第3-2話 新米狩人

「めちゃくちゃ強ぇ!感動したッス!ぜひ兄貴と呼ばせてください!」

「お名前は!?」

「どこからいらっしゃたのですか?」


 矢継ぎ早に新米狩人たちから質問が飛んでくる。

 オークの血で濡れてしまったロングソードをせっせとボロ布できれいにしていると、私はいつの間にか三人に囲まれていた。

 さて、どうしたものかと考えつつ、中々良い斬れ味だったと剣を見る。

 拝借したこの剣はお世辞にもあまり良い代物とは言えなかったため、あらかじめ『鋭利化シャープネス』の魔術をほどこしておいたのだ。おかげでオークの太い首も断ち切れるくらい切れ味抜群だった。


 あっ、そう言えば――と私はジェイコブを見る。

「君、怪我はないか?」

 彼はアスナを守ろうとして、オークに派手に吹き飛ばされていたはずだ。

「だ、大丈夫です。骨も折れてないみたいですし」

 どうやら飛ばされながらも、ちゃんと受け身を取っていたようだ。この少年、気弱そうだが、案外戦闘のセンスは良いのかもしれない。そして、もう片方のキース少年はというと――、

「ねぇ、兄貴!名前はっ!?」

 きらきらとした眼でこちらを見ていた。

 初対面ではクソ生意気だった態度が一転。見事な手のひら返しだが、いっそ清々しく思える。


「えっと、俺の名前はギルベルト。ただの旅人で……」

 つい、口に出てしまったのは百年前のこの体の持ち主――つまり前世の兄の名前だった。

「ギルベルト!!かっけー名前っスね!どこでそんな剣術を?どうしたら、そんなに強くなれるンスか?」

「あ……子供のころから鍛えられてたから。だから地道に鍛錬するのがいいと思うぞ?」

 思わず、前世でのスパルタ教育を思い出してしまう。

 前世の私――ルキア・クレスメントの生家は国境を守る騎士の家系で、親も兄弟も根っからの武人だった。

 元々、子供の性別や性格など関係なく無理やり稽古をつけるような家だったから、女の私も容赦なく鍛えられた。あれは稽古ではなく、もはや虐待の域に入っていたのではないかと振り返る。

 もっとも、そんなスパルタ教育のおかげで、凡庸な才能しかない私でもまぁまぁ剣は扱えるのだが……。


「ん?あの首、持って帰らないのか?」

 ふと、目に入ったのは転がったままのオークの首だ。討伐以来の場合、対象の体の一部を証拠として持ち帰り、報酬と引き換えるのが一般的である。

 私の言葉に、三人は顔を見合わせた。

「だって、あれは私たちが倒したんじゃないし、私たちにそんな資格はないです」

 アスナが眉を下げて言う。

 軽はずみなところはあるが、根はまじめで良い子たちなのかもしれない。

「俺に遠慮する必要はないよ。運も実力のうちだと言うし」

 私の言葉に推されるようにして、三人はオークの首を麻袋に入れる。

「助けてもらった上に、ありがとうございます」

 律儀にジェイコブが頭を下げると、他の二人も彼にならった。

「別にいいよ。でも幸運なんていつまでも続くわけではないから、今回のことを教訓にしっかり今後は準備をしっかりするように」

――なんて、それこそ説教じみたことを言ってみると、つい数時間前とは打って変わって、三人は神妙な顔をしてうなずいていた。



 話の流れで、私はそのまま三人をアムルシティまで送っていくことにした。

 三人が「何かお礼がしたい」と食い下がるので、私は一つ提案をする。

「アスナがさっき使った炎のファイアーアローの魔術、あれの呪文を教えてくれる?」

「そんなことで良いんですか?」

「魔術に興味があるんだ」

 アスナが教えてくれた炎のファイアーアローの呪文は、思った通りとても短くシンプルなものだった。私がつくった呪文と根幹は同じだが、必要最低限まで削ぎ落されたような洗練さがある。おまけに必要魔力量も少ない。

 私が魔術の進歩に感動していると、前方にアムルシティが見えてきた。


 身分証を持たない私はもちろん街の中には入れない。私としてはこのまま三人と別れるつもりだったが、

「ギルベルトさん!ぜひ、うちに来てください。きっと両親も歓迎します」

 熱心にアスナが誘ってくるので大変困った。

「実は家出も同然で飛び出してきた身だから、身分証がないんだよ」

 だから街には入れない――と、苦し紛れの出まかせを口に出す。

「そんなっ!?」

「俺のことは気にしないで。皆、元気でね」

 そう言って立ち去ろうとする私の腕に、ぎゅっとアスナが抱き着いてきた。

「ダメです!どうにかするから、ここで待っていてください!」

「ええっ!?どうにかって……」

 戸惑う私をよそに、アスナは残りの少年二人に対して「ギルベルトさんがどこか行かないよう見張ってて!」と言い残して、一人街の中へ入って行った。


 残った私とキースとジェイコブは、ポカンとする。

「これ、待たないとダメ?」

 そう聞くと、

「後生ですから待ってください」

「兄貴に逃げられると、俺たちがアスナに怒られる」

 少年二人が必死の表情で頼み込むので、私はしばらく待つことにした。どうせ暇だし、いいかと思う。


 小一時間ほど経っただろうか。街の門にアスナの姿が見えた。隣に、恰幅かっぷくの良い中年男性を一人連れている。

「ギルベルトさん!」

 満面の笑みで駆け寄ってくるアスナに私は尋ねた。

「えっと、そちらの方は?」

「どうも。アスナの父でプリムと申します。娘の危機を救ってくださったそうで。ぜひ、私のうちにいらしてください」

 にこにこと愛想のいい笑顔でプリムが言う。いや、だから私は街に入れないのだが……。

 私は身分証がないことを理由に、彼の申し出を辞退しようとした。

「お気持ちはありがたいのですが」

「大丈夫です。何の問題もありません」

「は?」

 いやいや、問題ないわけないだろう。不審者でも誰でも街に出入りできるのなら、わざわざ門番を置く必要もない。

 そんなこと分かっているはずなのに、プリムは私の腕をとった。

「ほらほら、ギルベルトさん。行きましょう」

 娘のアスナはぐいぐいと私の背を押してくる。

 そうして、この強引な親子は私を門の前まで引っ張って行った。


 さすがに門番に止められれば諦めるだろうと思っていたが……、

「えっ?」

 門番に咎められることもなく、私はあっさりと街の中へ入ってしまう。

 この街は身分証もなしに人を通すのか?治安はどうなっているんだ?

 私が驚いていると、こそりとアスナがささやいた。

「パパは結構名の知れた商人なのよ。色んな人に顔が利くの」

 つまり、あらかじめ門番に話をつけていたということだろうか。もしかしたら、いくらかそでの下を渡したのかもしれない。


 街へ入ったすぐのところで、キースとジェイコブと別れた。

 彼らはこれから紹介所に行き、今回の依頼の成功報酬と、間違った情報への詫び代をせしめてくると言う。

 一方、私はアスナとプリムに連れられ、彼らの家に向かった。


 想像していた通り、アムルシティは活気に満ちた街だった。

 通りのいたるところに商店が並び、大勢の人で賑わっている。商品を紹介する店員の声や、値引きを迫る客の声――私がリベアとして生まれ育った貧村ではまず見られない光景だ。

 そんな人ごみの中を抜け、私はプリムの家に案内された。

「立派ですねぇ」

 思わず、そう言葉が漏れてしまう。

 プリムの家は予想以上に大きく豪奢で、彼が商人としてかなり成功していることがうかがえた。つまり、アスナはお金持ちのお嬢様というわけである。そんな彼女が、なぜ危険な狩人などやっているか不思議だった。


 アスナの家で、私はちょっと驚くような歓待を受けることになった。

 私のためにと用意されたごちそうがテーブルに所せましと並び、思わず生唾を呑み込みそうになる。

 丸鶏のローストチキン、きのこと白身魚のパイの包み焼き、彩り豊かな森のサラダ、ほうれん草とベーコンのキッシュ……デザートにはクリームをたっぷり使ったケーキまであった。

 これを拒否する理由と理性などあるはずもなく、私はありがたく、おもてなしを受ける。

 チキンは皮がパリッと香ばしく、香草がたっぷりで食欲をそそる。サクサクとしたパイも良いし、甘いデザートなんて一体どれくらいぶりだろう。

 間違いなく、転生して一番のごちそうだった。私はできるだけ下品にならないよう気を付けつつ、それでも目の前の料理をたらふく食べた。

 はぁ。美味しいものって偉大だ。改めてそう思う。


「こんなに歓迎してもらって何というか、本当にありがとうございます」

 私がそう言うと、プリムはコロコロ笑った。

「いいえ、こちらこそ。娘の命を救っていただいて感謝してもしきれません。本当に誰に似たのか、お転婆な子に育ってしまいまして……」

「ちょっと、パパ!!」

 余計なことを言うなとアスナが止めに入るが、酒の酔いもあってプリムの話は止まらない。

 プリムが言うには、アスナは上三人の男の子の後に生まれた待望の女児で、それはそれは大切に育てられたそうだ。

 そのせいか、少しわがままに育ってしまったらしい。魔術学校に入れたまでは良かったのだが、なまじ才能があったせいか狩人ハンターになると言い出した。

 狩人ハンターは危険な職業だから、もちろん両親は猛反対。結果、アスナは友人らと共に、勝手に紹介所から依頼を受けてしまったらしい。


「同業のペンスさんのところのお嬢さんがいなくなったのが、昨日の話。そりゃあ、もう大騒ぎでした。今朝方、娘さんは無事に見つかったようでホッとしていたのですが……今度は私の娘が街の外に出てしまって」

 プリムは生きた心地がしなかったと話す。

「だから、もう本当にギルベルトさんにはなんとお礼を申して良いか!うちの可愛い可愛い娘が無事で本当に良かった……うぅ」

「もう、パパったら大げさなんだから」

 困ったような恥ずかしそうな表情でアスナが父親を見る。何だかんだ言っても、仲の良い親子なのだろう。


 その後もプリムの愚痴のような娘の自慢話は続き、夜は更けていった。



 オークなんかと戦ったからなのか、私はその夜夢を見た。

 これはルキアの記憶だと、すぐに分かる。まだ、魔王討伐の行軍を始めてほどない頃の夢だった。

 夢の中で、私は兄のギルベルトと魔王軍に対する戦い方でもめていた。罠や奇襲を多用する私のやり方は卑怯だと、兄が嫌っていたからだ。

 兄は騎士の家系の長男らしく、騎士道を重んじる男で、戦士は正々堂々と戦いに挑むべきだと主張していた。

 一方で私は、これは決闘ではなく殺し合いであり、卑怯であろうと何であろうと生き残ることを優先すべきだと説得した。

 互いに意見を譲らず、たびたび口論になっていたある日――急報が飛び込んできた。近くの村がオークによって壊滅させられたというのだ。

 何とか生き延びた村人が言うには、オークは死体と共に、生き残った村人も連れ去ってしまったらしい。私たちは急遽、その村人たちの救出に向かうことになった。


 村を襲ったオークはすぐに見つかった。彼らは五十体を超える群れで、村から一つ山を越えたところに集落を作っていた。

 まず、私や兄を含めた軍でも手練れの兵が偵察に向かった。ここで、私たちはオークがなぜ人々の憎悪の対象になっているか思い知ることになる。


 オークたちは宴の真っ最中だった。

 村から奪った食料と酒を飲み食いし、連れ去った女をなぶり犯していた。粗末な造り家の軒先には、明らかに人体の一部と思われる肉片がぶら下がっている。かつて誰かの子供だった細い足を、オークがむさぼっていた。

 地獄のような光景を目の当たりにして、何人かの兵がその場で嘔吐する。

 隣にいた暗い目で兄はこう言った。

「すまない、ルキア。俺が間違っていた」

 その日、私はオークの集落全体に催眠スリープをかけた。腹が膨れ、酒の酔いが回ったオークたちに効果てきめんで、一匹残らずいびきをかいて眠ってしまう。

 そんなオークたちの首に、私や兄は粛々しゅくしゅく と刃を突き立てていった。

 そしてそれ以来、兄が私の戦い方に異を唱えることはなくなった。



 翌朝、清潔でふかふかなベッドで私は目を覚ます。昨日はたらふく食べて飲んで良い夜だったが、夢のせいで気分はあまり良くない。

 昨晩の食事の席で、プリムは色々なことを話してくれた。

 商人という職業柄か、プリムは世情についてよく知っており、とてもためになった。もっとも、泥酔したプリムに「ぜひとも娘の婿に!」と言われたときは焦ったが……。


 さらに良いことは続くもので、私が一泊の礼を言って去ろうとしたときに、もう一つサプライズが待っていた。

「どうぞこれを」

「これは――っ!」

「これくらいしか私にはできませんが。どうぞ貰ってやってください」

 プリムから差し出されたの物を見て、私は目を丸くした。

 それはまごうことなき私の身分証だった。ちゃんと、ギルベルトと名前も書いてある。


 こうして私は身分証を手に入れた。

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