第4話 賢王の生まれ変わり

 ユリウスはティルナノーグ聖王国国王の第五王子に生まれた。


 彼は幼い頃から文武両道で、予知の異能者と評されるほどの慧眼けいがんの持ち主だった。役人が手こずる薬の売人を、その頭脳で追い詰め捕縛したという逸話もある。


 成長するにつれてその頭脳明晰ぶりにはますます磨きがかかり、賢王と名高いエドワルド王の再来とまで言われるようになった。

 そして、それが事実であることを彼は後に知ることになる。



 ユリウスが十二歳の時、彼は夢を見た。

 不思議な森の中で青い髪の少女に出会う夢だった。

 少女はとても痩せていて、身なりからも貧困層に生きる人間だと言うことが察せられた。もちろん、ユリウスは彼女に出会ったことはない。

 それなのに少女と目が合った瞬間、ユリウスは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。途端に前世の記憶が奔流ほんりゅうのように押し寄せる。

 ユリウスは悟った。自分がエドワルド王の生まれ変わりで、少女もまた勇者ルキアの転生した姿であることを。



 およそ百年前――エドワルドとルキアの出会いは、彼がまだ王子だった時代にさかのぼる。

 辺境伯領を視察中、エドワルドは魔物に襲われた。それを救ってくれたのがルキアだった。

 ルキアは震える体で自分よりも何倍も大きな魔物に立ち向かい、『魔術』を駆使ししてそれを倒した。

 その光景はエドワルドの記憶に強烈に焼き付いた。あの時のことを彼は今でも鮮明に思い出せる。


 ルキアの勇気と才能――特に彼女の『魔術』をエドワルドは評価した。

 当時、『魔術』という概念はまだ存在せず、人知を超えた不可思議な力は『異能』と呼ばれていた。

 異能の種類はさまざまで――炎や水を操る者、人間離れした怪力を持つ者、空を飛べる者……さまざまな異能者がいた。

 どれも人知を超えた力だが、ルキアが言うには異能の力の根源は『魔力』であり、異能者は『魔力』を不可思議の力に変換できるのだと言う。

 ちょうど魚が生まれつき泳ぎ方を知っているように、鳥が空を飛べるように――異能者は自然に『魔力』を『異能』として発現できるのだ。


 一方、『魔術』は『異能』を模したものらしい。呪文という法則性を与えることで、『魔力』を新たな形に変えるのだ。

 人間は程度の差こそあれ、大なり小なり『魔力』を持っているから、理論的には誰でも『魔術』が使えるはずだとルキアは言った。そう、彼女の『魔術』は『異能』を誰でも使える一つの技術まで昇華しようとしていたのである。


 最初、エドワルドは半信半疑でルキアの話を聞いていた。しかし、彼女との会話を重ねるにしたがって、エドワルドはいよいよその才能を見過ごせなくなった。それで、彼女を初の宮廷魔術師に任命したのだった。

 エドワルドが命じたのは魔王軍に対抗しうる魔術開発――ルキアはそれに勤しんだ。



 エドワルドにとってルキアは不思議な女性だった。ルキアと話すたびに、さらに彼女を知りたくなった。いつしか彼はルキアの元に足しげく通うようになっていた。

 エドワルドが訪問すると、ルキアはいつも喜んで魔術について話してくれた。いつの間にか、ルキアと語り合うことがエドワルドの一番の楽しみになり、彼女は彼にとって最も尊敬し信頼できる友人になっていた。


 ルキアはエドワルドの期待通り、様々な魔術を開発した。それはどれも戦闘においてとても有用なものだった。

 ただ、唯一にして最大の欠点は、ルキアがつくった魔術のほとんどを他者が使えないことだった。その呪文の複雑さと、必要魔力量の多さが原因だった。

 なかなか思うように魔術開発が進まないことをルキアは悩んでいるようだったが、エドワルド自身は成果なんてすぐに出るものでもないと考えていた。気にする必要はないと、何度も彼女を励ました。


 異変があったのは、エドワルドが王に即位したときだ。ルキアから申し出があった。

 なんと、軍を率いて魔王を討ちたいと言う。曰く、魔術研究よりも、自らが闘った方がよほど国のためになるからと。

 本音を言えば、エドワルドは危険な任務にルキアを就かせたくはなかった。その反面、為政者としては、魔王討伐にルキアほどの適任者は他にいないことも分かってもいた。

 エドワルドは悩んだ。


 さて、エドワルドは賢い王だったが、ルキアに対しては盲目的なところがあり、彼女に対していくつかの誤解をしていた。

 エドワルドはルキアをとても勇敢な女性だと考えていたが、実はどちらかと言えば臆病な性格で、自ら魔王討伐を名乗り出るような人物ではなかった。

 また、エドワルドは気の置けない友人としてルキアに接し、本音を言い合える仲だと考えていた。一方、彼女自身は主従関係を意識しないわけにはいかず、本音を吐露とろするのは困難だった。

 当時、ルキアは自らの実家と周りの貴族に外堀を埋められ、魔王討伐を志願せざるを得ない立場になっていた。だから彼女は一縷いちるの望みをかけてエドワルドに言った。


「このような大役に、私では力不足かもしれません。もし、王もそうお考えでしたらお話はなかったことにしてください」


 魔王となんて戦いたくない――その気持ちを精一杯言葉に込めてルキアはエドワルドを見つめた。

 一方のエドワルドには、ルキアの言葉はそのまま謙遜として届いた。なぜなら、ルキアは無二の友人であり、彼女が本心を偽って話す必要性などエドワルドからすればどこにもないのだから。


 果たして、ここでどうしようもないすれ違いが生まれてしまう。


 ルキアのすがるような視線……それをエドワルドは魔王退治への決意に満ちた眼だと受け取った。そして、その真摯な瞳に背中を押される形で、ついにエドワルドは彼女を勇者と任命したのだった。



 果たして、ルキアの戦果は目覚ましかった。彼女の行く先々から、勝利という吉報が届いた。

 エドワルドは自分の決断は間違っていなかったと思う一方で、ルキアを危険な最前線から王都へ早く呼び戻したいとも考えていた。

 ただ、それはあくまで個人的な感情だったため、実行に移すのはためらわれた。

 そうやって、始終ルキアのことを考えている内に、どんどんエドワルドの中でその存在が大きくなっていた。気が付けば、いつの間にか彼女に感じていた友愛が恋慕に変わっていた。


 エドワルドは何度も「辛くないか、無理していないか」と体調をおもんばかる手紙をルキアに書いた。しかし、ルキアからの返事は全く弱音など感じさせない勇猛果敢なものばかりで、エドワルドは彼女を改めて尊敬した。

 それと共に、少し寂しく思った。

 結局、エドワルドにできることは、ルキアの負担が少しでも軽くなるよう、その最大限のサポートをすることだけだった。



 とうとうルキアは聖王国だけではなく、世界中の悲願だった魔王討伐をやってのけた。彼女が真の勇者であることは誰の目から見ても明白で、世界中が祝福していた。

 エドワルドは王都へ凱旋したルキアにプロポーズをするつもりだった。しかし、彼を訪れたのはルキアが病床に伏したという知らせだった。

 流行り病ということで、エドワルドがルキアに会うことは禁止された。けれども、彼は止める家臣たちを振り切り、彼女に会いに行った。

 ベッドに横たわるルキアは儚げで、とても魔王を倒した人物とは思えなかった。

 

 しばらくして、ルキアは死んだ。国のため、世界のために捧げた短い人生だった。

 ルキアの死後、エドワルドは彼女の偉業を国内外に広めた。また、ルキアが心血を注いでいた魔術研究も奨励し、より多くの人が扱える技術へと発展させた。

 エドワルドは生涯妻をめとらなかった。それどころか、どんな女性ともねやを共にすることもなかった。

 家臣たちはルキアに似た青髪の女性を連れてきたりもしたが、彼女らには目もくれず、エドワルドはさっさと甥を後継者に決めてしまうと、世継ぎを望む家臣たちを黙らせた。


 このようなエドワルドのルキアに対する思いは周囲から美談のように言われたが、その執着ぶりは常軌じょうきを逸しているものだった。そして、それはそっくりそのままユリウスに受け継がれることとなる。



 今、ユリウスの中ではエドワルドだった頃の深い後悔が沸き起こっていた。

 彼は夢の中で会ったルキアの生まれ変わりの姿を思い出す。

 彼女はルキアと同じ青い髪と青い目をしていて、前世の面影があった。しかし、その体は痩せており、着ている服も粗末なものだった。

 おそらく、今の彼女は幸せな状況にいないのだろう。前世であれだけ世の中の人々のために戦ったのに、それはあんまりではないか。


 だからこそ、ユリウスは決意した。

 どんな手を尽くしてもルキアを探し出し、今度こそ自分が彼女を幸せにしてみせると。

 ルキアがこの世界のどこにいるか分からないが、ユリウスは自分と彼女の絆を信じていた。彼女も自分を望み、探してくれていると考えていた。

 それがただの妄想で、どんなにルキアにとってはた迷惑なことか、元賢王には知るよしもなかった。

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