36.内緒(幸司目線)

「じゃあな。また明日」


「・・・うん。また明日」


唯花の家の前まで送り、手を離そうとしたが、唯花は少し俯いて手を離さない。

離すのを名残惜しそうにしているのは、俺の勘違いではないようだ。

チラッと上目遣いに俺を見ると、繋いでいる手にキュッと力を入れて握ってきた。

そしてパッと手を離すと、顔を真っ赤にして、


「じゃあね!」


と家の中に駆け込んで行った。


俺はその場で立ち尽くしまった。

なに? 今の・・・。ヤバくない? 可愛過ぎるんだけど・・・。


口元がだらしなく緩んで仕方がない。

この場でしゃがみ込みそうになるのを必死に耐え、三軒先の自分の家までなんとか歩いて行く。


今日は俺の人生で最良の日だった。

やっと唯花と思いが通じ合ったのだ。唯花が本当の俺の彼女になってくれたのだ。


『明日から毎日つけるね。だって、私、コウちゃんの彼女だもんね!』


この言葉を思い起こすたび、フワッとした幸福感に体が包まれる。

顔はさらにだらしなくニヤニヤして戻らない。


「『コウちゃんの彼女だもんね』だって! もう唯花ってば!!」


俺は顔を乙女みたいに覆って、嬉しさに悶絶した。

そう、俺の彼女なんだ! 俺の!


思い出すのはそれだけじゃない。


『もう一回、ギュってして・・・』


あれはヤバかった! 本当に理性が吹っ飛ぶかと思った!

今までフリの間はずっとツンだったから、デレのパンチは相当だ。

完全にノックアウトだ。


たった三軒しか離れてないのに、俺は嬉しさに悶えながら歩いていたので、なかなか自分の家に辿り着けなかった。





今日、唯花の手であの女に引き渡された時、一瞬本気で焦ったのだが、唯花のあんまりにも不機嫌な様子から本心ではないことはすぐに分かった。

すぐに逃げ出した後を追いかけようとしたが、執着女の絡みがしつこい。

他校の前である上に、下校時刻で生徒が多い。気を使って穏便に済ませようと善処したが、唯花を見失ってしまう焦りから、最後には暴言を吐いてその場を後にした。


「てめーなんかに興味ねーし! 俺に執着してんじゃねーよ!」


というような内容を、もう少しマイルドに言った気がする。


後ろ姿を見失いさえしなければ、その後は容易だ。

なんせ唯花は足が遅い。あっという間に確保できた。


俺はその場で言い合うことは避けて、人気のあまりない場所まで無理やり連れて行った。

暫く歩いて気持ちを鎮めたいという思いもあった。

だが、どうしても裏切られたことが腹正しくて、怒りがなかなか治まらない。


唯花は俺が他の女と一緒にいることを嫌に思わないのだろうか?

どうして俺の気持ちに気付かないだろう? 

言わなくたって分かりそうなものを!


そんな思いが浮かび上がり、苛立ちが募っていく。

裏切り行為が唯花の本心じゃないことも分かってるし、俺自身、何も伝えてないのに分かって欲しいと思うのは身勝手だということも重々分かってる。

頭では全部分かっているのだが、気持ちが整理できない。


暫く歩いたにもかかわらず、気持ちが落ち着かせることが出来ず、向かい合った時に声を荒げてしまった。


これは俺の一生の不覚だ。


なぜなら、唯花を泣かせてしまったのだ!

森田にも、そして俺自身にも唯花を泣かせないと約束していたのに。


俺は焦りながら、ぎこちなく唯花の涙を拭く。

唯花は俺の手を振り払うことなく、泣きわめきながらも、素直に涙を拭かせてくれた。


話をしていくうちに、俺が声を荒げたことが直接の原因で無かったことが分かった。

だが、泣かせてしまったことには変わりない。言い訳にはできない。

なぜなら、泣いている原因は俺だという事には変わりないのだから。


「フリじゃなくて、本当の恋人になろう。な? そうすれば何の問題も無いだろ?」


俺は懲りもせず、そんな言い方をしてしまう。


いいや、これではダメなんだ。ごり押しで付き合おうなんて無理な話だ。

やはりきちんと話さないとダメなんだ。

しっかりと自分の気持ちを伝えないなんて、そんなの男じゃない。


「唯花のことが好きなんだ。外から攻めるなんて卑怯な真似をしたと思ってる。でも、そこまでしても唯花を手放したくない、誰にも渡したくないんだ」


やっと言った。

やっと言えた。

俺の本当の気持ち。


「責任・・・取ってね・・・」


そう答えてくれた唯花の顔は本当に綺麗だった。





それにしても、あの予備校での野郎同士の会話を聞かれているとは思わなかった。

さらに、そのことで誤解を招き、あの女に引き渡されることになるとは。


そして、あれから唯花の「巨乳」責めがすごい。

執着女の胸が巨乳だったせいか、俺が安易に口走った「デカい方がいい」をひたすら責められる。

男性諸君。この言葉は気を付けた方がいい。塾の奴らにも忠告しておこう。


「心配なんだもん。もしかして新たな巨乳女が現れたら、フラフラ~ってそっちに行っちゃわないかって・・・」


もう、唯花は俺をどうしたいのだろう?

心配なんて言って、いきなりデレられたら、嬉しさのあまり悶絶してしまう。


俺はチラリと唯花の胸を見た。


確かにデカいとは言わないが、決して小さいわけではなく、一般的な胸。

きっと唯花は気が付いていないんだろう。

俺の目線がそこに注がれていたのは、中学時代からだってことに。

そして、さっき抱きしめた時だって、その柔らかさはしっかりと感じ取れていたことに。


まったく心配には及ばないんだが、俺の煩悩がバレないように、それは暫く内緒にしておこう。

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