第二十一話 放課後エスケープ③

「はっ、はっ、は……っ」


 陸は全力で走った。

 背後から感じる澪という恐怖から逃げるため、全力で走り続けた。

 それこそイケメンの肉体が息切れするほどに。


 そうして現在。

 場所は陸の家——玄関。


 バタンッ!

 カチャ…….カチャカチャ。

 カシャッ。


 陸は勢いよく玄関扉を閉め、家の中にイン。

 そして、彼はすぐさま鍵を閉めてチェーンロックも閉める。


「と、とりあえずはこれで安心、だ…….それにしても」


 怖かった。

 澪はあのカッターで、いったい何をする気だったのか。

 まさかとは思うがあれで陸を——。


「いやダメだ! 人を簡単に疑うのはよくない!」


 そうだ。

 イケメンはそんなことをしない。

 そう考えてみると。


(俺、澪から逃げちゃったの……すごく酷いことをしたんじゃないか?)


 思い返してみれば、あのカッターだってそもそもカッターだったのか。

 カッターに形が似た別の何かだった可能性もある。


(本当にカッターだったとしても、澪には何か伝えたいことがあったのかも)


 例えば『陸の服から糸クズが出ているから、カッターで切ってあげる』とかだ。

 可能性はある、というか。


(カッターで俺をどうこうしようとしたって考えるより、よほどそっちの方が現実的だよな)


 やらかした。

 もう遅いかもしれない。

 それでも、すぐに引き返して澪に謝ろう。


 などなど。

 陸はそんなことを考え、鍵に手をかけようと——。


 カチ。

 カチャカチャ。


「!?」


 おかしい。

 陸はまだ鍵に手をつけていない。

 なのに、なのにどうして。


(鍵が勝手に開いていっているんだ!?)


 両親はまだ帰ってくる時間じゃない。

 奈々はこの時間、教室で友達と話している。

 ではいったい、今鍵を開けているのは——。


 カチャンッ!


 そうこうしている間にも開いてしまう鍵。

 そうして次の瞬間。


 ガンッ!


 勢いよく開く玄関扉。

 しかし、その扉は大きな音を立てて途中で止まる。

 チェーンロックをかけていたからだ。


「はっ、は……っ」


 と、再び荒くなってくる陸の呼吸。

 怖いのだ。

 今の状況がどうしょうもなく——。


「り〜く♪」


 聞こえてくる澪の声。

 同時。


 ヌッ。


 と、扉の隙間から伸びてくる澪の手。

 そんな彼女の手は。


 カチャ。

 カチャカチャ。


 なんとかといった様子で、扉のチェーンロックを外そうとしている。

 だがしかし、チェーンロックは無論その程度では外れない。


 故に。

 澪はその作業を継続しながら、陸へと言葉を続けてくる。


「なぁ陸、ここを開けてくれ! うち、陸の顔が見たいんだ!」


「い、嫌だ!」


「うぅ……どうしてそんな意地悪を言うんだ? うち、悲しい」


「どうしてって、それは俺のセリフだ! どうして澪は俺の家の玄関の鍵を開けられたんだ!?」


「そんなの……うち、陸の家の合鍵を作ったんだ! だから鍵を開けられるのは当たり前だ!」


「なっ!?」


 合鍵を作ったって。

 いつ。


 いや、そういう問題ではない。

 陸はそんなことを考えたのち、澪へと言う


「お、おかしいだろ…….常識的に考えて」


「おかしくなんてない! うち、少しでも長く陸と一緒にいたいだけだ! 陸の時間とうちの時間を、一つにしたいだけだ」


「でも、こんなの犯罪——」


「それでもいい! うち、陸のことが好きなんだ! 大好きなんだ!」


「え、ちょ——」


「うち、陸のお嫁さんになりたい! いっぱいデートして、愛し合って……だからうちと」


「や、やめろおおおおおおおおおおおっ!」


「うちと付き合ってくれ!」


 と、響き渡る澪の声。

 同時。


 ボンッ!


 凄まじい痛みと共に、そんな音が聞こえてくるのだった。

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