35.本物

突然強く抱きしめられて、一瞬何が起こったのか分からなかった。

しかし、事態が飲み込めて来ると、体中の体温が一気に上昇し、心臓がバクバクと音を立て始めた。


ドキドキドキドキドキドキ・・・。


すごい。自分でも自分の心臓なのかと疑ってしまうほど波打っている。

この振動がコウちゃんに伝わってしまいそうだ。


ドキドキドキドキドキドキ・・・。

ドキドキドキドキドキドキ・・・。


あれ? 同じ音ダブっている気がする。

私の外側からも鼓動が連打しているのが伝わってくる。

これも私? そんなわけないか。こっちは・・・。


コウちゃん心臓と私の心臓が鳴り合っている。

自分だけがドキドキしているわけではないことに、ホッとすると同時に、どうしようない嬉しさが込み上げてきた。

私はそっとコウちゃんの背中に手を回して、キュッと少しだけ力を込めた。

すると、それに応えるように、コウちゃんはさらにギューッと抱きしめてきた。

その行為にクラっと眩暈がするような幸福感に包まれた。


しかし、実際強く抱きしめられ過ぎて、苦しくて眩暈がし始めたのも事実。


「こ、コウちゃん・・・、ちょっと、苦し・・・」


コウちゃんの背中をポンポンと叩くと、コウちゃんは慌てて私を身体から離した。


「悪い!」


気まずそうに顔を赤くして私を見つめる目は、まだ熱を帯びている。


「力入れ過ぎた・・・。ごめん」


「別に、大丈夫だけど・・・」


私はその熱い視線に耐えきれず、俯いてしまった。

今の私は、おそらく耳まで真っ赤だと思う。もう顔全体が火照っているのが分かった。


「・・・」


「・・・」


今までの二人の間では経験したことのないピンク色の沈黙が流れる。

この場から逃げ出したくなるほど恥ずかしいのに、たった今、解かれた抱擁が名残惜しくて仕方がない。


「あの・・・。コウちゃん、お願いがあるんだけど・・・」


「なに?」


「もう一回、ギュってして・・・」


私は俯いたまま、コウちゃんの袖口をキュッと引っ張った。

このままだと夢で終わってしまいそうな、少し不安な自分がいる。

もう一回、しっかり抱きしめてもらえれば安心できる・・・そんな気がした。


「・・・なに、この試練・・・。俺、試されてる?」


「?」


コウちゃんは何か呟いたが、すぐにもう一度抱きしめてくれた。

今度は力を入れ過ぎず、優しく、でもしっかりと抱きしめてくれた。





「ねえ、コウちゃん。やっぱり男のロマンは巨乳なの?」


「なあ、どうしてその話に戻るの?」


いつものように恋人繋ぎをしながら、かなり薄暗くなった土手を歩く。


「だって、デカい方がいいって言ってたし」


「・・・」


「私、巨乳じゃないし・・・」


「あくまでも一般論です。紳士の雑談に話を合わせただけです」


「紳士って巨乳が好きなんですかぁー?」


「ちょっと、しつこくないですかね? 唯花さん」


「だって~」


私は不貞腐れたように口を尖らせた。


「心配なんだもん。もしかして新たな巨乳女が現れたら、フラフラ~ってそっちに行っちゃわないかって・・・」


「・・・っ!」


小さく息を呑む音が聞こえて、私はギョッとしてコウちゃんを見た。

何?! やっぱり巨乳女に言い寄られたら行っちゃうの? そういうこと?!


コウちゃんは反対の手で口元を押さえ、そっぽを向いている。

顔は見えないが、耳元が赤い。


「・・・心配って・・・、もう何言ってんの・・・唯花ってば・・・」


ブツブツ何か呟いていたが、チラッと私の方を見ると、コホンと軽く咳払いした。


「んなわけないだろ。だいだい、よく考えてみろよ。お前の両親と俺の両親を使ってまでお前を落としてんだぜ。普通に考えてもちょっとヤバいだろ・・・。そんだけ思われてるって、ちゃんと自覚してくれる?」


「!」


今度は私が息を呑む番だ。

ボボッと頬が熱くなる。せっかく熱が引いてきていたのに。


「そ、そうか・・・、分かった。自覚する。コウちゃんは私のことが大好きだって」


「!」


「私のことが大好きで大好きで仕方がないって!」


「・・・ちょっと調子に乗ってない?」


「なんで? 違うの? 私のこと嫌いなの?」


「いいえ・・・」


気恥ずかしさからちょっとふざけてみたけど、コウちゃんの態度が思いの外素直で優越感に浸ってしまう。


「あ、そうだ! ねえ、コウちゃん。買ってくれた指輪って、あれ、もしかして本当は?」


「!!」


「『偽物に相応しい駄物』って言ってたけど、本当は最初からだったの?」


コウちゃんはツーンと明後日の方向を見ている。


「そうなんでしょ? ぜんぜん駄物っぽくなかったもん」


コウちゃんは相変わらずそっぽを向いている。だが、耳は真っ赤だ。


「ふふ、可愛いから気に入ってたの。ありがとね、コウちゃん」


やっとコウちゃんは私に振り向いた。

ちょっと驚いたように目を丸めている。


「明日から毎日つけるね。だって、私、コウちゃんの彼女だもんね!」


私がそう言った途端、コウちゃんはヘナヘナとその場にしゃがみ込んだ。


「え? どうしたの? コウちゃん!」


コウちゃんは額を押さえながら俯いている。

私は驚いて、コウちゃんの前にしゃがんだ。


「どうしたの? 突然! 急に頭でも痛くなったの? 大丈夫?」


コウちゃんは額に手を置きながら、私をチラッと見た。


「大丈夫じゃない・・・。もう、無理・・・」


そう小さく呟くと、繋いでいる方の手を引いた。

グイっと私を引き寄せたかと思うと、次の瞬間、唇が合わさった。

驚いたが、私は素直に目を閉じた。


三度目のキスは、一度目よりも二度目よりもずっと長かった。

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