第7話 クレスメントの子孫

 デュークはクレスメント辺境伯の次男として生を受けた。


 クレスメント家は王家に忠誠を誓う騎士の家系だ。中央から離れた場所に領地を持っていることから、口さがない者には「田舎の貧乏貴族」と揶揄やゆされることも多いが、実際のところは、隣りの大国『グローディア帝国』と接した国防の要地を任されている。他の地方貴族よりも、ずっと広大な領地と権限が与えられている身分にあった。


 さらには、百年前に勇者ルキアを輩出した家門として、庶民にも広く慕われている。魔王討伐の際に中心的な役割を担った功績から、今も政治に強い発言力を持っていた。


 クレスメント家の家風として特徴的なのは、一族は皆、徹底的に武術をしこまれる点である。そこに男も女も関係ない。

 彼らは毎日稽古に励み、己の体と技術を鍛えていた。根性、鍛錬、努力。この辺りの単語が大好きな者たちである。

 なお余談だが、ルキアは困難を試練と呼ぶタイプの人間ではなかったので、家族のことを常々頭に筋肉でも詰まっているのではないかと思っていた。


 さて、デュークの話に戻るが、彼も実にクレスメント家の一員らしい人間だった。根っからの剣術馬鹿で、自身が跡継ぎではないことを良いことに、今は一人で国内外を修行して回り、剣の腕を磨いている。

 そして、そんな彼が心から尊敬して止まないのは勇者ルキア……ではなく、その兄であり、自分の高祖父に当たるギルベルトだった。


 高祖父はデュークが生まれる前にこの世を去っていたが、彼にまつわるエピソードはデュークの感心を集めるのに十分であった。

 ギルベルトは長いクレスメントの歴史でも一、二を争う剣の使い手で、あの勇者ルキアも剣では兄にまるで敵わなかったと言う。ギルベルトはその類まれな剣の才能でルキアを助け、魔王討伐に貢献したのだ。


 しかし、世間では勇者ばかりが注目されて、陰ひなたと彼女を支えたはずの高祖父は話題にすらならない。デュークはそれが不満だった。

 クレスメント家の屋敷には歴代の当主の肖像画が飾られているが、それの中央に当主でもないルキアの絵が鎮座していることも、気に入らなかった。

 高祖父含め、当主たちは壮年か中年の姿で描かれているのに、ルキアの姿だけが異様に若くて目立つのも気に障る。


 それをデュークが口にすると、デュークの父はおかしそうに笑い、そしてあの絵画を描かせたのはギルベルトの命令だったことを教えてくれた。

「ひいお爺様は自らの功績をルキアのものとして語ったこともあったようだ」

「どうしてですか?」

 デュークは驚いた。世間から正当な評価を受けたいと、高祖父は少しも思わなかったのだろうか。

「それは私にも分からない。もしかしたら、せめてもの償いだったのかもしれない」

「償い?一体、何の?」

 それから父親は少し声をひそめるようにしてデュークに言った。

「ここだけの話、勇者ルキアは武芸を好まなかった。彼女は戦うよりも、室内で本を読んだり、魔術の研究をしたりする方が好きな人間だったんだ。戦闘に熱くなることもなく、慎重で、悪く言えば臆病な性格だったらしい」

「ええっ!?」

 デュークは心底呆れた。語り継がれている英雄像とまるで違うではないか。そんな人間がよく魔王討伐なんてできたものだ。

「しかし、彼女には魔術の才能があった。当時、彼女だけが持っていた唯一無二の力だった。それがなければ、人間が魔王に対抗することなんてできなかったんだ」

「魔術ですか」

 デュークは口をとがらせる。彼は得体が知れない魔術があまり好きではなかった。

「それだけじゃないよ。彼女は指揮官として優秀だった。戦いが好きでないからこそ、どんな状況においても冷静な判断ができた。多少の無理はしても、決して無茶はしなかった」

「……」

「ひいお爺様や当時のクレスメント家当主は、ルキアだけが魔王を討伐できる可能性を持っていると考えた。だから、嫌がる彼女を説得して、魔王討伐の旅に出させたんだ。そして、その結果はお前も知っての通りだよ。彼女は魔王を倒し、そして若くして亡くなった」


 半ば無理やり妹に魔王討伐を強いて、挙句の果てに死なせてしまった。そのことに、ギルベルトは罪の意識を覚えたのだろう。だから、自らの功績も彼女の輝かしい伝説の飾りとしたのだと、デュークの父親は推測していた。

 確かに、嫌なことをやらされて死んでしまったルキアは不憫ふびんだとデュークも思った。

「……で、でも。国のために尽くすのは騎士として当たり前じゃないですか」

「そうだね。ただ、ギルベルトお爺様は勇者ルキアに自分の功績を譲っても、何の未練もなかったと思うよ。彼女が勇者に相応しい人物だと考えていたんだろうね」

 戦いを好まず臆病で、しかし勇者に相応しい人物。

 一体ルキアとはどんな人だったんだろうか。

 幼いデュークは不思議に思った。



 そんな昔のことをデュークが思い出したのは、偶然に高祖父に似た青年に出会ったからだ。

 デュークは絵画の中の年をとった高祖父しか知らなかったが、彼が若い時はきっとこんな風だっただろうと思えるような姿の青年だった。奇跡的にも、名前もギルベルトというらしい。

 デュークがそう口にすると、ギルベルトは、

「そうなんですか?それは偶然ですね!でも、まぁ。ギルベルトなんて名前はありふれてますし」

 にこにこと笑っていた。

 しかし、デュークはこの偶然に運命のようなものを感じ、このまま彼と別れるのは惜しくなった。それで、デュークはギルベルトに剣の稽古をつけてやろうと申し出たのだ。

 剣聖と呼ばれた高祖父にはまだまだ及ばないだろうが、これでもデュークは超一流の剣術家だ。それこそ、遠方から指南を乞われるぐらいの腕前は持っている。

 ギルベルトはひどく遠慮していたが、デュークは……

「遠慮なんてしなくていい」

 と、構わず彼を剣術学校の稽古場に連れて行った。


 ガクソンとの試合を見たときから分かっていたが、実際ギルベルトにはなかなか見どころがあった。

 やはり歯ごたえのある相手との鍛錬は良い。思い付きの稽古だったが、デュークにとって想像以上に楽しいものになった。

 それで、ギルベルトに提案した。

「君にはなかなか素質があるぞ。どうだ?君もしばらくここにいて稽古してみないか?まだまだ強くなれるはずだ」

 鍛えようによってギルベルトは随分強くなるだろう。だが、そんなデュークの申し出をギルベルトは断った。

「遠慮しておきます」

「だから、遠慮はするなと――」

「あ、いえ!そういうことではなくて、俺はその……剣術があまり好きではないんです」

 意外な言葉に、デュークは目を丸くした。

「そうなのか?君ならどこかの貴族に仕官することもできそうなのに。魔術も使えるんだろう?十分な戦力になる」

 城壁の外は魔物が蔓延はびこる世の中だ。腕の立つ戦士を召し抱えたい貴族は多い。

 ギルベルトは眉を下げ、困った表情をした。

「いや、貴族様に仕えて戦うなんて臆病者の俺にはとても無理ですよ」

 デュークは首をひねる。


 ギルベルトはエレナを野盗から救い、今回も彼女の名誉のためにガクソンと戦った。どうやら困っている人間を見捨てることができない性質たちの男らしい。そんな彼が臆病者を自虐するのが、デュークはに落ちないのだ。

――変わった男だ。

 いつの間にか、デュークの口元には笑みが浮かんでいた。



 これからどこに行くのかと尋ねれば、ギルベルトは西に行くつもりだと言う。それにデュークは少し懸念けねんを覚えた。

「西っていうことはスプートニクス領を通るよな」

「ええ。あの……何かあるんですか?」

「噂なんだが、あそこで最近人さらいが頻発しているらしいんだ」

「えっ」

 あくまで噂話だが、ちらほらと耳に入る話だ。火のない所に煙は立たぬと言う。だからデュークは用心するようにと忠告した。

「分かりました」

 ギルベルトは神妙な顔でうなずく。

「もし何かあったら俺を頼ってくれ。二、三カ月はこの街に滞在するつもりだから、力になるよ」

 そう言って、デュークは手を差し出した。ギルベルトは少し驚いた顔をした後、しっかりと手を握る。

「ありがとうございます」

 そして、臆病者を自称する青年は去って行った。

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