第3-1話 新米狩人

 ドリーと少女たちが無事に城壁の中へ入ったのを確認して、私はホッと胸をなでおろした。これで肩の荷が下りたというものだ。

 後のことは、ドリーに任せても問題ないだろう。

 どういうわけか、ドリーは私を『神子みこさま』と呼び、いたく慕ってくれるようになったので、私は少女たちのことを彼女に頼んでみた。

「お父様にお願いしてみますわ」

 ドリーは二つ返事で引き受けてくれた。何でも彼女の家は商家で手広く商いをやっており、父親は多方面に顔が利くらしい。そのツテで街の孤児院に子供たちを保護してもらうと言う。

 子供を売るような親に返すわけにはいかないから、孤児院に引き取ってもらうことが少女たちにとっても良いだろう。



 さて、一方の私。

 私は他の子供たちと一緒に保護されようとはしなかった。もちろん、それには理由がある。

 一か所に拘束されるのは困るからだ。

 今の私はエドワルド王に追われる身だ。同じ場所に留まるのは危険だった。

 あの男に見つからないよう、彼が諦めるまで居場所は点々と移動するべきだろう。

 しかし、そのためには問題が色々あって……。


「この見た目は目立つなぁ」


 前世の記憶があるものの、私は見た目が十代前半の子供である。こんな外見で旅などしたら「トラブルよ、おいでおいで」と手招きしているようなものだ。

 トラブルと無縁の見た目が欲しい。

 というわけで、私は誰の気配もないことを確認すると、真っ裸になった。けっして露出狂ではない。


 では『変身トランスフォーム』!


 あっという間に私の肉体は変化する。少女のか弱い体から、しっかり筋肉のついた青年のものへ。

 あ、下もついてます。

 このままでは本当に露出狂と言われかねないので、教会で拝借した衣服に手早く着替える。

 これでどこからどう見ても二十代半ばの青年だ。ちなみに、この姿は前世で兄だった人のものである。

 変身トランスフォームはその名の通り純然たる変身魔術で、見た目だけが変わる幻惑術とは似て非なる代物だ。筋肉や骨格はもちろん、性別やその人の身体能力までもコピーしてしまう。

 ただ変身術にはもちろんデメリットがあって、それは呪文の構築が大変なことだ。変身する対象のかなり細かな情報を術式に組み込まなければならず、私でも変身できるバリエーションは限られている。


 ともあれ、これで一人旅をしていても問題ないだろう。服と同時に盗ってきたロングソードを装備すれば、いっぱしの剣士に見える。

 勇者が盗みをするなんて――という非難の声など聞こえない聞こえない。元は悪人のものだからいいじゃないか。

 あとは、身分証でもあれば最高なんだけれど。

 街へ入るには門番に身分証を提示するのが普通だ。素性の分からない無法者を排除し、治安を守るための自衛的措置である。

 残念ながら、私は身分証を持っていなかった。教会にいる悪党たちの持ち物にはそれがあったが、服や剣と違って、悪党の身分証をそっくりそのまま使うわけにはいかない。


 つまり、私は正攻法では街に入れないのだ。金を多く積めば門番も入れてくれるかもしれないが、懐にそんな余裕もない。

 ふと、私は街の門に目をやる。

 まだ、朝も早いのに、多くの馬車が出入りしていた。商業都市とうたうだけあって、物流が盛んなのだろう。

 その分、兵も多く配置されていて、この中を忍び込むのは骨が折れそうだった。ここは夜を待って忍び込むのが妥当だろうか。

 そんなことを考えていた矢先、街の方からこちらにやって来る三人の姿が見えた。



 少年が二人と、少女が一人。どの顔にも幼さが残っていて、おそらく十五歳前後だろう。なんだかめているらしく、言い争う声が聞こえてきた。


「ねぇ、もう少しちゃんと情報収取をしてからにしない?」

「なに言ってんだよ!たかがゴブリン退治だろう!なに、怖がっているんだよ!」

「別に怖がってなんか……」

「こっちは剣士が二人!それに魔術学校主席のアスナもいる!怖がることなんてねぇよ!そうだろ?アスナ」

「ええ。キース、ジェイコブ。後衛はしっかり務めるわ」

「な?ジェイコブ。怖気づくなよ」

「怖気づいてなんかないよ。ただ、あの紹介所のお爺さん。あまり評判が良くないから……」


 言い合いをしながら、三人は森の中へ入っていく。彼らの身なりや状況から察するに、狩人ハンターの新人のようだ。

 狩人ハンターは言わば、魔物退治を生業なりわいにしている人々のことだ。人間に害をなす魔物を討伐したり、その素材を採取したりする。危険な仕事だが、実入りは結構いい。

 強気な少年がキース、弱気な少年がジェイコブ、紅一点の少女がアスナ。剣士二人と魔術師一人という面子らしい。


 さて、私は三人の会話を聞いて感動していた。

 ここにも魔術師がいるのか!しかも魔術学校まであるなんて――と。

 ルキアが死んで百年で魔術はずいぶん発展したようだ。昔は魔術学校なんてもちろんなかった。

 そう言えば、あの人買いの神官も魔術を使っていたな。案外、現代は魔術が広く普及しているのかもしれない。


 ……などと感心していると、新米狩人の三人はどんどん遠のいでいく。その背中に危うさを覚えて、老婆心ろうばしんから私は彼らに声をかけた。

「ちょっといいかな?」

 できるだけ気さくに爽やかにと心掛ける。

 少年たちは振り返ると、胡散うさん臭そうに私を見た。一方、少女の方は少し頬を赤らめている。

 あ、そう言えば兄上ってそこそこイケメンだったなぁと思い出した。

「なんスか」

 不機嫌そうなキース少年の声。

「ええっと、少し話が聞こえたんだけれど、情報収集はちゃんとやっと方が良いと思うよ」

 とりあえず、そう言うと、

「はぁ?盗み聞き?しかもなんスか、いきなり現れて説教ッスか?」

 キースがさらに顔をしかめる。

「いや、説教するつもりは微塵みじんもないんだけれど」

「だったら、部外者が発言しないでくれます?俺たち忙しいんで」

 どうやら完ぺきに機嫌を損ねてしまったようで、キースはさっさと行ってしまった。ジェイコブとアスナはこちらをチラチラ振り返っているが、結局キースに続いて森の奥へ入って行く。


「上手くいかないかぁ」

 私はぽりぽり頭を掻いた。

 まぁ、見ず知らずの男に情報収集の大切さを急に説かれても心に響かないか。大人に反抗したいお年頃も相まっているのだろう。

 結局、事前準備の重要性を認識するには、一度、痛い目を見てみるしかないのかもしれない。

 経験は最良の教師、そこから学べることは多い。ただ問題は、その授業料がいつも高いことだ。今回の場合は彼らの命か。

 私はしばし悩み……、

「……どうせ暇だし」

 そう言い訳して、キースたちの後をけることにした。



 一時間くらい尾行すると、森の中の少し開けた場所に出た。ここが目的の場所なのだろうか。

 一見、何の特徴もない原っぱだが、よく見れば覚えのある草が生えている。

 通称『癒し草』と呼ばれる薬草だ。殺菌効果や鎮痛効果があり、よく傷薬の原料として使われている。

 たしか、今でも『癒し草』の人工栽培は上手くいっていなかったはずだ。だからこそ、需要も多く、良い値で売れる。

 ここは癒し草の採集ポイントなのだろう。キースたちの発言から想像するに、その大事な採集場所に魔物が現れ、狩人ハンターに駆除依頼がきたのだ。


 私は近くの木の上に身を潜め、キースたちを見守ることにした。なお、キースたちは身も隠さず、採集場所の周りをぐるぐる回っている。

 キースは魔物がゴブリンだと言っていたが、本当だろうか……私は首をひねった。

 ゴブリンは基本的に夜行性の魔物で、力もそれほど強くないし特殊能力があるわけでもない。ただ知恵はあるので、よほど数の利でもない限り、明らかに武装した人間をゴブリンが襲うかは疑問である。

 武装した人間を襲う魔物には二パターンが考えられる。

 相手の実力を測るような知性がない場合と、武装した人間相手にも勝つ自信がある場合だ。そして運が悪いことに、キースたちは後者のパターンを引いてしまったらしい。


「ゴ、ゴブリンじゃない!?」

 目の前に現れた一匹の魔物にジェイコブは悲鳴を上げていた。

 ゴブリンは体長1メートル未満の人型の魔物だ。しかし、今回の魔物の背丈は成人男性とほとんど変わらない。そして手には大きな棍棒を持っている。


 オークだ。


 オークはゴブリンと同じような醜悪な見た目をしているが、筋骨隆々とした屈強な体をしていて、戦闘能力はゴブリンの比ではない魔物である。駆け出しの『狩人』には少々荷が重いというか、無謀むぼうな相手だった。


 前世で嫌と言うほどオークと戦ったことを思い出して、私は思わず顔を歪めた。

 コイツらには良い思い出が全くない。人肉が好物だわ、女を犯すわで、よくもまあ、ここまで胸糞悪い要素を詰め込んだものだと逆に感心したくなるくらいの生物――それがオークだった。

 戦士の中でも非常に忌み嫌われている存在で、コイツらに潰された村は枚挙できないほどである。


「オークなんて聞いてねぇぞ!ちくしょうっ!紹介所のジジイ、テキトーなことをぬかしやがって!!」

 ここにはいない誰かを罵倒ばとうするキースくん。うん、だから事前の情報収集は大事なのですよ、と私は独りごちる。

 これで一つ賢くなった。後は生きて帰れれば言うことなしだ。


「ジェイコブ、キース!しっかりしなさい!」

 慌てふためく二人にげきを飛ばしたのはアスナだった。

 彼女が三人の中で一番冷静で、二人を叱りつつ、その指は魔力ルーン文字で呪文を書いていた。そして驚くくらいの短い呪文で魔術を発動させる。

「炎のファイアーアロー

 空中に燃える三本の矢が現れたかと思うと、オークの方へ飛んで行き、見事すべて命中する。オークが苦痛の叫びをあげた。

「え、すごい」

 隠れていたことも忘れて、私は思わず声を出す。

 あんな短い呪文と少ない魔力量で魔術を完成させることができるなんて素晴らしい!

 私は興奮を隠しきれなかった。やはり今の魔術は、百年前に比べてかなり進歩しているようだ。是非とも色々とアスナに教わりたい。

 まぁ、森の中で火属性の魔術を使うのはいかがなものかとも思うけれど。


 しかし、これだけで安心するのはまだ早い。アスナが放った炎のファイアーアローはオークにダメージは与えたものの、致命傷には至らない。

 オークは自分を攻撃してきたアスナを憎悪の目で見ると、彼女に向かって突進していった。

「アスナッ!」

 彼女を助けるべく、慌ててジェイコブがオークの前におどり出る。オークは邪魔な人間を排除しようと棍棒を一振りした。

 ジェイコブは素早く剣で防御するものの、彼とオークではあまりにも腕力が違う。オークの怪力でジェイコブは派手に吹き飛ばされてしまった……あぁ、こりゃまずい。

 私は木から飛び降りると、わざとオークに見せつけるように剣を抜いた。

 突然現れた闖入者ちんにゅうしゃを目にして、オークが一瞬動きを止める。しかしそれはほんの一時で、今度は私に向かって突進してきた。

 間近に迫ったオークが棍棒を振りかぶる。

「危ないっ!」

 アスナの悲鳴。

 渾身の力で振り下ろされた棍棒をかわすと、私はすれ違いざまに剣で薙ぎ払った。


 一拍置いて、ぼとりとオークの首が落ちる。

 首を失った体は血を吹き出しながらしばらくフラフラと揺れ、そのまま重い音を立てて地面に倒れていった。

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