悪役君と僕天使

ナニイッテンダロス

序章

01 大丈夫、お嬢様はとっても可愛い

 閉ざされたカーテンを、勢いよく開く。外から差し込む光は、思わず目を細めてしまうくらい眩しい。それをきらうようにして身じろぐ“ベッドの中身”に、毎朝のことながら少しばかりの申し訳なさを抱きつつ、“わたし”はそっと声をかける。


「お嬢様…ルチナお嬢様。お目覚めになってください。もう、すっかり朝ですよ」


 布団の中から聞こえてきた声は、恐らくこう言っていた。「うぅん、まぁだ眠いの……」と。

 朝は眠く、夜は驚くほど活発になれる。それって意外と人間として正しい姿なのかもしれませんね。そうそう、“僕”もそうでしたよ。などと言えるはずもなく、わたしはもう一度、今度はたっぷりと息を吸って……


「お嬢様っ! これ以上は待てません! 早くしなければ、お兄様が戻って来てしまいますよ!」

「うわあ!」


 めくりあげた布団の中から出てきたのは、寝間着姿のかわいらしい女の子。腰まで届く金色の髪は日の光を浴びてきらきらと輝くようだし、大きな緑色の瞳はガラス玉みたい。わたしなんかの貧相な言葉では言い表せないけれど、とにかく“美少女”と呼ぶにふさわしい少女が、ベッドの上に横たわり、ふくれっ面でこちらを見ていた。


「レイ、あなたってば、主人のことはもっとテイチョウに扱うべきね! まったく、ふできなシモベを持つとたいへんだわ!」


 はあ、ごめんなさい。

 眼前の少女の愛らしさに口元がゆるむのを抑えきれない僕は『しもべ』失格だ。


「ヤレヤレ…ね。今日のところは許してあげる! ささ、ルチナ様の髪を梳かしなさい!」


 と言って、ルチナお嬢様はベッドの上からご退場。小さな体で鏡台へと歩いていく。その姿の……はあ、なんと可愛らしいことか。

 主人が背を向けたのをいいことに、“僕”は“わたし”の仮面を外して“僕”になる。どこかの誰かにも伝わるように言葉にするのなら……『にやけていた』、それが一番しっくりくる。


 ルチナ=ディートリヒ、8歳。

 公爵であるギュンター=ディートリヒ、その4人の子供の一人にして、唯一の女児。どの国、どんな時代も母親にとって“女の子”とは可愛いもののようで、それはもう猫可愛がりされている。

 そう。お嬢様は、温室に咲いた可憐な花だ。健やかに育つようにと願われた結果、好きなものは与えられ、嫌いなものは取り除かれる。

 この世のあらゆる苦痛から避けられて生きているため、苦労耐性は全くと言っていいほどない。


 ――だが、そこが可愛い。

 ――だから、それでいいのだ。


 わがままで、純粋で、苦労を知らなくて、可愛い。

 そんなお嬢様がいつか道を踏み外そうとも、ただ一人、わたしだけがその手を握ってさしあげる。

 そのために、僕はここに居るんでしょう?


「ねーえ、レイ! なにをしているの?」


 鏡に対面していたルチナ様が、わたしの方へと振り返る。金色の髪がさらさらとなびき、真っ白な寝間着がふわりと揺れる。その瞬間、心臓が大きな音をたてて弾むのが分かった。


「ええ、ただいま」


 平静な顔をして、お嬢様の髪に触れる。今日はこんな夢を見たの、と楽し気に語る姿を見られるのは、いつだってわたしの特権がいい。

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