第2-2話 人買い

 夜になっても、街からの衛兵は来なかった。何かトラブルがあったかもしれないから、とりあえず朝まで待ってみようと神官が言い、私たちもそれに従うことにした。


 唯一、ドリーだけが外泊になってしまうと渋ったが、魔物が活発になる夜に帰宅するのは危険だと神官に説得され、街に帰ることを断念するしかなかった。

「でも、どうしましょう。きっと両親が心配しますわ」

「ここに来ることはご家族には言ってあるのでしょう?」

「それが……」

「え!まさか、また……?」

 驚く神官に対して、ドリーはひどく言いづらそうにしながら、上目づかいで神官を見る。

「はい……。両親は私が街を出てここに来ることを反対するので……」

「言っていなかったと?……はぁ、ドリー。私は何度もご両親の許可を得て、ここに来るようにと話しているはずですが」

「申し訳ありません」

 シュンと肩を落とすドリー。そんな彼女の肩を神官はポンと叩き、

「大丈夫ですよ。使い魔に命じて、ドリーの家には事情を知らせておきますから」

 困った表情のままそう慰めていた。



 さて、私たちはというと――人数分の毛布が手渡され、二階にある空き部屋に案内された。そこで床に雑魚寝するかたちで睡眠をとる。床は固かったが、私以外の少女たちはすぐにすやすやと健やかな寝息を立て始めた。


 一方、私は今日一日を振り返る。

 人買いを魔術で眠らせ、この教会に逃げ込んだ。神官とドリーは突然現れた私たち八人を温かく出迎えてくれ、食事と寝床を用意してくれた。

 それにしても、よく八人分も余剰の食料や毛布があったなぁと思う。ここの神官は動物を操る魔術以外に、予知能力もあるのかもしれない。

 ……。


「なんて、馬鹿なことを言っている場合じゃないか」


 私はため息を吐くと皆を起こさないように寝床から抜け出し、一人部屋を抜け出した。



 月が明るい夜だった。私は夜目が利く方なので、行動するには十分の明るさだ。

 つたおおわれた母屋から出ると、すぐに隣の礼拝堂が何やら騒がしいことに気付いた。私はそっと近づいて、採光用の穴から中を覗き見る。

 礼拝堂の中では四つの人影がろうそくの灯りで照らされ揺れていた。

 神官と人買いの男ども、そしてドリーだ。私が縄で縛っておいた人買いたちが、今や晴れて自由の身になっている。そして、その内の一人がドリーに馬乗りになっていた。


 夜風に紛れて、四人の会話が聞こえてくる。

「神官さま!これは一体、どういうことですの!?」

 甲高い悲鳴を上げるドリー。それに対して、人買いたちは下品な笑い声を立てていた。

「神官さま、どういうことですの――だってよ、ヒヒッ!まったく頭のおめでたいお嬢様だ。この期に及んで、まだ状況が分からんらしい」

「簡単に言うとなぁ。アンタの信頼する神官さまは俺たちのグルってこと、人買いで大金を稼いでる悪党って話だ」

「そんなっ!?ウソ……ウソですわ!!ウソと言ってください!神官さま」

 信じられないというように彼女は叫ぶ。すると、神官は小さな子供をたしなめるような声音で言った。

「ドリー。素直なのはあなたの美徳ですが、もう少し自分の頭で考えた方がいいですよ。神官だから信用し、魔術師だから尊敬するのは安直すぎて感心できませんね」

「それじゃぁ……」

「彼らの言っていることは本当です。私は人買い――神官という身分を隠れみのに人身売買をする悪党ですよ」

「……っ!」

 ドリーが絶句する。その顔には絶望が色濃く表れていた。


「いやぁ、それにしても今回は肝が冷えました。御者台に座っているガキを見たとき、息が止まりそうになりましたよ。そして荷台には、なぜかお前たちが悠長ゆうちょうに眠って縛られているし」

「あぁ、それは面目ねぇ。俺たちも何が何だか分からなくて……」

 呆れる神官に対して、人買いの一人が謝る。

「まぁ。不幸中の幸いで、ガキどもの方からのこのこやって来てくれたので、今回は良しとしましょう。ただし、しくじり分はきちんと報酬から引かせてもらいますが」

 やれやれとばかりに肩をすくめる神官の様子さまは、悪党が板についている感じだ。そんな悪党の元へ、私はよりにもよって少女たちを連れてきてしまったらしい。

 神に仕える身が人身売買とは世も末である。私は己の失態を恨みつつ、胸中で悪態を吐いた。

 神官が人買いの仲間なら、待てど暮らせど街から衛兵が来なかったことも道理だ。どうせ、街へ使い魔をやったフリをしていただけだろう。


「わ、わたくしをどうする気ですか?」

 ドリーは何とか気丈きじょうにみせようとしているが、声が震えているので台無しだ。

 神官は残念そうに首を左右に振った。

「あなたは信心深い良い子でしたが、少々知りすぎてしまいました」

「俺らの顔も知られちまったからな。まぁ、普通ならなら生かしちゃおけねぇんだが……」

 ドリーに馬乗りになっている人買いの男が、彼女のあごつかむ。

「喜べ。アンタは結構美人だから良い値で売れるさ。あのガキどもと一緒に売ってやるよ」

 もう一人の人買いも、下衆顔でその通りだと同調した。

「そんな、神官さま」

 ドリーは助けを乞う目で神官を見つめるが、彼は酷薄な笑みを浮かべると、

ゆるしてくださいね?ドリー」

 そう言って、彼女の胸元からブローチをむしり取った。

「返してっ!」

「こらっ!暴れるな!」

 抵抗するドリーの腕を、人買いの男が抑え込む。そいつが「なぁ、売っ払う前に俺たちで遊んでもいいだろう?」――と言った瞬間、


 ゴチッ。


 鈍い音と共に男たちの顔に拳大の石がめりこんだ。



 私が発動した『石のストーンバレット』が見事に命中し、人買い二人が昏倒する。鼻の骨が折れたようで、顔面は血に染まりひどい面構つらがまえになっていた。

 『睡眠スリープ』で眠らせるという手もあったが、あの術は魔力耐性のある者や極度の興奮状態にある者には効きにくいという欠点もある。そういうわけで、今回は少し手荒な方法をとってみた。

 もっとも、相手は女子供を売り飛ばし、狼藉ろうぜきまで働こうとする悪人。気をとがめる必要もないだろう。

 一方、神官だけは難を逃れたようだった。彼に向けたつぶては傍の柱に当たってしまったらしい。


 神官はいきなり仲間二人が倒れるという事態に、ひどく驚いていた。ドリーの方は何が起こったのか分からず、呆然としている。そんな二人の前に、私は姿を現した。

 予期せぬ子供の登場に目をく神官。

「……まさか、お前がやったのか?」

 悪党相手に教えてやる義理もないので、私は黙したまま再度『石のストーンバレット』を発動させる。しかし、それは採光窓から突如入って来たカラスによって防がれた。カラスが身をていして主人を守ったのだ。

「そうか、お前は魔術師か!まさか、こんなガキが魔術を使えるとは……。馬車でこいつらを眠らせたのもお前の仕業だな!?」

 忌々し気に吐き捨てる神官の指は、何やら怪しい動きをみせている。宙に描かれたそれは魔力ルーン文字で、呪文が完成すると共に礼拝堂の外から獣の咆哮ほうこうが聞こえてきた。


――ウォオオオオン!


 一体何事か!?慌てて外に出てみると、そこにいたのは巨大な熊だった。体長は四メートルを超えていて、丸太のような太い腕をしている。あれで殴られたら、私なんてひとたまりもないだろう。

 これも神官の使い魔だろうか?しげしげと私が熊を眺めていると、後ろから神官の声がかかった。

「よもや、私がカラスしか扱えないと思ったか?貴様の石ころなど、コイツにとっては痛くも痒くもないぞ。どうだ?命乞いでもしてみるか?」

 神官の言う通り、あの巨体相手では『石のストーンバレット』の効果はあまり期待できないだろう。

「だが、もう遅い!俺を怒らせた罪はつぐなってもらおう!」

 唾を飛ばしながら神官が叫ぶ。同時に、熊が私に向って突進してきた。まるで小山が迫ってきているようで迫力満点だ。私は正面からそれを迎え撃つ。

「死ねぇっ!」

 神官が叫ぶ。

 だが、それをかき消すように雷がとどろき――私が放った電撃が熊を貫いた。



 しばらくしてアムルシティにとある噂話が広がった。『神子みこ』の話だ。

 ある日の早朝、アムルシティの東門がひどく騒がしいことになっていた。胸元に赤いブローチをつけた女性が、みすぼらしい身なりをした七人の少女たちを連れて現れたのだ。

 女性の方はこぶしに怪我を負っていて、衛兵が事情を尋ねると、

「この子たちは人買いに売られた子たちです。わたくしも危ないところだったのですが、神子さまが助けてくれましたの」

 そう説明する。

『神子』という人物について詳しく聞けば、なんと十代前半の青い髪の少女らしい。

 彼女は石や雷を操り、悪人たちをらしめて皆を助けたという。何でも、たった一人で成人男性三人と巨大な熊を相手に大立ち回りをしたとか。

 にわかには信じがたかった衛兵たちは、事件の現場であるという森の中の教会を調べることにした。すると、女性の証言通り人買いたちが発見され、あろうことか、その一人は女神教の神官だった。

 彼らは身ぐるみを剥がされ、縄で縛られていた。人買い二人の鼻は折れ、神官の方も何度も殴打された様子で顔が腫れあがっていた。加えて、小山のように巨大な熊の死体まであった。

 神に仕えるはずの神官がこの辺りの人身売買を牛耳ぎゅうじる男であったという衝撃の事実は、街中の噂となった。

 その噂は、とある商家の女性が『神子』の存在と共に、熱心に広めたらしい。ただ『神子』とは誰なのか――その正体は未だに不明であった。


 なお噂によると、売られた七人の少女たちは孤児院に無事保護され、今は平和に暮らしているとのことだった。

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