39.人の彼女と自分の彼女
「人の彼女を馴れ馴れしく名前呼びしないでくれる?」
私に迫っている林田君の背後から声が聞こえた。
その声に、恐怖で固まっていた私の体が軽くなった。
林田君が振り向くよりも早く、コウちゃんは彼の肩をガッと押しのけると、私の手を引っ張り自分の背後に隠した。
「人の彼女に迫んないでくれる? いくら唯花が可愛いからって」
「な、何言ってんだよ! 誰がこんな女に・・・!」
突然コウちゃんに突き飛ばされるような形になった林田君は、肩を押さえながらもなんとか体勢を整え、言い返した。
「へえ? じゃあ何してたんだよ? まさか脅してたの? もっとたちが
「・・・っ!」
図星を突かれ、何も言い返せないようだ。林田君は言葉に詰まってただコウちゃんを睨みつけている。
コウちゃんはそんな睨みに臆することなく、ズンズンと林田君に近づくと、あっという間に彼を壁に追いつめた。
「な、なにを・・・!」
「何って、てめーと同じことしてるだけだけど?」
そう言うと、ドカッと壁を蹴った。その足は林田君の股間の真下に置かれている。
「ひっ!」
「いっ?」
私も林田君と同時に変な悲鳴を上げてしまった。
だって、ちょっと上、そこ男性の急所じゃん!
「あのさぁ、てめーが何に苛ついてるか大体分かってんだけどさ、当たる相手を間違ってんじゃねーの?」
「うっ・・・!」
「俺だろ? 違うのかよ?」
「・・・」
「もしくはてめーの女本人だろ?」
「・・・え、恵梨香には・・・」
「へえ? 言えねーって? そして俺にも言えねーから唯花って? 情けねーな、最低なのはどっちだよ?」
「だ、だって、ゆ、唯花が・・・」
「だから、人の女の名前を馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよっ!!」
ドカッと、もう一度大きく壁が蹴られた。
「てめーの女くらいてめーで面倒見ろ! こっちに責任押し付けてんじゃねーよ!」
コウちゃんは壁から足を離すと、今度は林田君の胸倉を掴んだ。
「ただでさえ、てめーが唯花の男だったってことに腸が煮えくり返ってんだ! いくら短い時間でもな! その手で唯花に触れてたと思うと虫唾が走る! 指を全部へし折ってやりたいくらいだ!」
そう怒鳴った時だ。
「ぴぃーーーー! はい、イエロー!」
口で吹笛の真似をする声が聞こえた。
驚いて振り向くと、学ランを着た長身の男子が立っていた。
★
その男子は片手を口元に添え、もう片手を高く挙げている。その手には何やらカードが・・・。よく見ると定期券?
「それ以上は風紀委員として見過ごせないな。幸司君」
「・・・亨」
コウちゃんは目を丸めて呟いた。
「唯花! 大丈夫?」
さらに、学ラン男子の後ろから麻奈が飛び出して来た。
麻奈は私に駆け寄ると、ギュッと抱きしめてくれた。
「なんだよ、亨。邪魔すんなよ」
コウちゃんは林田君の胸倉を掴んだまま、少し呆れたように長身の男子を見た。
もしかして、この人が亨君?
「いやいや、ストップストップ! これ以上は風紀委員として見過ごせないって言ったでしょ。耳悪いの?」
「どこの風紀委員だよ?!」
「もちろん自分の学校の」
「じゃあ管轄外だ! 関係ねーだろ、引っ込んでろよ!」
「うーん、じゃあ言い方を変えよう。暴力暴言は僕の美意識に反するから止めたまえ」
「あ?」
「それに彼の方は戦意喪失しているようだしね。まあ、そこら辺で離してあげたまえ」
改めて林田君を見ると、彼は微かに震えている。
助けを求めるように、亨君や私の方をチラチラ見ている。
「チッ・・・」
コウちゃんもそれに気付いたようだ。
舌打ちをしながら林田君を放り投げるように手を離した。
林田君は軽く身を屈め、ケホケホと軽く咳き込みながら、喉元を摩っている。
そんな林田君に亨君が近づいた。
「えーっと、何君って言ったかな? 君がこの事を自分の学校に報告するのは自由だよ。彼に胸倉掴まれて暴言吐かれたってね。でも、その時にそこまでに至る過程をしっかり説明しないといけないね。もちろん、君自身が何をしたのかも」
「・・・」
「か弱い女の子を脅すなんて、あまり褒められたことではないと思うけどね」
「・・・」
「でも安心して。その時には僕らもしっかり証言させてもらうよ。どちらの味方もしない、この目で見た事実のみをね。君が嫌がる女の子を引っ張ってビルの裏手に連れて行ったところから・・・」
「すいませんでした・・・」
「謝る相手が違うなあ」
「えっと、唯花・・・さん、本田君、すいませんでした。俺の八つ当たりです・・・。ごめん」
林田君は私とコウちゃんのそれぞれに向かって頭を下げた。
私は軽く頷いたが、コウちゃんはそっぽを向いている。それを見て亨君は軽く溜息を付いた。
「幸司?」
「・・・なんだよ?」
「頭を下げている人に対してその態度は紳士ではないね」
「チッ・・・」
コウちゃんは舌打ちをしたが、林田君に向き直った。
「もう二度と唯花に手を出すなよ」
「分かった・・・」
「あの女も俺に近づけるな。この際だからはっきり言っておくけどな、俺は西川って女には興味無いから。唯花にしか興味無いから」
「うん・・・、分かった・・・」
林田君は俯きながら頷いた。少しは反省してくれたようだ。
だが、私はそれどころじゃない。
『唯花しか興味無いから』
その言葉で体の体温がカーっと一気に上昇した。
麻奈は真っ赤になっている私の顔をニヤニヤと覗き込んでいる。
それがますます拍車を掛ける。恥ずかしくて思わず顔を覆った。
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