38.最低な女

ファストフード店を出ると、コウちゃんの予備校まで二人並んで歩いた。


「あーあ、期末テストなんて忘れてたのに・・・。嫌なもの思い出した・・・」


気の早い世間はもうクリスマスの飾り付けがいっぱい。

なのに、今の自分はこの雰囲気を味わう権利がないらしい。

まだサンタの衣装を着るのは早いわよ。カーネルサンダースさんもペコちゃんも。

つい彼らを恨めしく横目で見てしまう。


「ま、テストが終われば、その念願のクリスマスもすぐだし、冬休みだろ?」


そんな私をコウちゃんは少し可笑しそうに見た。


「それにすぐに正月も来るし。初詣も一緒に行こうな」


「はつもうで!」


「そ。初詣」


「除夜の鐘!!」


「つきたいのか? いいよ、別に。じゃあ、カウントダウンから一緒だな」


「カウントダウン!? 年越し一緒?!」


私は喜びのあまり飛び跳ねた。


「でも、その前にクリスマスだな」


「うんうん! クリスマス!!」


そうそう! クリスマス、クリスマス!

それが終わったらお正月! カウントダウンに初詣!!

そしてさら次の二月はバレンタインが待っている!!

わあ! どうしよう! 楽しいイベントいっぱいだ!!


「だけど、その前にテスト」


「・・・!」


「まあ、嫌なことは先に片付けろって事だな。じゃあな、唯花、気を付けて帰れよ」


そう言って、コウちゃんは軽く手を振ると予備校のビルに入って行った。

本当にこいつは恋人になっても十八番は使ってくるのな・・・。


落とされた私はボーッとコウちゃんの後ろ姿を眺めていた。





「唯花」


ポケッとコウちゃんを見送っていると後ろから声を掛けられた。


「へ?」


振り向くとそこには・・・。


「林田君・・・?」


私は驚いて彼をポカンと見つめた。

だた、すぐに体中に緊張が走った。

なぜなら彼の表情が酷く歪んでいたからだ。


「ぐ、偶然ね・・・。こんなところで会うなんて・・・」


私はとりあえず無難な挨拶をしてみた。

だが、林田君は黙ったまま何も答えず、じっと私を睨みつけている。


「え、えっと・・・、どうしたの? ここら辺に何か用事でもあったの?」


私は極力平静を装いながら、彼に話しかけた。

だが内心はまったく穏やかではない。睨んでいる彼の顔が怖くて、心臓がドグドグと嫌な動きを始めた。


「・・・ちょっと話があるんだ・・・」


彼はゆっくり近づいてきた。

私は思わず後ずさりした。


「私は話無いし! 悪いけど帰るわ!」


クルッと踵を返して走り出そうとしたが、一歩遅かった。

手首を掴まれたと思ったら、林田君はズンズンと歩き出した。


「ちょ、ちょっと! どこ行くの!?」


手を振り払おうとしたが、しっかりと掴まれていて無理だ。


嫌だ! 怖い!

コウちゃんに掴まれた時とは全然違う! 

私を引きずるように歩く様も、強く掴んだ手も同じようなのに、全然違う!


必死の抵抗も空しく、ズルズルと引きずられ、人気のないビルの裏手に連れて来られてしまった。


そこでやっと手が離された。

しかも、乱暴に投げるように手を離された。

恐怖もあったが、この扱いに一瞬だけ怖さよりも怒りの方が上回った。


「何すんのよっ!」


転びかけた体制を必死に立て直すと、林田君に振り向いて叫んだ。


「それはこっちのセリフだよ! 何してくれてるんだよ! お前ら! あの男は何なんだよ!?」


「はあ!?」


林田君が一瞬何を言っているのか分からなかった。

あの男って誰? コウちゃんのことだよね?


林田君はギッと私を睨んでいる。

その目を前に、再び怒りよりも恐怖の方が大きくなった。

小刻みに手が震えているのが分かる。それを抑え込もうとギュッと拳を握った。

しかし、


「あの男と会ってから、恵梨香が変なんだよ!! 俺になかなか会ってくれなくなって!」


林田君が叫ぶように口にしたその言葉で、私はスーッと恐怖が薄らいでいった。

ああ、なるほどね・・・。


「最近俺の話なんて上の空で全然聞いてないし、約束も簡単に破るし・・・っ!」


林田君は悔しそうに私を睨み続けている。


「アイツが! あの男が恵梨香にちょっかい出してんだろ! 恵梨香は可愛いから!」


・・・違うし・・・。

執着してるの、恵梨香だし。


「恵梨香が青桜学園に行っているのも知ってんだ・・・!」


うん、だって追いかけ回しているからね。


林田君。本当は分かっているようだ。ちょっかい出しているのは恵梨香の方だって。

苦しそうな表情からそう読み取れる。

そりゃ、認めたくないでしょうね・・・。


「唯花のせいだぞ! 唯花があの男を恵梨香に引き合わせたから! 遊園地デートなんて断ればよかったんだよ!」


「・・・!」


私は言葉に詰まった。

言い返せない。その通りだ。こうなることを見越していたのにもかかわらず、コウちゃんに恋人のフリを頼んだんだ。


「来なきゃよかったんだよ! お前らなんか! そうすれば恵梨香だって俺から離れなかったのに!」


私は居たたまれなくて俯いてしまった。


「俺にフラれた腹いせか何だか知らないけど、サイテーだよ、お前!」


確かにサイテーかも・・・。

林田君なんてさっさと捨てられてしまえばいいって、確かに思っていた。

ざまあ!って鼻で笑ってやろうって思ってたんだ。


ああ・・・、本当・・・、恵梨香なんかより私の方がずーっとずーっと最低な女かも・・・。


「どう責任とってくれるだよ、唯花」


「え・・・」


気が付くとすぐ目の前に林田君が立っていた。

私は驚いて後ろに飛び退いた。だが、後ろはもうビルの壁だ。

追いつめられた私は全身に怖気が走った。

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