37.恋人

「良かったぁ! おめでとう! 唯ちゃん! 私も嬉しい!」


次の日に、仁義を通すべく歩実に報告すると、彼女は手を叩いて喜んでくれた。


「こうなると思っていたのよね! どう見たって本田君、唯ちゃんの事、好きだもん!」


「え・・・?」


ポカンとする私を歩実は呆れたように見た。


「唯ちゃんって本当に鈍いのね。そういうとこよ?」


「なにが?」


「今までモテなかった理由」


「はい?」


「モテる女はね、自分のことを少しでも好きでいてくれる雰囲気を醸し出している男を逃がさないものなのよ!」


「・・・そ、そうなの?」


「男はプライドが高い生き物なのよ。絶対フラれないって言う事が分かってから告白してくるタイプが多いの。だから女の方が告白させるタイミングを作るの。モテる女はそういうのが上手いのよ」


「・・・」


「つまり逆に言うと、鈍い女はそのタイミングを逃してるってこと」


「・・・あの、では、歩実さんもそうやって斉藤君を落としたのですか?」


すると歩実はフルフルと首を振った。


「まさか! 斉藤君はド直球だったわ。そういう駆け引きできない人だから」


「はは・・・、でしょうね。勉強になります・・・」


よもや歩実からこんな恋愛談義を受けるとは思わなかった。


「ふふふ。もういいのよ、唯ちゃんは勉強なんかしなくて、だって本田君がいるんだから。彼だけ見てればいいの!」


『彼だけ見てればいいの』


そんな言葉にボッと頬が赤くなる。

もう! どうしてそんな可愛らしい言葉がでてくるの? 歩実は!

言われてこっちが恥ずかしくなる。


歩実は赤くなった私の顔をニマニマ見ている。冷やかしながらでも嬉しそうだ。


「あのね。ありがとうね、歩実。その、いろいろ・・・」


私は火照って頬を両手で覆いながら、歩実にお礼を言った。


「いいえ、どういたしまして! お節介が役に立って良かったわ!」


本当に歩実には頭が上がらない。

そして麻奈も。彼女にもちゃんとお礼を言わないと。

私は本当にいい親友を持ったな! ・・・自称の奴以外は。





今日もコウちゃんの予備校の日だ。

下校時刻になって、にこにこと笑っている歩実に見送られて教室を出た。


最近毎日コウちゃんと会っているのに、今日はいつもと違って落ち着かない。

心臓はドキドキするのに、心はフワッと幸せ。

早く会いたくて、気持ちは全速力で青桜学園に駆けて行きたいのに、体はルンタッタとスキップしている状態。

そんな状態だから、今回も周りへの注意は怠っていた。

怠るどころか、なーんにも目に入っていなかったと言った方がいいだろう。


青桜学園に着くと、コウちゃんは校門で待っていてくれた。

私を見つけると、フッと笑顔になった。

今までの笑顔より優しく見えるのは、きっと気のせいじゃない。


「お待たせ!」


息を切らしてコウちゃんの傍に駆け寄ると、


「もしかして走ってきたのかよ?」


私の頭を撫でながら聞いてきた。

そんな仕草だけで嬉しくて、心がフワリと浮かんで飛んで行きそうになる。


「そんなに早く俺に会いたかった?」


コウちゃんはニッとちょっと意地悪そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。

図星を突かれ、頬がカッと熱くなる。

私は恥ずかしいのと悔しいのとで、フイっとそっぽを向いた。


はあ、自分でも分かってる。こういうところが可愛くないって・・・。


「怒るなよ。お互い様だから」


「え?」


思わずコウちゃんに振り返ると、今度はコウちゃんが赤くなって顔を逸らした。


「ほら、行くぞ!」


コウちゃんはそう言うと、私の頭から手を離し、いつものように手を繋いで歩き出した。

前を向いたまま、こっちを見ない。横から見える耳は真っ赤だ。


「ふふふ~」


私は嬉しくなって、繋いでいる手にギュッと力を込めた。

すると、それに返事をするかのように、コウちゃんもキュッと握り返してくれた。





本屋に寄り道をした後、いつものようにファストフード店に入り、コウちゃんの軽めの食事に付き合う。


「ねえ、コウちゃん、クリスマスってどうする? 一緒にいてくれるでしょ?」


私は甘いカフェオレを飲みながら、幸せな気分で尋ねた。

クリスマス仕様になっている赤と緑で可愛らしい柄の紙カップを見ると、気持ちはさらに上昇する。加えて店内のクリスマス用の飾り付けが拍車を掛ける。


「もちろんそのつもりだけど」


「よかった!」


私は嬉しくて口元を押さえた。

もちろん、コウちゃんと一緒に過ごせる事が一番嬉しいが、「恋人とのクリスマス」を初めて経験できる嬉しさに心がピョンピョン跳ね上がる。


「その前に期末テストがあるけど。お前、ちゃんと勉強してる?」


私の跳ね上がっていた心がピタッと停止した。


「浮かれてる場合じゃないんじゃねーの? まあ、今回もテスト前は勉強見てやるけどさ」


「・・・」


「ああ、そうだ。恋人になってから初めての勉強会だな」


ニッとコウちゃんの口角が上がる。


「ここでお前の成績が下がったら、今回から無償で教える俺のせいになりそうだな。やっぱりバイトじゃないとしっかり教えないんだっておばさんに誤解されても困る」


「いや・・・、ママはそんなこと思わないと思うけど・・・」


「まあ、クリスマスの前に二人っきりの勉強会を楽しもうぜ。しっかりしごいてやるから」


「あー、そう言えば私、前回、結構順位上がったの! だから、心配しなくても・・・その・・・」


「じゃあ、下がらないように頑張りましょう。唯花さん」


「・・・」


「なに? 俺と一緒に勉強するの嫌なの?」


「・・・いいえ」


コウちゃんは満足そうにニッと笑う。

そういう意地悪なところは変わらないんですね、あんた。

私はカフェオレを飲みながら、上目遣いでコウちゃんを睨みつけた。

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