第6-2話 剣術対決

「俺に剣で勝ったからと言って、お前が正しいとは限らねぇじゃないかっ!」

 こんな勝負は無効だ、とガクソンが吠える。


 案の定の展開に私は肩を落とした。だから、戦うのが嫌だったのだ。まさに骨折り損のくたびれもうけである。

 さすがにギャラリーからブーイングが起こるが、ガクソンは開き直ると決めたらしい。

「俺が嘘を言っているというのなら証拠を出せよ!」

「そうだ!こちらには野盗の証言があるんだぞ!」

 そうわめくガクソンとその父親。ここまで厚顔だと呆れるしかない。


 このままではらちがあかないと、私はデュークに声をかけた。

「一つ、お願いがあります」

「なんだい?」

「その野盗とやらをここに連れて来てはもらえないでしょうか?」

 その提案を即座に拒絶したのは、ガクソンの父だ。

「そんなことできるわけないだろう!罪人を牢から出すなんて!」

 ふむ、とデュークは顎を撫でた。

「しかし、彼からしてみたら一方的に決闘を挑まれ、試合に勝ったにも関わらず約束も反故ほごにされた。これくらいの要求、聞いてやってもよいのでは?このままじゃ、周りの連中も納得しないだろう」

 そうだ、そうだとギャラリーから声がどっと上がる。

 さすがに旗色が悪いと判断したのか、しぶしぶガクソンの父親は野盗たちをこの場に連れて来るよう部下に命じた。


 ほどなくして、四人の男が衛兵に連れられてやって来た。

 私は顔を見て確認する。間違いなく、昨日の野盗だった。

「おい。お前らを倒したのはどこの誰だ?」

 ガクソンの父親が詰問きつもんする。野盗たちはちらりと私の方を見たが、すぐにガクソンを指した。

「そこの背の高い兄ちゃんです」

「ええ、そうです」

「俺らはその人に斬られました」

「あの青い髪の男ではない……です」

 にやりとガクソンと父親は口角を上げた。

「ほれ、みろ。こうちゃんとした証言が……っておい、何してる?」

 私はつかつかと野盗たちに歩み寄る。そして何も言わずに、そのシャツをめくりあげた。野盗の痩せた腹があらわになる。他の三人も同様にする。

「お、お前……男に興味があるのかよ?」

 気味の悪いことを言いだすガクソンを無視して、私はデュークの方を振り返った。彼は私の言いたいことを理解したようで、口元には笑みを浮かべている。


「ところで、ガクソン。君はこの野盗たちをどうやって倒したんだ?」

「へ……?そりゃもちろん、剣で――」

「おかしいな。どの男にも刃物による外傷はないが?」


 そこまで言われて、ガクソンはやっと己の失態に気付き、青ざめた。

 野盗たちには裂傷はない。代わりに、その中の三人の腹の皮膚は赤くただれていた。おそらく、雷撃による火傷だろう。感電すると皮膚に熱傷を負うことがある。

「残念だが、君たち親子の証拠は捏造ねつぞうだな」

「ちょっと待て!これは何かの手違いだっ!!」

 ガクソンは慌てたが、


――バシュンッ!


 彼のすぐそばに落ちていた木剣に雷が直撃するのを見て、押し黙った。

「こうすれば火傷ができるんですよ」

 私が放った雷撃ライトニング――その直撃を受けた木剣からは煙が立ち、ほどなくして燃え始めた。

「……」

 もはや観念したのか。ガクソンは閉口し、燃える剣を見つめている。

 しかし、諦めていないのが一人。


「お、お前らっ……」

 わなわなとガクソン父が唇を震わせた。

「わしをコケにしやがって!どうなるか分かっているんだろうなっ!」

 怒りに顔を歪め、唾を飛ばして怒鳴りつける。

 対照的にデュークは冷ややかな目でガクソン父を見ていた。

「お前こそ分かっているのか?公的な立場にある者が職権を乱用し、罪人に偽証までさせたんだぞ」

「うるさいっ、うるさいっ!お前みたいな得体のしれない奴が何を言う!」

「なるほど。では、きちんと名乗ろう」

 デュークは高らかに声を上げた。


「俺の名はデューク・クレスメント。クレスメント辺境伯現当主の次男だ」

 その場は一瞬にして、静まり返った。



 デュークが口にしたのは、おそらくこの国で一番有名と言っても過言ではない貴族の名だった。

 クレスメント家。勇者ルキアを輩出した家――つまり、百年前の私の実家である。  

 思いもよらないところで、懐かしい名前を耳にし、私の頭は真っ白になった。

 クレスメント辺境伯の次男――つまり、前世の兄弟の誰かの子孫ということになる。


「き、貴様っ!よ、よりにもよって貴族の、あのクレスメントの名をかたるなんて…」

 ガクソン父がそう言い返すものの、その声は心なしか震えている。そして、彼を絶望に突き落とす言葉が、剣術学校の先生から告げられた。

「隊長殿。デューク様がおっしゃっていることは本当です。彼は剣の達人で、うちの校長と懇意こんいにしていらっしゃいます。そのツテで生徒たちに稽古をつけていただいたのです」

「なっ……だったら本当にクレスメント家の?」

 がくりとガクソン父はその場に膝をついた。そして事の顛末てんまつが明らかになる。


 野盗を前にしてエレナたちの護衛を放棄し、一人逃げ帰ったガクソンは、エレナが無事で、なおかつ野盗を門番に引き渡したと聞いて非常に焦ったらしい。そこで、事件を自分の都合の良いように改ざんするため、父親に頼んで野盗に偽の証言をさせたのだ。

 親子そろって中々のクズである。エレナを見捨てただけでも酷いのに、彼女にひどい汚名を着せようとした。とても許されることではない。

 特に魔術学校の校長の怒りはすさまじく、ガクソン親子に厳格な処罰を求めた。これから市長に直談判に行くと言う。

 毎年何人もの卒業生が衛兵隊に入隊している関係上、ガクソン父と親しかった剣術学校側も、さすがに今回の事件を擁護できず、エレナたちに平謝りであった。


 そもそもどうしてガクソンがエレナたちの護衛を放棄したのか、その理由も呆れるしかないものだった。

 デュークが問い詰めた当初、ガクソンは蚊の鳴くような声で、

「実戦は初めてで、急に怖くなって…」

 と、しおらしく言った。ガクソン父もデュークの同情を乞うように

「息子も悪気はなかったんです」

 などと、のたまう。

 確かに、恐怖のあまりの敵前逃亡なら、新兵にはある話だ。だが、それがどうにもに落ちず、私は追及することにした。


「怖くなった?あんな素人の野盗に?」

 私は実際にどちらとも戦ったので分かる。実戦経験が乏しくとも、相手が四人でも、明らかにガクソンの方が野盗よりも強かったのだ。

「うるせー!そうだって言ってんだろうが!それ以外に何があるっていうんだよ?」

 ガクソンは余計なことを言うなとばかりに、私をにらみつけてきたが、彼にとどめを刺したのは他ならぬエレナだった。


「私に言い寄って振られた腹いせかしら」


「なっ…」

 ガクソンは絶句する。その顔には図星を指されたことへの驚きが表れていた。

 結局、さらに追及されたガクソンは、エレナへの嫌がらせのために彼女を見捨てたことを認めた。



 こうして、エレナの一件は無事に解決した。

 ガクソンは父親と共に衛兵に連れていかれた。捨て台詞で、

「貴族を味方につけるなんてずるいぞー」

 と叫んでいたが、

「父親の力を使って事実をじ曲げたあなたに言われる筋合いはありません!」

 と、エレナに正論で叩き返されていた。


 そして私はというと――彼女の名誉が守られたことに、エレナだけではなく校長からもとても感謝された。

「この先、もし何か困ったことがあったときには各地の魔術学校を頼ってください。いざというとき、きっとお役に立てるでしょう」

 各地の魔術学校は魔術協会という魔術師たちの職業組合を通じて繋がっているらしい。魔術協会は都市の政治にも強い影響力を持っているとのことだった。

 頼れるツテがあるに越したことはないと、私は素直に校長の好意を受け入れた――と、ここまでは良かったのだが……。


「いやぁ、中々見事だったね」


 こっそりその場を去ろうとしたら、後ろから声がかかった。振り向かなくても声の主は分かる。

 私は笑顔を無理やり作って、デューク・クレスメントに挨拶した。

「そんなとんでもございません。えっと、デューク様」

 今の私は庶民。デュークはお貴族様だ。貴族の言葉を平民が無視することなんてできない。

「そんなにかしこまるな。気安く、デュークと呼んでくれ」

 何とも無茶なことを言う。

「いや、それは流石に無理で……」

「実は君を一目見たときから、気になっていたんだ」

 どうやらデュークは人の話をあまり聞かないようだ。彼はしげしげと私の顔を覗き込むと、とんでもないことを口にした。


「君の顔は、俺の高祖父……四代前の当主の肖像画に


 いきなりのド直球に変な声が出そうになった。何とかポーカーフェイスを維持した自分を褒めたたえたい。

 そんな私の平常心を揺さぶるように、デュークが追い打ちをかけてきた。


「青い髪に青い目。そして名前も同じギルベルトだ」

「それは…偶然ですね!」

「そして君の試合を見て気付いたが、君の剣はラーティア流だろう?実はクレスメント家も代々同じ流派なんだ」

「な…なんと、そうなんですか!」

「こんな偶然ってあるかい?まるで彼が蘇ったようじゃないか」


 目を輝かせるデューク。

 つまり、デュークはよりにもよってギルベルトの玄孫に当たるらしい。

 ああ!まるでも、何も!

 実際にこの体はあなたのひいひい爺さんのもので、中身はその妹の生まれ変わりだ。

 まさか、こんな形で兄の子孫に遭遇するとは厄介な……。

 私は己の不運を嘆いた。

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