41.甘い拷問(幸司目線)
長いキスの後、ゆっくりと顔を離した。
本当はもっとしていたい。名残惜しくて唯花の顔をから目が離せない。
唯花も俺を見つめている。うっとりした目をしているのは俺の自惚れではない思う。
というようりも、その目はマズイでしょ。誘ってるでしょ。どんだけ俺に試練を与えれば気が済むんだ、唯花は。
結局、その試練に耐えきれず、フラフラ~と可愛い顔に吸い寄せられるようにキスをした。
そのまま壁に押しやって、貪るように夢中に―――ならなかった俺の自制心を褒めてやりたい。
「予備校の入り口に行かなきゃな。亨がカバン持ってきてくれているはずだ」
「う、うん・・・」
唯花は照れたように俯いて、俺の手を握ってきた。
その行動、仕草が一々可愛い。
もう一度抱きしめたい衝動に駆られるのをグッと堪えて、繋いだ手を引いて歩き出した。
予備校の入り口では亨と森田が俺のカバンを持って待っていた。
森田は、何で自分たちの方が待たされているのだと少し不満顔だ。
そりゃそうだな。俺たちを待たせない為に、気を使って走って戻ってくれたのだから。
亨に至っては、そんなことは気にしていない。
こいつは自分が待つことを一向に気にしなければ、その分、人を待たせることも気にしないタイプだ。
「お待ち申し上げておりました」
という森田の嫌味に俺も唯花も素直に謝った。
授業をフイにして待ってくれたことに感謝するし、悪かったとも思う。
でも、仕方がない、男の性だ。これでも理性に打ち勝って戻ってきたんだ。
★
あれから数日後、林田は改めて唯花のところに謝罪に来たらしい。
その時にあの執着女とは別れたと言っていたという。女の本性が分かったようだ。
俺としてはそんなことよりも、唯花に近づくなと言ったにも関わらず、謝罪にかこつけて唯花のもとを訪れたことが気に入らない。道理にかなっているわけだが、心穏やかではない。
唯花がこれ以上奴とは関わることはないと言っているので許してやるが。
あの執着女は、この間公衆の面前でこっぴどく振られたはずなのに、懲りもせず、頻繁に青桜学園に来ていた。振られたことを認めたくないのだろう。大した執念だ。頭が下がる。
しかし、俺は裏門から出ることが常になっていたし、唯花とも学校と離れた場所で待ち合わせすることに決めたので、あの女と鉢合わせすることはなかった。
放置を決め込んでいるうちに進展があった。
森田の報告や他の奴らのうわさ話からすると、この学校の奴ら数人に告白されて、そのうちの誰かと付き合っているらしい。
まあ、見た目は確かに可愛いし、巨乳だし、あんな子が学校前でウロチョロしていたら、そりゃ誰かの目に留まるわな。
お陰でこちらは暫くぶりに、やっと日常を取り戻した。
でも、それは過去の日常とは違う。今は唯花がいる。
今までも幼馴染として近くにいたが、今は恋人としてもっと近くにいる。
今日は間近に迫る期末テストの勉強を見るために、唯花は俺の家に来ていた。
『ちょっと買い物に行ってきます。唯花ちゃんに、今日はお夕飯食べて行くように言ってね。ケーキが冷蔵庫に入っているからおやつにそれを食べてね』
お袋からメールが来ていたので、唯花には先に俺の部屋に行ってもらい、そのケーキとお茶入れて部屋まで運んだ。
唯花は床に座り、ローテーブルに雑誌を広げて読んでいた。
ドアは開けっ放しになっていたので、俺が入ってきたことに気が付いていない。
「何読んでるの?」
俺はお盆をローテーブルに置きながら雑誌を覗き込んだ。
「!!」
唯花は驚いてピョンと飛び上がり、ワタワタと慌てて隠すように雑誌を閉じた。
「ふーん、『理想の結婚相手の条件』ね」
「な、何でもないから!」
唯花は顔を真っ赤にして急いで雑誌をカバンにしまう。
その慌ただしさが可笑しくて、つい揶揄いたくなってくる。
「で、唯花の『理想の結婚相手』ってどんなの?」
「・・・っ!」
「俺はその『理想の結婚相手』の条件に当てはまってるの?」
「は?!」
唯花の顔はますます赤くなり、困惑したように俺を見る。
「ふーん、当てはまってないんだ? ま、恋愛と結婚は別って言うからな」
「へ?」
「唯花はそっち派なんだ?」
「え?」
「その考え方は間違ってないと思うよ。理想と現実は違うってね」
チラッと唯花を見ると、真っ赤だった顔がスーッと白くなっていき、急に目じりを下げた。
ヤバい、ちょっと揶揄い過ぎたかな?
慌ててフォローしようと思った時、唯花から手が伸びた。
俺の手を掴んだかと思うと、切なそうな顔で俺を見上げる。
「・・・コウちゃんは、そう思うの?」
いいえ、思いません。
「コウちゃんは恋愛と結婚は別って思ってるの?」
いいえ、思っていません。
「・・・私は、恋愛と結婚は一緒と思ってるよ・・・?」
はい、俺もそう思います。
「コウちゃんは違う・・・のって、うわっ!」
気が付いたら唯花をギューっと抱きしめていた。
だから、唯花、俺の前でそんな顔しちゃダメだって! こうなっちゃうから!
でも、そんな顔をさせたのは俺だ。
俺は自分の悪戯心を猛省しつつも唯花を離せない。
「心配しなくても、俺は唯花とずっと一緒だから。墓まで一緒なのはもう決まってるから」
「!」
唯花の肩がピクッと揺れた。そしてゆっくり俺の背中に両手を回した。
「ふふ。良かったぁ・・・。大好きだよ・・・。コウちゃん」
そう呟く唯花の声が甘い。
はあ~、始まった、唯花の拷問が。
この拷問にはどうせ抗えないんだ。だからちょっとだけ・・・。
俺は体を離すと、唯花にそっと口づけた。
一回だけ。
いや、二回、三回・・・。
あとちょっとだけ・・・。
―――ガチャッ。
一階の玄関が開く音がした。
お袋が買い物から買ってきたんだ。
俺達は慌てて離れた。
危なかった・・・。もう少し続いていたらきっと押し倒していた。
「・・・勉強、始めるぞ・・・」
「う、うん・・・。そ、そうだね・・・」
二人してぎこちなくローテーブルの前に座り直すと、勉強道具を広げた。
はあ~、このテスト期間、俺はこの甘い拷問を乗り切れるのか?
しごいてやるって言っておいて、しごかれるのは俺の精神力の方かもしれない。
こりゃ、今回、俺の成績下がるのは必至かも・・・。
とは言え、唯花の成績を下げるわけにはいかないし・・・。
ここまで前途多難なテスト期間は初めてだ。
完
番外編があります。もう1話、お付き合いくださいませ。
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