第5話 魔術の歴史

 プリムが保証人になってくれたおかげで、思いもよらず私は身分証を手に入れることができた。勿怪もっけの幸い。人助けはするものである。

 これで旅がずいぶんと楽なものになる。さて、次はどこへ行くか。


 アムルシティを北に進めば、クレスメント辺境領がある。前世の私の父が領主を務めていた土地だ。

 私が生まれ育ったそこが現在どのようになっているか、興味がないわけではないが、ここだけは避けるのが賢明だろう。

 前世で縁があった土地に行くのは危険だ。あのエドワルド王のことだから、すでに手をまわしているかもしれない。


 とりあえず私は西に向かうことにした。そうすれば海に出ることができ、船を利用すれば外国にも行ける。

 エドワルド王がどこに転生しているか分からないので、明確な逃亡先をもうけにくい。だから、より選択肢が多い場所を目指すことにした。あと、海の幸も食べたいし。

 私はわくわくした。自由な旅なんて初めてで心躍る。


 ここから西へ向かうとして、次の大きな街はニジェルか。地図で確認すると、その間にいくつか村もある。

 人買いから拝借したお金で必要最低限の買い物をし、身支度を整えると、別れを惜しむプリムとアスナたちに見送られて、私はアムルシティを後にした。



 路銀節約のため、私は徒歩で次の街へ向かっていた。別に急ぐような旅でもないから、気の向くままにあちこち寄り道したりもした。

 道中は平和そのもので、ここ最近はトラブルもない。やはり、百年前よりは魔物の数もぐっと減ったようだ。


「平和だな~」


 私は歩きながら辺りを見回す。照度の高い森には鳥のさえずりが聞こえ、近くにはきれいな小川が流れている。

 こんなふうに長閑のどかな風景を楽しむ余裕なんて、魔王討伐の行軍中はもちろんなかった。あれを思い返せば、歩いているのが何の変哲へんてつのない田舎道だろうと楽しい。

 そうやって私が自由をかみしめていると、それに水を差すような喧騒けんそうが聞こえてきた。



 馬車が一台、野盗たちに襲われていた。

 馬車には御者の老人と女性、対する野盗は四人。

 襲われている女性は魔術師のようで果敢に攻撃魔術を放って奮戦していたが、多勢に無勢なこともあり追い詰められていた。


――ならば私は……そりゃ、助けるよね。


 まずは先手必勝で、私は『雷撃ライトニング』を放つ。雷の一閃があっという間に三人を貫いて、彼らはびくりと体を震わせるとそのまま昏倒こんとうした。

 突然の闖入者ちんにゅうしゃに、残りの一人が顔を青くして叫ぶ。

「てめぇっ!何者だっ!!」

 お馴染みのセリフを吐いて斬りかかって来る悪党。だが、その動きは素人丸出しだ。おそらく、ちゃんとした戦闘訓練なんて受けたことがないのだろう。

 私は野盗の剣を易々と避け、反撃に転じようとした――そのとき、あることに気付いた。

 空中に赤ん坊くらいある大きな石が浮いていた。


「あ」


 そしてそれは、そのまま野盗の上に落ちたのだった。



「良い気転だったと思います。浮遊術で石を浮かせて落とすなんて」

 私が褒めると、女魔術師は照れたようにはにかんだ。

 彼女の名前はエレナ。王都ダナンからはるばるニジェルシティに赴任してきた魔術学校の先生らしい。盗賊たちをノックアウトした後、私は彼女の馬車に乗せてもらって事情を聞いていた。

「王都からということはかなり距離がありますよね」

「ええ。馬車で十日ほど」

「その間、護衛はつけなかったんですか?」

 エレナは魔術師と言っても実戦経験があまりないようだったし、しかも女性だ。そんな彼女の旅のお供が年老いた御者だけというのは、あまりに不用心ではないだろうか。

 国内とはいえ、城壁の中と外じゃ治安は全く違う。街から一歩出れば、魔物や賊の類には常に注意しなければならない。現にこうして、エレナたちは野盗に襲われていた。

 なお、野盗たちはどうしたかというと、縄でしばられた上に催眠スリープをかけられて、馬車の後ろに転がっている状態だ。

「いいえ。護衛として剣士が一人いたのですが…。野盗を見た途端、その…」

「その人は、まさか……」

「はい。逃げてしまいました」

 それは災難だった。私はエレナに同情した。


「それでも私は幸運でしたわ。こんなお強い方に助けていただいて」

 そう口にしながらエレナがこちらを上目遣いで見つめてくる。

「何かお礼をさせてください」

 栗色の髪に大きな双眸、ぽってりとした唇。エレナは色っぽい美人さんだ。スタイルも良く、胸とお尻が大きい。

 男だったら、くらりとしかねないシチュエーションだが、兄上の姿を借りているだけで私の中身は女である。エレナさんとどうこうする趣味はない。

 私はエレナの思惑に気付かないふりをして、「それでは魔術を教えて欲しい」とお願いした。

「…え?魔術ですか?」

 キョトンとするエレナ。

「はい。エレナさんは魔術学校の先生なんですよね」

「そうですが…。でも、ギルベルト様はすでに魔術を使えるではありませんか。先ほどは見事な雷撃でした。私が教えることなど…」

「いいえ。俺の魔術は独学なので色々と基礎を教えて欲しいんです」

「そうですか?」


 エレナはに落ちないような顔をしながらも、きちんと私に魔術についてレクチャーしてくれた。それで分かったのは、やはり今の魔術が私のものと比べて随分と進歩していることだ。

 呪文は簡潔になり、少ない魔力量で術が発動するようになっている。なるほど、普及するはずだと感心した。エレナが言うには、護身術として魔術を習う女性も増えているらしい。

「私たち女は純粋な力では男性に敵いません。そのせいで、長らくしいたげられる立場にありました」

 基本的にこの世は男尊女卑だ。百年前もそうだった。けれども、魔術の発展に伴って、女性の身分も向上していると言う。

「魔術を使えば、女性でも男性に勝つことができます。これは素晴らしいことですわ」

「なるほど」

「これも全て、のおかげです」

 どうしてここで勇者の名前が出てくるのか。私には分からなかったが、それを問う前に馬車はニジェルシティに到着した。



 夕刻、ニジェルシティに入ると私はエレナたちと別れた。野盗たちについては、すでに門番に突き出している。

 エレナは助けたお礼にと、魔術学校の授業で使う教科書を三冊くれた。本は貴重なものなので辞退するも、どうしてもと押し切られる。最後に「私だと思って大事にしてくださいね」と言って彼女は去っていた。


 お礼を貰いすぎたようにも思うが、これは幸運なことだった。現代魔術を知る貴重な勉強道具を手に入れることができた。私は喜び、さっそく宿屋で読むことにした。

 教科書のうち二冊は実際の魔術の呪文を書いたものだったが、もう一つは魔術の歴史についてだった。どんな風に魔術が発展したのか――非常に興味を引いたので、私は歴史本から目を通すことにした。

 すると、目を疑うような文が書いてあった。


『魔術の創造と発展は偉大なるルキア・クレスメントによるものである』


「……は?」

 突然飛び込んできた前世の自分の名前に、思わず目が点になる。

 慌ててページをめくり読み進めると、魔力ルーン文字の発見に始まり、呪文の発案、簡略化、消費魔力のコストカット等々。すべて、私が成し遂げたことになっていた。


――誰だ、こんなを書いたのは!?


 せいぜい私が関わったのは、前二つくらいだろう。

 百年前、宮廷魔導士をしていた頃、私は魔術研究に励んでいたが、まるで才能がなかった。私がつくった呪文は難解で必要魔力量が多く、ほとんどの者が発動すらできなかったのだ。

 それで周りの貴族連中から税金の無駄遣いだとさんざん非難されたものである。実家からもずいぶんと説教された。

 やがて私は王城での居場所をなくしていった。


 エドワルドが王位に就いた頃には、王の側近や兄からエドワルド王が私の研究を見限っていることも聞いていた。

 こんな下らないことをしている暇があるのなら、お前が最前線で戦え――という周りからの圧力に耐えきれなくなって、とうとう私は観念するしかなくなった。その結果の魔王退治である。

 現代魔術の完成度をあの頃に披露ひろうすることができれば、きっと私の結末も変わっていただろうに――と私は遠い目になった。


 それにしても、まったく、誰なんだ?こんなテキトーなことを本に書いたのは。魔術の発展は私ではない誰かの成果だろうに。

 誰かの功績を奪ってしまった――そんな罪悪感を覚え、私はため息を吐いた。

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