ラグナロク・エンドロール

狂酔 文架

第一話 「転移ノ変」

「……今日で、あの全世界を驚愕させた、式組しきぐみ 組夜くみやの転移事件から1カ月が経ちましたが、いまだに発見されず。

 手がかりの一つも見つけられていない状態が続いています」

 

「えーまぁね、式組 組夜くんと言いますとやはり魔錬まれんの天才と異世界転移者の二つの呼び名がありますからね。 

 えーまぁ、彼はたしかにものすごい天才でしたからね、あれでまだ成人じゃないってのがすごいですよ」


 「魔錬の天才、彼の発明は機能性と生産性など、いくつもの視点から考えられた物ばかりでしたからね。」

 

 「まぁ、あの監視カメラに映った転移と呼ぶか、瞬間移動と言うか、あれを見せられると、なんともまぁ、ねぇ……」


 一人静かな部屋の中、昨夜つけっぱなしで寝てしまったラジオの音声が俺歪 狂夜きょうやの部屋に響く。


 ラジオから聞こえるその名前、式組 組夜はいまや誰もがしる有名人だ。本当に要るのか知らないが、もしいるなら北センチネルだとかそういう異郷の住人ですら知っているだろう。


 なぜかって?それはあいつが、自分と同じ16歳の時点で魔錬の二つ名を手に入れるほどの思考量と技術力を持ち。

 なおかつ、その思考力は100年先を完璧に視るを言われ、悪魔の頭脳と呼ばれたノイマン、電気を生み出したエジソンなどと方を並べる、いやそれ以上の才能の持ち主といっても過言ではないからだ。


 あこがれるには遠く離れすぎた存在。


 自分はそうはなれない天才には慣れない、魔法は使えない、だれも助けてくれない人生から離れるには、もう遅すぎる。

 あいつはもういない。

 分かっていても、己と天才を頭のなかで重ねてしまう。


 魔錬の二つ名とその功績は、同じ16歳の少年なら、だれもが俺みたいに影を重ねるだろう、だれもが己を重ねるだろう。

 手に入れられるはずのない才能を持った人間は、いつだって、誰かの嫉妬と憧れの対象だ。

 ましてや中学2年生の中二病真っ只中の時なんて、学校の中に現れた敵をバッタバッタとなぎ倒すシーンなんてものは何回も思い描いてきた。 

 がそれから2年近くたった今、こうして適当にさぼっている俺にはそんなチャンスが来るはずもない。


 が、しかし俺はほかにも天才に憧れを抱く要因があった。

 それが、式組 組夜の名前を確定的に世界へと広めた事件であり、俺に希望を与えた事件、転移事件である。


 転移事件 それは式組 組夜をとらえた監視カメラが映しとった突飛で非現実的な現象のことだ。

 転移、あれは誘拐でも殺人でも暗殺でもなんでもなく、ただと転移だった。


  カメラに映るその動画は、カメラの位置以外の違和感はない普通の映像だった。いや、終始そうだっただろう。だからこそ転移だった。

 まるで最初からなにもなかったかのように、天才は消え、まるでコップに水が注がれるように、天才がいた場所に空気が注がれる。


 注がれた空気はこぼれることなくほかの空気と混ざりあう。

 

 ただそれだけの映像。

 机にちらばった紙も、手を添えていたマウスも、打ち込んでいたキーボードもまるで最初からなにもなかったかのように、何一つ歪まない映像。

 それが、その映像の全てが世界に混乱と変異を巻き起こした転移事件の事件としての全貌全てだった。


 非現実的な事象、理解のできない事象、だからこそ俺はそれに希望を見つけた。

 ワンチャンスの希望を。

 でも、俺が希望を見出したのはそれだけが理由じゃない、俺はもう一つ不確定な希望を見出していた、それが俺の父・歪 雅人まさとの存在だ。


 俺は物心着いた頃から、父親に会ったことはない。

 というか、赤ん坊のころにまだあかない目を泣きながら開けたあの日以来、俺は父親を見たことが無い。

 というか、あの日見たという事実なんて知る由もない。

 だからこそだろうか、一度好奇心で父親の名前を検索に打ち込んでみたことがあった。

 俺は出てきた一枚の写真とそこに映し出された天才の顔を今でも覚えている。


 実物をしっかりと見たことがないはずなのに、いつか眺めて、どこかでしみついてしまった父親の顔が、写真の中であの天才式組 組夜と一緒に映っていた。

 まるで自分の息子を誇らしげに見るような目を向けながら笑う父と、うれしそうにしている天才の顔、それとどこか虚ろな目をしたスーツ姿の男性の写った写真。

 

 父はどうやら科学者らしかった。

 俺はそれを見つけた瞬間、天才と父ともう一人の男、京凪 信彦の関わりとこの画像の真実を調べた。出てきたのは「虚夢きょむ」についてという論文とその研究の成果だった。

 まだ世界に天才の名が広まっていないころの研究、いまの俺なら見つけたことを歓喜して興奮を抑えることは出来なかっただろう。


 しかし、まだ中学生になって高度な知識に片足も突っ込まずにいた時期だったので、その時はそこで俺は見るのを辞めた。

 が、それから3年ほどたち、受験期真っ只中の中学3年生の夏休み、ふとその論文に触れることがあった。


 俺はその論文を呼んだ時、とてつもなく興奮したのを覚えている。

 論文の内容である「虚夢」とは、簡単に言うと非科学的な魔法を証明した物だった。

 宇宙間、いや今生き続けるこの空間には虚という物質、いや空間だろうか、まぁ「虚夢」という何かがはびこっており、それを物質に変換させるという魔法のような力。

 それが「虚夢」であった。

 

 これが、これこそが天才と父、そして謎の男京凪の実験の成果だったのだ。

 だからこそ俺は転移に希望を見出していた。

 非科学的な力と非化学的な現象、もしかしたらどこかで父さんが嚙んでいるんじゃないか、もしかしたらあれはその「虚夢」の力なんじゃないか、それが俺の考えだ。


 が、しかし現実はそう甘くない、あったこともない父に、電話などかけても、何かを頼み込んでも意味がない。

 どうせ母親と同じで俺にはなにもしてくれない。そう思ってこれまでも過ごしてきた。

 だからこそ俺には、今もそのひたむきな考えが頭にしみついていた。


 太陽の光が目の前のモニターに反射して、少しまぶしく感じ、まだあかない目をこすりながらも起き上がろうとしている優等生な俺の耳に、またラジオの音声が流れ込んできた。


 「い、今!東京、大阪、名古屋、様々な場所で転移が発生しているとの情報が飛んでまいりまいりました!初確認は先ほど午前7時、約30分前です。

 現在も不特定多数の人間が転移をしており、警察も動けない状態です。

 また、各地には、出所不明の怪物!?怪物が現れているようです。皆さん、皆さんも……」


 意味の分からないラジオの音声が意味が分からないほど突然ラジオは止まった。

 非科学的で非現実的、しかもちょっと終盤びっくりしてるし、まぁ、それが俺の耳にタイミングよく飛び込んだラジオの音声だった。


 耳によぎったその突飛な言葉たちに、ふと俺は希望を抱いた。

 転移、異世界、もしかしたら、ワンチャンの可能性があるかもしれない、今が父さんに賭けるべき時なのかもしれない。

 もしそうならこの番号は取っておいた意味がある。


 俺はそう思い、すぐさま引き出しから一枚の紙を取り出した。

 その紙には電話番号と歪 雅人という父の名前が書いてあった。

 

 いつもは暗い母さんから、いつもは何もしてくれないあの人が、いつかのためにとくれたこの紙は多分、今この時のためにあったんだ。


 英雄じみた。いや、ちょっと盛った。主人公じみた言葉を頭のなかで並べるとちょっと気分がいい。

 そんなことを考えながら手に取った紙に書いてある番号を、間違えないようにとてつもないスピードで携帯に打ち込む。


 鳴らしたのは電話、魔法的な発展を遂げたものじゃないし、さすがにかけた瞬間繋がるはずがない。しかし、数秒間繋がらない電話は俺に何十分とも思わせるほどの恐怖を与えた。

 ただでさえでるかわからないのに、そこに響く電話の発信音は、恐怖を与えるには十分なものなのだろう。


「はい、もしもし、どなたでしょうか」


 いきなりつながった電話相手の声は、誰のものかわからなかった。

 じっとりとしてまるで自分を舐めまわすような声、これが父の声なのだろうか、これは誰の声なのだろうか。

 父の声も知らない俺には仕方のないことなのだろう。が、しかし、だれの声かわからない、声の主がわからない。

 その事実が俺にまるで未知の世界に足を踏み入れるような恐怖を与えた。


「す、すいません、貴方は僕の父さんですか?歪 雅人ですか?」


 父の番号にかけている以上、それ以外の人間のはずがない。がしかしそれでも聞いてしまうほど、心のなかでは状況を理解できても、喉は、声は、まだ恐れているのだ、あったことのない父のことを。そして、最悪の形で俺はその恐怖から逃れることになる。


「あぁ、なんだ。この番号にかかってくるのは珍しいと思っていたら、歪の出来損ないの息子か、どうした?お父さんに会いたくなったか?」


 父さんじゃない?なんで、これは父さんの番号だろ?それ以外につながる人間なんて、まさか式組 組夜?でもあいつは転移で、しかもこの声、絶対に子供の声じゃない。いったい誰の……いったい、誰の…、京凪 信彦。


 頭に浮かんでしまったその名前を、喉の奥で押し込んで置くことは出来ず、


俺は口から吐き出してしまう。


 鎖ははずれ、全てを吐くように、ただ嵐のように言葉を放つ。


「京凪…京凪 信彦。あんた、京凪 信彦か?父さんはどこだ、なんで父さんにつながらないっ!?これは父さんの番号だろ!?あんたはなんなんだよ、なんで父さんに繋がらないんだよ、俺は聞きたいんだよ、この非化学的な事象の真相を、異能のある世界に行けるんだろ!?転移の先にあるんだろ!?魔法の謳歌する、別の世界がッ」


 父じゃない、その事実と高まってしまった緊張感、そこに混ぜられた新たなる恐怖が、俺の考えを、思考の全てを電話の向こうへと余すことなく吐き出させる。


「あぁ、そうか、君は転移をしたいのか、なんだそんなことか」


「そんなこと!?、俺にはもうこれしかないんだよ、行かせてくれよ、先の世界に!!」


「いいだろう」


「へ?」


 思っていた以上に、いや思ってもいなかった返答が帰ってきてどこか抜けたこえをだしてしまう。


 「この世界で生きている以上、君にはその資格がある。

 今から送る住所に来たまえ、君に世界の真相と、魔法の世界への切符与えよう。

 君が望む最高の形でだ。だから来たまえ、私のもとに、歪のもとに、転異ノ変を潜り抜けて」


 たった数分の、いや数秒の会話。その会話一つで、俺の目は、心は、希望に満ちた。形は違えど手に入れられる。

 魔法の世界への切符をそう思いすぐさま外に行く準備をした。


 気分はまるで初めて空を飛ぶことの出来た小鳥のように爽快だった。

 

 携帯に送られた住所を確認してすぐ、俺は鷹のように家を飛び出た。


 やっと行ける。魔法の世界に、異能の世界に、こんな普通の世界じゃなくて、本当におもしろい、異能の世界に。走りながら駅に向かっている途中で、俺はさっきのラジオを思い出した、まるで何かを伝えるように思い出したその内容は、頭のなかで京凪の言葉と重なる。


 各地で起こる転移、さきほど京凪の言っていた転異ノ変。

 もしかしたら今現在も、俺自身も転移することがあるかもしれない。しかし、俺にはそんなことはどうでもよかった、魔法の世界に良ければいい、死ななければいい、だからこそ俺は永遠と希望を見続けていた。


 走っていると結構大き目な公園に着いた、隅のほうで小さな机を立てて陰気臭いジジイが占いをしていること以外は平日昼間の普通の公園。


 まだ転移の現象をしらない子供や親が一緒になって楽しそうに遊んでいた。

 子供の降りた後、余力を使って一人でに動くブランコを捕まえて、新しい子供が乗っている。そんな風景を俺は立ち止まって見ていた。


 楽しそうに滑り台を滑る子供を抱き上げて捕まえて笑いあう親子。

 俺は自分になかった親子の関係性に見とれてしまっていた。


 ちゃんと親子してたら、いまの俺はこの事象を、俺の今を求めたのかな、どうだろう。


 親子が分からない、愛情が、感謝が、感動がわからない。俺は、何を求めたのだろうか。


 公園の片隅で立ち止まった俺は見とれながら考え込んでいた。自分自身のこれまでを。


 公園ではそんなことを知る由もない子供たちがはしゃぎまわり、噴水の近くで走り回っては服を濡らす。

 それを軽く注意しながら笑う母親、俺にはないものばかりだった。

 母親も父親も誰からも愛情を向けられたことのない俺にとって、この風景には正直嫌気がさす。

 でもなんでだろう、どこか見とれてしまうのは、どこかとても美しいと思えるのは。


 が、しかし。そんなきれいな風景も一瞬で地獄に変わる。噴水の周りの子供はどこかに行ってしまい、さっきまで子供が乗っていたはずのブランコがまたひとりでに揺れていた。

 さっきとは違い、ひとりでに揺れるブランコからは、どこか殺伐とした雰囲気を感じる。

 そして、また次の乗員がきた。が、しかしそれはどこかみていると愛着の湧くかわいらしい子供ではなかった。

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