第6-1話 剣術対決

 今、私はニジェルシティにいた。

 森で採取した薬草や道中倒した魔物の素材などを市場で売った後、ぶらぶら街を散策する。何か観光名所があるか聞いてみれば、古くからある剣術学校が有名とのこと。

 だが、そう耳にしても、あまり興味はそそられなかった。前世は騎士の家に生まれたが、私自身あまり剣術が好きではないのだ。むしろ、嫌な思い出が多い。


 そういうわけで剣術学校になど行く気はなかったが、適当に道を歩いていたところ偶然にもその近くまで来てしまった。

 年季の入った立派な石造りの校舎がそびえたっている。

 なるほど、たしかに剣術学校は伝統のありそうなたたずまいをしていた。練習場を兼ねた庭も広い。


しかし、それよりも目を引いたのは学校前の人だかりだ。門の前が何やら騒ぎになっている。

 野次馬気分で覗いてみると、数人の男女がもめていた。私はその中にエレナを見つけて驚く。

「何かあったんですか?」

 とりあえず、近くにいたおばさんに聞いてみた。

「それがねぇ、魔術学校の人と剣術学校の人がもめてるのよ」

「護衛が逃げちゃったらしいわ」

「でも護衛の人は魔術学校の先生が嘘をついているって」

 いつの間にか、私は噂話好きのおばさんたちに包囲されていた。彼女らは親切心からか、ぺらぺらと状況を話してくれる。その話を総合するとこうだ。


 王都から新しい魔術の先生――エレナのことだ――を呼ぶ際、魔術学校側は剣術学校に護衛を頼んだ。護衛は剣術学校の門下生から選ばれ、彼は王都までエレナを迎えに行った。

 しかし、ニジェルシティへの道中で運悪く野盗に遭遇してしまった。そしてここから双方の言い分が異なる。

 魔術学校側は、護衛がエレナを見捨てて逃げてしまったと主張。それについて、剣術学校にクレームを入れに来たようだ。

 一方で護衛の男は、自分が野盗と戦っている最中にエレナが彼を見捨てて逃げてしまったのだと言い張った。


 魔術学校側には、エレナと御者をしていた老人、そして初老に差し掛かった女性――魔術学校の校長らしい――がいた。

 対して 剣術学校側は、二十代前半の背の高い青年が一人、中年の男性が二人。聞けば、若い方が今回の護衛役で、あとの男たちは青年の剣術の師と父親という話だった。父親はこの街の衛兵隊隊長をしているらしい。

 

 両者の話は真っ向から対立し、言い争いは白熱していた。主に、エレナと護衛の青年が声を張り上げている。

「エレナの話が本当だって言うなら、どうやって野盗から逃げられたんだよ?」

「だから!通りかかった旅の方が助けて下さったと申しているではないですか!」

「そんな都合のいい話、信じられるかよ!」

 青年はエレナを鼻で笑う。

「それとも何か?色目でも使ったのか?たしかに、そのでっかい乳をぶら下げて腰でもふれば野盗どももイチコロかもしれないな」

「なっ…!?」

 エレナは屈辱で顔を真っ赤にし、ギャラリーからは下卑げびた笑いが起こる。

「ほらほら。そうじゃねぇなら、助けられたっていう男をここに連れて――」


「俺だよ」


 群衆を割って、私は前に進み出た。周囲の視線が一気にこちらに集まる。

 エレナが歓声を上げた。

「こちらはギルベルト様です。私たちを助けて下さった命の恩人ですわ」

 隣で御者の老人もこくこくとうなずいた。

「彼女の言っていることは本当ですよ。俺が見たとき、彼女と御者のおじいさんが野盗に襲われていました。その際、そこの彼は見かけませんでした」

 私は皆に聞かせるように、護衛の青年を指さした。

「その話は本当か?ガクソン」

「ち、違いますよ、先生!こいつらグルで俺をはめようとしてるんです」

 ガクソンと呼ばれた護衛は自分の師に訴えた。

「それに見てください。こんな優男に野盗なんか倒せるはずないでしょう」

「息子の言う通りだ。こんなどこの骨とも知らない男を信じるわけにはいかん」

 ガクソンの父親も一方的に息子を信じているらしい。なんという親ばかだろう――そう思っていたら父親がとんでもないことを言いだした。


「それにこちらには確たる証拠がある!息子が倒した野盗の証言がなっ!」


――え?


「昨日、息子が門番に捕えた野盗たちを突き出したのだよ。奴らは皆、息子に斬られたと言っている」


 父親の言葉に、私もエレナたちも驚きを隠せなかった。そんなこと、あるはずない。だって、野盗を門番に渡したのは私たちだからだ。つまり、考えられるのは……

「野盗たちに偽証させたの?」

 怒りの表情でにらむエレナに対してガクソンの父親は、

「言いがかりは止めてもらおうか。確かにわしは衛兵隊の隊長を務めているが、その立場を利用するようなことはせん」

 涼しい顔で言ってのけた。

 私は思わず半眼になる。

 神官の次は衛兵の悪党。この国はどうなっているのだろう。


 しかしエレナの名誉のためにも、ここで黙っているわけにはいかない。ガクソンに言われるままでは、彼女は卑怯者かふしだらの汚名をかぶってしまう。

「野盗たちを門番に引き渡したのは俺たちです。この中で誰か、それを見ていた人はいませんか?昨日の夕方のことです!」

 私は声を張り上げ、周りの人から目撃者をつのった。それに横やりを入れてきたのがガクソンだ。

「なんだと?てめぇ、往生際おうじょうぎわが悪いぞ。アァ?」

「その物言い。剣士なのかチンピラなのか、どちらか分からないな」

 鼻先で笑ってやると、周囲から失笑が起こる。カッとなったガクソンは私に殴りかかろうとしたが、それを彼の先生が止めた。

「ガクソン、止めろ!学校の名をけがす気か!」

 厳しいの叱責に、一先ひとまずガクソンは拳を下す。それでも、私に対する怒りが収まらないのか、彼はこんなことを言いだした。


「俺をコケにしやがって。そうまで言うなら、力比べしろやっ!俺が正しいか、お前が正しいか!白黒はっきりつけようぜ」


 一体、どういう理屈なのか――私はげんなりした。

「いや、ここで俺とあんたが勝負しても、どちらの言い分が正しいかの証明にはならんだろう」

「はっ!やっぱり、腰抜けだぜ」

 ガクソンが嘲笑する。

 どうやら栄養のほとんどが身長にいってしまって、頭がからっぽのようだ。この男とでは、まともな話し合いが望めないだろう。

 まぁ、私とガクソンでどちらの言い分に理があるか。周囲の人なら分かってくれるだろう――が?


「おいおい、カッコイイあんちゃん!このまま言わせっぱなしでいいのかぁ?」

「そうだぜ!色男!やっちまいな!」

「決闘だ、決闘!」


 どっとギャラリーが沸く。こいつら、他人事と思って!

 単に喧嘩が見たいだけじゃないのか?


「ガクソン、あんな奴に負けるなよ」

「おうとも、親父」


 私の内心をよそに、周りはどんどんヒートアップしていった。

――と、そこへ群衆の中からこちらに進みよる男性がいた。黒髪で筋骨たくましい大柄な男性だ。年齢は三十手前くらいか。


「だったら、その決闘。俺が見届けよう」


「お前、誰だよ?」

 怪訝そうな顔をするガクソン。一方で、彼の師匠の方は男性を見て驚いた顔をすると、慌ててガクソンを怒鳴った。

「口をつつしめ!ガクソン!」

「え?」

 突然𠮟りつけられて、ガクソンはポカンと口を開ける。

「デューク様。あなたの手をわずらわせるようなことでは…」

 ガクソンの師匠が言う。どうやら男性の名はデュークといい、彼とは知り合いらしい。

「いいや。かまわない。中々面白そうじゃないか」

 デュークはこちらを見ると、にやりと笑いかけてきた。

 うーん、こちらに対して敵意はあまりなさそうだが……、何だかひっかかる。私は漠然とした不安を覚えた。



――で、結局こうなると。


 私は剣術学校の稽古場けいこばに連れてこられていた。私とガクソン――どちらの言い分が正しいか、剣で勝負して決めようというのである。

 周囲にはお祭り騒ぎのギャラリーたち。本来ならば関係者以外立ち入ることができないのだが、今日に限り特別に稽古場は解放されていた。

 まったく面倒くさいことになってしまった。私は天をあおぐ。

 唯一の救いは、この試合は真剣ではなく木剣を使うということだ。こんなしょうもないことに、命を懸けたり懸けられたりするのはごめんである。

 そんな私の様子を見て、ガクソンはまた馬鹿にしたように言った。

「はっ。木剣で安心しているのか?このチキン野郎」

「……はぁ」

 もう言い返すのも面倒で、私は無言のまま剣を構える。


「では、両者準備はいいな?……試合開始!」

 デュークの合図と共に、ガクソンがこちらに突っ込んできた。

 私は相手の剣を払ったり叩いたりしながら、様子を見る。しばらく打ち合いが続き、カッ、カッという音が辺りに響いた。

 手合わせして気付いたことだが、ガクソンの剣術はラーティア流だった。クレスメント家で代々教えられているものと同じ流派で、私の剣もそうである。

 意外にもガクソンの剣の腕前はかなりのもので、相当稽古を積んでいるのが分かった。

 ただ、剣筋が模範的すぎて実戦経験はとぼしいことが察せられる。同じ流派ということもあって、彼が次にどう動くのかが簡単に読めた。


 剣で打ち合ううちに、ガクソンの表情に焦りが見え始めた。どう攻撃を仕掛けてもいなされてしまうから無理もない。

「くそっ」

 彼は小さく悪態をつくと、この試合に決着をつけるべく渾身こんしんの力を込めて剣を振り下ろした。

 そんな荒い太刀筋が当たるはずもなく、私はあっさりとかわす。そのまま、ガクソンの手を強く打つと、彼は剣を取り落とした。

「いてぇっ」

 声を上げた彼の喉元に私は木剣を突き付ける。


「そこまでっ!勝者ギルベルト!」


 デュークの声と共に、周囲から歓声が巻き起こった。

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