02 僕の名前は
――『僕』の人生。
僕の名前は、鈴木玲。“どこにでもいる”の枠には入れない男子高校生だ。
舞台監督の父と、女優の母を持つ僕は、運動も勉強も平均に届けばいいくらいの落ちこぼれ。
その一方で兄はスポーツ万能で勉強もできて、俳優を志すという親視点、教師視点、いや、どの角度から見ても“優等生”で、親孝行の模範解答みたいな人。
姉はというと、やや人に理解されにくい趣味をもつものの、容姿端麗で現在モデルとして活躍中。
そんな完璧家族に突く隙があるとすれば、それはまぎれもなく僕だ。
小学生から今に至るまで、影で言われることといえば「落ちこぼれ」とか「拾われた子」とか「慈善活動の一環で育てられている」だとか。
「まあ、仕方ないよなあ」
誰かに向けた自己紹介の遂行中、諦めにも似た声が出た。
「だって、全部じじ――」
「うわああああああああああ!!」
――つ。
何事も満足にできない僕は、諦めの言葉だって吐ききれない。
自室のドアが勢いよく開かれ、とてつもないスピードで部屋に入ってきた物体は、その勢いのまま僕のベッドへとダイブした。
「お姉ちゃん」
ベッドの上でぐるんぐるんと暴れまわるのは、さきほど“やや人に理解されにくい趣味を持つ”と紹介した姉、その人である。
「どこ!? どこの選択肢!?」
それは怒りか、悲しみか。よく分からないけど、とにかく険しい表情の姉は、昨日の晩バラエティ番組でニコニコ笑っていた“ちょっとバカで、そこが可愛い売れっ子モデル”と一致しない。
人は誰だって一枚や二枚、仮面を被って生きてるものである。姉にとってモデルの姿こそ仮面であり、それを取り外したらこの姿――女性向け恋愛ゲーマー・鈴木珠理奈の顔が出る。現在は四日前に発売された『硝棺のシンデレラ』をプレイ中。
鈴木珠理奈は、この世界で僕を必要としてくれる唯一の人だった。
なにをやっても上手くいかない欠点だらけの僕に、何か一つでも才能が与えられていたとしたら、それはきっと聞き上手の才能だ。
話したがりの姉とは相性抜群のこの才能を使って、僕はたった一つの居場所を得た。乙女ゲームの感想の聞き役という、大役である。
硝棺のシンデレラについては、発売前から何度も「あらすじから良くて」とか「このキャラが良くて」とか、散々聞かされてきた。
おまけに四日間、度々聞かされた内容のおかげでちょっとしたクイズになら答えられそうな程度には知識がある。
たとえば「1582年の日本ではどんな出来事があったのでしょう」ってクイズには答えられないけど、「この物語の攻略対象をすべて答えなさい」は全正解できるくらいには。
「落ち着いて。最初から話してよ」
「今日はね、ルカちゃんを攻略しようとしたの!」
ルカといえば攻略対象の一人で、敵役の弟にあたる人物らしい。
白い髪に青い瞳、神秘性の中に見える男としての“強さ”が良い……と、昨日別の男を落としにかかっていた姉は熱弁していた。
「でもお……焼かれた!」
「うんうん」
「ヒロインが…ルチナに……焼かれたんだッ!」
「どうして?」
「身の程知らずにもルカを篭絡したとして、レイラが、レイラがああ……」
姉は枕へと深く、深く沈んでいった。まだ何か言っているが、言葉として判別できるものじゃない。
えぇっと、たしか……。
小さな脳をフル回転させて、記憶を探り出す。
そうだ、たしか、レイラっていうのはあのゲームの主人公のデフォルトネームだ。
姉は主人公に自分を映して楽しむのではなく、主人公とキャラクターとの恋愛模様を眺めるのが好きなタイプの乙女ゲームプレイヤー。恋愛相手となる男性キャラクターだけでなく、主人公の見た目や性格も重視しており、レイラさんは厳しい審査を見事合格したのだ。
ルチナはというと、レイラの対となる存在。父を亡くして落ちぶれたレイラとは違い、広大な領地と素敵な婚約者(なんと、レイラの恋愛相手でもあるらしい)を持つライバル役の令嬢だ。
「よし。整理完了。もう一回やり直そう。はあ…どのセーブデータからやり直せばいいんだろう……」
あの選択肢が罠だったんだ…とかなんとか呟きながら去っていく姉の背を見送った。
そんなところで、アラームが鳴る。
「いけない、遅刻する!」
スマホと、財布が入った鞄を手に取って急ぎ外に出る。
家も学校も僕にとっては息苦しいけれど、その中で見つけた安息の地。
SNSと呼ばれるそれは、僕に初めての友人をもたらした。
今日はその友人と、初めての顔合わせだ。
――だから、その日、僕は約束の場所へと走り出した。
◆ ◆ ◆
「たった今入ってきた情報によりますと、先程午後3時頃、路上で人が刺されるという事件が発生しました。被害者は近隣の高校に通う少年で――」
もし、僕の人生でもセーブとロードが使えるのだとしたら。
いくらでもやり直しがきくのだとしたら。
それでも僕は、やり直そうとなんてしないだろうな。
“君”と出会うためなら、何度だって同じ人生を歩めるのが“僕”だから。
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