 いつの間にか集まって来た周囲のギャラリーからどよめきが起こると、やっと自分がユリウスに剣をはじかれた上で転ばされたのだと気づき、羞恥心からマーヴィンの顔が真っ赤になる。

 マーヴィンが十六歳なのに対し、ユリウスはまだ十三歳だ。体格的に圧倒的なハンデを持つユリウスがマーヴィンに勝つなんて誰も予想しなかった。

 当のユリウス本人を除いては。


 異母兄を叩きのめした後、ユリウスは呟いた。

 これは使えるな、と。



 マーヴィンの盛大な八つ当たりを恐れてギャラリーたちも散ってしまった後、ジェラルドは弟に話しかけた。

「ユリウス!君、すごいじゃないか」

 上ずった声で言う。

「君が剣も得意なことは知っていたけれど、まさかここまで強いなんて!まるでマーヴィンがどう動くのか、最初から分かっているようだったよ。もしかして、本当に予知の異能でもあるの?」

「兄さま、まぐれですよ。マーヴィン兄さまの動きが分かりやすかっただけです」

 そう答えながらも、中々鋭いとユリウスは内心考えていた。


――これはやはり異能なのだろうな。

 最近になって、ユリウスは自分が異能を授かっていることを確信した。けれどもそれは、予知とかそういった類のものではなかった。

 ユリウスの異能は、ずば抜けて良い五感だった。

 昔から他人よりも目や耳が良いという自覚はユリウスにもあった。ただ、それが異能であるとは考えていなかったのだ。

 自分の感覚器の性能が超人的だと気づいたのは、前世の記憶が蘇り、過去と現在の感覚を比べるようになってからだ。

 ユリウスは自分の五感が並外れていることを実感し、そして意識すればするほど、彼の異能は研ぎ澄まされていった。

 今では目の前の人間の心臓の音まで聞こえるし、訓練された犬のようにわずかな臭いも嗅ぎ分けることができる。

 今回のマーヴィンとの試合も、彼の眼球や筋肉の動きからその後の行動を即座に予想したのだ。まさかこれほど上手くいくとは――と、ユリウス自身驚いていた。


 ユリウスは、この異能を誰かに話すつもりはさらさらない。こういうのは隠しておいた方が、後々便利だからだ。

 さてさて。それにしても今回のマーヴィンとの対決は良い経験になった。当初は探索に適していると考えていたこの異能だが、今回のことで上手く戦闘にも転用できることが分かった。今後、異能と身体を鍛えていけば、もしかしたら思った以上に強くなれるかもしれない。


 前世のエドワルドのときも、武芸はほどほどにたしなんだが、結局凡人の域を出なかった。もちろん、勇者ルキアの強さの足元にも及ばず、彼女を守れるような男にエドワルドはなり得なかった。

 しかし、今世ではどうだろう?もしかしたら、彼女を守れるかもしれない。それこそおとぎ話に出てくる騎士のように。


 ユリウスが好きな女の子を守るというシチュエーションを妄想していると、

「どうしたの?楽しそうだね」

 ジェラルドが顔を覗き込んできた。どうやら知らないうちに顔がニヤけていたようだ。

「……ンンッ。何でもありませんよ」

 咳払いを一つして表情を引き締める。その後、やたらと追及してくるジェラルドをあしらいながらユリウスは自室に戻った。



 自室に帰ると、ユリウスは手のひらをかざした。一瞬、空気が揺らいだかと思うと突如、拳大こぶしだいの水晶玉がそこに現れた。

 『梱包パッキング』と呼ばれる魔術で、無生物の質量を圧縮することができる代物だ。この術の特性として、術者の保有魔力量が多いほど圧縮できる質量も大きくなる。

 ユリウス自身の魔力量はほどほどといったところだから、そう大きな物は圧縮できない。この点からも、その能力が魔力量に大きく依存する魔術師としての大成は難しそうだ。やはり魔術よりも剣術に力を入れた方がいいだろうとユリウスは自己判断する。


 魔力量は凡人程度であるが、ユリウスもそして同腹のジェラルドも多少の魔術の心得があった。それは母方の家系に由来する。

 母の生まれの伯爵家は勇者ルキアの弟子だった魔術師が起こした家門で、これまでに多くの魔術師を世に排出はいしゅつしていた。

 『梱包パッキング』は母方の家系に伝わる秘術で、元々ルキアと彼女の弟子だった先祖が共同開発したらしいが、世間には出回っていない。

 というのも、汎用性の高さから悪用されることが懸念けねんされたからだ。

 たとえば、城内でどれだけ身体検査をしても、この魔術があれば危険物が簡単に持ち込めてしまう。


 さて、ユリウスが水晶の方に目をやると、部下からの連絡の形跡けいせきがあった。

 実はこれ、一見ただの水晶玉に見えるが、魔晶石という魔力を蓄えた貴重な鉱石からできている――通称『魔晶玉』だ。

 この魔晶玉には通信コミュニケートの魔術がほどこされていて、対の玉にこちら側の映像と音声が届くようになっている。

 つまり、離れた場所にいる相手と魔晶玉を介して意思疎通することができるのだ。

 この魔晶玉を使った連絡方式はとても画期的で有用なのだが、制作のコストがかかりすぎるため、これも一般には流通していない。一部の特権階級や魔術師しか使えない貴重な代物だった。


 さて。どうやらユリウスがマーヴィンとやりあっている内に連絡が来ていたらしい。ユリウスは折り返し部下に連絡をとることにした。

 ユリウスの下で働く彼女は現在、聖王国の南東部で人身売買組織について調査してくれている。この国では人身売買が法律で禁止されているにもかかわらず、地方ではそれが横行していた。だが、現在の国王はこれといった対策をとっていない。

 もし、この問題を兄のジェラルドが解決――そうでなくとも改善できたのなら、それはれっきとした功績になるだろう。彼の王座への道が一歩近づくのだ。そのための調査だった。


 魔晶玉に黒髪の若い女性が映し出される。

「やぁ、ヴァネッサ。そちらの状況は?」

「酷いものですね。この辺りの村じゃ、親が子供を売るのが当たり前になってるみたいで」

 王族に対するにはラフすぎる口の利き方だが、ユリウスはそんなことを気にしない。

 ヴァネッサは人買いの元締めがアムルシティにいるらしいと突き止めていた。今はすでに、そちらに向かっている途中だと言う。

「よくやった。引き続き、情報を集めてくれ」

 ユリウスは微笑んだ。

――と、ヴァネッサが思い出したように手のひらを打つ。

「そういや、坊ちゃん……じゃなかった。テオドール・ウェスティンは『青い髪の少女』を探してるんですよね」

「ああ。そうだよ」

 ヴァネッサの仕事はテオドール・ウェスティンとは別口だが、もし『青い髪の少女』についての情報をつかんだ場合は知らせるよう言ってあった。

「立ち寄った村でとあるクソ親父が売った子供、それが青い髪だったそうで」


 その言葉に、ユリウスは目を見開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る