第2-1話 人買い

 リベアとして今度こそ自由に生きる。私はそう固く決心した。

 しかし、その前に――

「まずはこの状況をどうにかしないと……」

 私はうんざりした顔で周りを見た。


 狭いほろ馬車の中に、私と同い年かそれよりも幼い少女たちが七人、身を寄せ合うように座っていた。さらに、明らかに風体のよろしくない男が一人。御者席にもう一人。

 少女たちは一様に粗末な服を着ていて、痩せている。かくいう私もボロキレのような服を着たガリガリの子供だ。

 ここにいる少女たちは近辺の村々出身で親に売られた子たちで、男たちは人買いだ。ちなみに私は明日の酒代欲しさにクソ親父に売られた。


 それにしても前世で体を張って魔王軍と戦ったのに、生まれ変わり先が貧乏な村の子供で挙句の果てに親に売られるとは……。

 女神教の『現世での行いは来世に繋がる。だからこそ今を善く生きるべし』という教えは何だったのだろう。もし神様に会う機会があればクレームを入れたいところである。


 馬車に揺られる子供たちの表情は一様に暗い。どの顔も不安そうで、売られた女の子たち自身、自分たちがこの先どうなるか……もしかしたら分かっているのかもしれない。

 十中八九は娼館の類だろうなぁ、と想像する。だが、もっとえげつない所に売られる可能性もある。

 無論、どちらもお断り。私は自由に生きるのだ。むざむざ売られるわけにはいかない。

 そもそも、法律が百年前と変わっていなければ、人身売買は立派な犯罪である。つまり、人買い共は悪党であり、成敗してもなんら問題ない。正義は我にありだ。


 ということで、思い立ったたら即実行。私はこそこそと魔力文字ルーンもじで呪文を書いてみた。上手くいけば、普通なら起こり得ない不可思議の力――『魔術』が発動する。

 魔術は百年前、私が生み出した新しい技術だ。もっとも、扱える人間が私以外にほとんどおらず、ポンコツ扱いされた代物だが……それはともかく!

 私は内心ドキドキしながら、呪文を完成させる。標的は荷台の男だ。

 どうか上手くいってくれ――そう祈っていると、急に男がガクリとうなだれた。少ししていびき声も聞こえてくる。

 成功、バッチリだ!私の十八番『催眠スリープ』がきれいにきまった。

 これは大きな前進である。前世の記憶を思い出したことで、今の体でも問題なく魔術が使えることが分かったのだ。

 私は意気揚々と御者の男にも同じ術をかける。彼もまた、幸せな夢の中へ旅立っていった。


 眠っている男たちを馬車にあった縄で手早く縛り上げていく。そんな私を、周りの少女たちはポカンと口を開けて見ていた。一体、今何が起こっているのか、理解が追い付いていない様子だ。

「この人たち、どうして眠っているの?」

 やっと誰かが質問する。私はそれに「さぁ?」と肩をすくめてみせ、それからニィと笑った。

「でもツイているよ。これで売られずに済む」

「たしかにそうね!」

 誰だって売られたいわけはない。少女たちはこの日初めての笑顔を見せる。

 そんな彼女たちを横目で見ながら、私は思案した。

 

――この子たち、これからどうしたら良いだろう?


 元いた村へ返すか……ちらりとそう思ったが、この子たちは親に売られたのだ。そのまま返したら、またいずれ同じことが起きてしまう。

 ならば一先ず、どこかで保護してもらうしかない。孤児院とか教会とか、そういう弱者救済の場所を探すべきだろう。私は人買いの持ち物をあさり、その中から地図を見つけた。

 どうやら地図によると、このまま道なりに街道を進めばこの地域で一番大きな商業都市『アムルシティ』に出るようだ。そして、そこに至るまでの道に女神信仰の教会もあった。


 私は周りの少女たちに提案する。

「とりあえず、近くの教会に行こうと思う。そこで事情を話せば、保護してもらえるかもしれない。どうかな?」

 異論の声は一つもなかった。ここで家に帰りたいと言わないあたり、彼女らは自分たちが『売られて、もう家には帰れない』ということを、ちゃんと理解しているのだろう。裏を返せば、それだけ親が子を売るという非道が横行する日常で生きてきたのだ。

 魔王がいなくなり平和になったはずなのに、この子たちはちっとも幸せじゃない。私はなんだかむなしくなった。



 私は自ら御者台に座り馬車を走らせた。善は急げというやつだ。

 現在は昼を少し過ぎた時刻。魔物の行動は夜に活発になるため、日の高いうちに今宵の宿を確保しておきたい。


 そうこしている内に目的の教会が見えてきた。街道沿いの、森が少し開けた場所に礼拝堂とつたに覆われた建物の二棟あった。周囲は獣除けの柵で囲まれている。

 私がそこで馬車を止めると、その音に気付いたのか、建物の中から二人の男女が出てきた。神官の恰好をした中年の男と、二十手前くらいの女だ。

 突然現れたみすぼらしい姿の子供たちを見て、二人は困惑した表情を浮かべていた。

「これは一体……」


 皆を代表して、私は説明した。

 人買いに売られたこと、そして不意に眠り込んだ人買いの男たちを縄で縛り自由を得たこと。最後に教会で保護してもらえないだろうか、というお願い。


「まぁ、なんて恐ろしい」

 女の方が少し青ざめながら言った。

「神官さま。もちろん、この子たちを教会で保護してくださるでしょう?」

「ああ。もちろんだとも」

 女は近くのアムルシティの人間だった。男の方は格好かっこう通り女神教の神官で、この教会の管理を一人で任されているらしい。


「わたくしはドリーと申します」

 女がそう名乗った。いかにも良家のお嬢さんといった様子である。胸元を年代物の素敵なブローチで飾っていて、赤い宝石が輝いていた。

「彼女は修道女ではないが、心優しい子でね。今日はたまたま、この教会の手伝いにきてくれたんだ」

「わたくしは当たり前のことをしただけですわ。それより、その人買いたちはどこですか?」

 若い娘らしい好奇心からか、興味深々な表情で尋ねる。

「まだ、馬車の荷台で眠り込んでますよ」

「一体、どんな人たちなのかしら」

 人買いたちが気になるのか、ドリーはずんずんと馬車に近づいて行った。

「ちょっと、ドリー!危険かもしれないから、やめた方が……っ!」

 神官の忠告の声も気にせず、彼女は「大丈夫ですわ」とあっさり荷台に乗りこんだ。男たちは縄で縛られているとはいえ、ずいぶんと度胸のあるお嬢さんだ。

 私と神官が後から追いかけていくと、ドリーはしげしげと人買いたちの顔を覗き込んでいた。

「この方々のお顔、どこかで……」

「知っている方なんですか?」

 私が聞くと、

「あっ、そうですわ!この方々、街で見たことがあります。確か、教会にも出入りしている薬屋さんですわ。ねぇ!神官さま!」

「……ああ!なんてことだ!確かに彼らだ!」

 神官も信じられないといったような表情でうなずいた。


 それから二人は話し合って、街の衛兵にこのことを知らせることにしたらしい。至極、常識的な対応である。

 しかし、奇妙なことにその伝令役にと神官が指定したのは、どう見ても黒いただの鳥だった。

「かぁ」

「カラスですか?」

 私が尋ねると、心得顔でドリーが答えた。

「心配しないで下さいな。こう見えてもこの子は神官様の使い魔なのですわ」

「使い魔?」

「ええ。神官さまは魔術師なんですの。魔術で動物を操るんです」

「えっ!?」

 私は驚いて神官の男を見た。見たところ、それほど魔力量もなさそうだが、そんな彼にも魔術が使えるのだろうか。

 内心いぶかしむ私をよそに、ドリーは「神官さまはすごいのです」と声をあげる。その顔は、まるで自分のことのように誇らしげだった。

「神官さまは魔術を使えるからこそ、こんな森の中でも魔物に襲われることもなく、ここが教会として機能できるのですわ。まさに、女神様に選ばれたお方なのです」

 目をきらきらと輝かせて言うドリーに、

「ドリー、ほめすぎですよ」

 神官は少し困った表情をしつつ、手紙をカラスの足に巻き付ける。そこに人買いのことが書いてあるのだろうか。

「さぁ、行きなさい」

 神官の言葉と共に、カラスが空へ飛び立った。カラスは私たちの頭上をしばらく旋回せんかいし、それから街があるらしい方角へ飛んで行く。なるほど、動物を操れるということは本当かもしれなかった。


「さて、しばらくすればアムルシティの衛兵たちが来てくれるでしょう。もう、安心ですよ。皆さん、よくここまで辿り着きました。衛兵が来るまでゆっくり休んでいてください」

 神官の声を聞いて、周りの少女たちはやっと安堵あんどの顔を見せた。途端に、その中の一人からぐぅと大きく腹が鳴る音がする。

 くすくすと神官とドリーは笑った。

「お腹を空かせているようですね。申し訳ありませんが、ドリー。手伝っていただけますか?」

「もちろんですわ。神官さま」

 そうして彼らは私たちを蔦に覆われた建物の中へ招き入れ、食事の用意をし始めた。



 神官たちが振舞ってくれたのは、トマト味のスープとパンという簡素で素朴なものだった。それを私も他の少女たちも、勢いよく食べる。

 久しぶりの温かいスープが体にしみた。スープの具は少なく、パンは固かったが、元より貧しい食事には慣れている身、これでも十分なごちそうである。

 お腹が膨らんだおかげか、少女らがまとっていた緊張もほぐれていく。そうすると、がぜん食卓は騒がしくなった。いわゆる、女三人寄ればかしましいというやつだ。


 その中で、一人がこんなことを言い始めた。

「あんなクソ親父から離れられたんだから、かえって売られて良かったかも」

 清々したとでも言わんばかりにその子が笑うと、周りにいた子たちも「確かにそうだ」と同調する。それから皆で親の悪口を言い、ひとしきり盛り上がっていた。


 私はそんな彼女たちの様子を眺める。

 少女たちは楽しそうに見えるが、親に捨てられたショックからこうも早く立ち直れるはずもなく、強がって平気なふりをしているのだろう。

 口にしているのが生みの親に対する罵倒でも咎める気にはなれない。彼女たちの怒りは正当なものだから、なおさらだ。

――と私は思うのだが、違う意見もあるようだ。


 少女たちをたしなめたのはドリーだった。

「そんな風にご両親のことを悪く言うものではありませんわ!」

 にぎわっていた食卓が急にシンと静まり返る。突然の𠮟責の声に、少女たちはバツが悪そうに表情を曇らせていた。そんな空気の中で、一人が声を上げる。

「で、でも!あいつらは私たちを売ったんだ!!悪いのはむこうでしょ?」

 反論したのは、比較的年長の少女だ。パサついた赤毛をおさげにまとめている。おさげの彼女を見て、ドリーはさとすように言った。

「ご両親も苦渋の決断だったに違いありませんわ。だって、子供のことを愛さない親なんていませんもの」

「愛されているわけないじゃん!あのまま売られていたら、私たちはひどい目にあっていたんだから!」

「きっと、ご両親にも色々な事情があったのでしょう。まだ、幼いから分からないでしょうけれど、あなたもいつか、ご両親のお気持ちが分かる日がきますわ。だから、ね?ゆるしてあげましょう」

「だれが!あんなやつらを!!」

 怒りをあらわにする少女に対して、ドリーは優しい微笑みを浮かべる。

「誰かを怨んでも良いことなんて一つもありませんわ。女神さまの教えにもありますわ。人をゆるしなさい、と。ねぇ、神官さま?」

 ドリーの問いに対し、神官は満足そうにうなずく。

「ええ、ええ。その通りです。ドリーの心がけは素晴らしいですね」

「……っ」

 おさげの少女はそれ以上言いつのることはなかった。ただ、苦虫をかみ殺したような顔をしている。


 そんな三人のやり取りを見て、私はドリーに話しかけた。

「あの、ドリーさん」

「あら、何かしら?」

「その赤い石のブローチ、素敵ですね。よく似合っています」

「え?……あぁ!ありがとう」

 急に装飾品を褒められて、ドリーは虚をつかれたようだったが、すぐに満面の笑みを見せた。

「これはお母さまからいただいた大切な品物なんですわ。元々はお母さまの物だったんですけれど、私の十八の誕生日にプレゼントしてくれたの」

「なるほど。お母さんなんですね」

 私たちの親と違って、と私は心の中で付け足す。

 ドリーは育ちが良く純粋、悪く言えば世間知らずの箱入り娘なのだろう。酒代欲しさに娘を売る父親がいるなんて想像もできないのだ。

 それでいつか痛い目みなければいいけれど……と、他人事ながら私は思った。

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