第8話 美術商

 王位継承問題。それからいかに逃れるか、ユリウスは策を練らなければいけなかった。

 というのも、すでにユリウスを次期国王に推す声が出ているからだ。

 ティルナノーグの王位継承順位は長子先継ではない。第五王子であるユリウスにも王になれる可能性が十分あった。


 前世の記憶が蘇る前は、ユリウスも自分が王位に就くつもりでいて、そのために裏で動いてもいた。しかし今、玉座よりももっと大切なものが彼にはできてしまっている。

 もはや、ユリウスに王になるつもりなどさらさらない。なにせ、今度こそ愛に生きると決めたのである。王様なんてたいそうな身分は邪魔なだけだった。


 だから、他の兄弟に王位を押し付けなければならないのだが、ユリウスはその人選に苦労した。はっきり言うと、ロクな人材がいないのだ。

 まず、ユリウスの実父である現国王だが、為政者としては褒められたものではない。

 ユリウスとて自分の父親を悪く言うのは心苦しいが、はっきり言って父は毒にも薬にもならないような男だった。家臣に良いように扱われている始末である。


 それで次の王はもっとまともな人間を――と思うのだが、皇后の実子である第一王子も、宰相の縁者である第二王子も、国民よりも自分たちのために政治を行うようなやからだった。

 唯一、ユリウスが王に推すことができるのが同腹で二歳年上のジェラルドだ。だが、第三王子のジェラルドは王位継承争いでは少々不利な立場にあった。

 というのも、ユリウスとジェラルドの母親の実家は新興の伯爵家だ。爵位を授かってからの歴史が浅く、他家からあなどられがちである。つまり、後ろ盾が心もとない。

 また、ユリウスが神童と呼び声高い一方で、学業面でのジェラルドは「優」の域を出なかった。武芸の方はからきしダメでもある。

 しかし、ユリウスはジェラルドの長所を知っていた。それは彼の人柄だ。

 ジェラルドは善良で、人柄が良い。相手の話によく耳を傾け、丁寧に接するので自然と周りから好かれる。本人は意識していないが、人をたらしこむことに長けているので社交では大いに活躍するだろう。

 色々とハンデはあるものの、安心して王位を押し付け……いや、任せられるのはジェラルドを置いて他におらず、ユリウスは何とか彼を王にしようと画策していた。


 しかし、当のジェラルド本人は――

「僕が王に?ユリウスは面白いことを言うなぁ」

 くすくすと笑う。

 彼は自分が王になれるなんて微塵も思っていなかった。そもそも、自身が王位継承権を持っていることなどすっかり忘れてしまっている様子である。

「兄さま。私は冗談を言っているつもりはありませんよ」

 ユリウスがそう言っても、

「だって、誰が見ても僕よりもユリウスの方が王に相応ふさわしいじゃないか。僕の方が年上なのに、勉強も剣術ももうかなわないよ。剣術なんて特に最悪だ」

 ――などとジェラルドは肩をすくめて言う。ただ、その口ぶりはあっけらかんとしていて、卑屈さはまるで感じられなかった。


 ジェラルドとユリウスは、同じ母親から生まれたこともあって、一目で兄弟と分かる容姿をしている。どちらも金髪碧眼で、人目を引く顔立ちだ。

 それにもかかわらず、第三者が二人に抱く印象はまるで違っていた。

 いつも人好きする笑みを浮かべる兄と、子供には似つかわしくない落ち着きを持った弟。兄は人当たりが良く、弟は優秀だが少し冷淡に見える。そんな性格が雰囲気に現れていた。


 二人の兄弟仲は非常に良好だった。普通ならば、優秀すぎる弟を妬むようなこともあり得そうだったが、ジェラルドはまるで気にせず、むしろユリウスのことを自慢の弟と考えていたのだ。

 そんな兄は自分よりもよほど人格者だとユリウスも認めている。もしかしたら、前世の自分よりもずっと良い王様になるかもしれない。


「魔術なら兄さまの方が私より上でしょう。魔力量も高い」

「うーん。それも凡人の域をでないからなぁ。異能でも授かれば、話は別かもしれないけれど」

 異能――という言葉に、ユリウスはぴくりと反応する。

「どうしたの?」

「……いえ。とにかく、兄さま。私は本気ですよ。あなたは王に相応しい。私があなたを王してみせます」

「はいはい。楽しみにしてるよ~」

 幼い弟の戯言と、ジェラルドは笑っていた。その言葉に込められた本気を彼が思い知るのは、もう少し後のことである。



 ジェラルドはまるで気付いていなかったが、ユリウスは水面下で着々と準備を始めていた。もちろん、ジェラルドを王にするための準備だ。

 王位継承争いにおいて、ジェラルドには後ろ盾が少ないというハンデがある。そこで兄の支援者を増やすため、ユリウスが考えたのが「功績を立てる」ことだった。

 例えば、何らかの事件を解決したり、新しい技術を開発したり。そうやって世間に貢献することで民衆や貴族の支持者を増やす――まさに王道、正攻法だ。

 すでに手駒を使い、網は張っている。今は何か使える情報はないかと探っているところだ。


 また、ユリウスには秘密裏に進めていることがもう一つあった。

 それは他でもない、探しだ。

 今ある手がかりはその姿――『青い髪の少女』というだけ。

 彼女がどこに住んで何をしているかも分からない。もしかしたら、この国にはいないかもしれない。

 悲願達成には潤沢資金と人脈が必要だった。

 その足掛かりとして、ユリウスはテオドール・ウェスティンという名で美術商の仕事を始めることにした。

 ユリウスは眼が良い。非常に良いといっても過言ではない。そして、その眼はよくえていた。

 なにせ前世でも今世でも、城には多くの美術品があり、知らずうちに彼の審美眼しんびがんは鍛えられている。

 ユリウスはその才能を活かして、まだ名の知られていない芸術家から美術品を買い、それをコレクターに販売し始めた。そうやって資金と人脈を手に入れ、『青い髪の少女』を探しているのだ。



 余談だが、美術商という立場は、ユリウスの個人的な趣味にも役に立った。優れた画家の卵と巡り会うことができたのだ。

 ユリウスの目にまったのは若い男で、彼は写実的な絵の技術が非常に高かった。

 ユリウスはその画家に命じて、『青い髪の少女』を描かせた。

 夢で一度だけ出会った少女の姿はユリウスのまぶたに焼き付いていて、画家に少女の仔細を告げるのに苦労することはなかった。苦労したのは画家の方だ。

 ユリウスの注文はとにかく細かかった。少女の毛先一本にも文句を言い、異常とも言えるようなこだわりを見せた。

 そして、何度も命じて書き直させた結果、出来上がった絵はあの夢で出会った少女そのものの出来栄えだった。

 ユリウスは非常に満足し、画家に通常の何十倍もの金を支払った。


 その絵はユリウスの部屋にひっそりと飾られている。

 ユリウスは自室で独りになると、うっとりとした表情で絵の少女に何度も声をかけた。

 まるで恋人に愛を語りかけるようなその姿はどう見ても異様だったが、幸か不幸か誰にも目撃されることはなかった。

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