34.誤解

「嘘・・・つき・・・」


私は自分を覗き込んでいるコウちゃんを睨みつけた。

笑っていたコウちゃんの顔がスッと真顔になる。


「どういう意味?」


コウちゃんの不機嫌そうな低い声に、小さく緊張が走る。

今まで言いたくても言えなかったことが、喉の奥で疼いている。

答えを聞くのが怖くて、ずっと黙っていたこと・・・。


「そんな気・・・、本当は無いくせに・・・。私のことなんて何とも思ってないくせに・・・」


とうとう喉の奥から吐き出した。

しかし、言ってしまった途端、後悔に襲われる。俯きたいのに、両手で顔を包まれているせいで俯けない。目だけ逸らして、斜め下の地面を見つめた。

その目に、再び涙がじわっと浮かび上がってくるのがわかる。


コウちゃんは小さく溜息を付きながら、浮かび上がる涙を親指で拭ってくれた。


「お前ってさ、どこまで鈍いの? ここまでして俺がお前のことを何とも思ってないって、本気で思ってる?」


「・・・だって・・・」


「逆にそう思う根拠が知りたいよ、こっちは」


「根拠ならある!!」


私は思わず叫んだ。

その声に驚いたようにコウちゃんは目を丸めてピタッと止まった。

その隙に、私はコウちゃんを押しやった。


「『ないない! アイツはない! ただの幼馴染、マジで!』って言ったじゃない!」


「は? いつ言ったんだよ、俺がそんなこと」


コウちゃんは怪訝そうな顔で私を見た。


「言ったじゃない! 昨日!」


「昨日?」


「胸もデカい方がいいって! どうせ私、巨乳じゃないし!!」


コウちゃんは目をパチクリして私を見ている。


「・・・それって、予備校のやつらと話してたこと?」


私は顔をフイっと逸らした。


「お前、聞いてたんだ?」


「・・・」


「で、どこまで聞いてたら、そうなるんだよ?」


「え・・・?」


私は思わずチラッとコウちゃんを見上げた。

コウちゃんは呆れた顔をして私を見ている。


「ま、その様子じゃ、途中までしか聞いてなかったんだな・・・」


コウちゃんは、はあ~と大きく溜息を付くと、ガシガシと後頭部を掻いた。


「それはお前のことじゃないよ」


「へ?」


「森田のこと」





一瞬、辺りがシーンと静まり返った。

しかし、今度は上の鉄橋に電車が通り、ガタンゴトンガタンゴトンという爆音に包まれた。

私たちは電車の騒音が止むまで、黙って向き合っていた。


「・・・えーっと、何て言いましたっけ? コウちゃん」


私は電車が通り過ぎてから、恐る恐るコウちゃんに尋ねた。


「だから、予備校で話してたのは森田のことだって言いました」


「・・・麻奈・・・」


「俺にとっても、森田は小学校からの付き合いだから、幼馴染みたいなもんだろ?」


・・・確かに。

私自身、麻奈とは小学校六年生から仲良くなったのだが、確か、コウちゃんはそれより前に、麻奈と同じクラスになったことがある。


『アイツは昔からの付き合いなんだよ。まあ、幼馴染っての?』


ああ、これは当てはまる・・・。

そして・・・。


『まあ、胸は無いけど』

『それ言ったら殺されるぞ』


そう、麻奈は胸が無い。私よりも無い。

そして、彼女の前で胸の話をするのはご法度だ。首が飛ぶ。


さらに髪型は私と同じストレートのセミロング。私の方が若干短いけど。


「・・・」


私は瞬きをしながらコウちゃんを見た。

衝撃のあまり涙はすっかり乾いてしまった。


「森田とは亨絡みで予備校でも話すことが多いんだ。だから勘違いされたんだよ、昨日もたまたま一緒に行ったしな」


「・・・」


「アイツには彼氏がいるって言ったら諦めたよ。っていうか、相手が亨って聞いて引いてたな。俺らの予備校でトップクラスだから、亨は」


「・・・」


「どうせ立ち聞きしてたなら、最後まで聞いてればよかったんだよ。そうすれば、誤解もされなかったのに」


「う・・・」


「それよりも、隠れてないで出てくればよかったんだ。そしたら、あいつらに彼女って紹介できたのにさ」


「・・・っ!」


私は『彼女』というフレーズに心臓が飛び跳ね、思わず顔を逸らした。


「ホント、早とちりし過ぎ・・・」


コウちゃんはため息交じりに私の頭を撫でた。

その行為に、また心臓が跳ねあがる。恥ずかしさで耐えきれず、俯いてしまった。


「でも、まあ・・・、確かに今回は俺が悪いよ。・・・全部ね・・・」


コウちゃんは私の頭を撫でていた手をそっと頬に添えた。

もう片方の手も反対の頬に添えて、俯いた私の顔を優しく上に向かせた。


「はっきり言わなかった俺が悪い。ごめん、唯花」


じっと私の目を見て逸らさない。その瞳に熱がこもっているのが分かった。

私の頬を包む手に力がこもったのも気のせいではない。


「俺は唯花のことが好きなんだ。外から攻めるなんて卑怯な真似したと思ってる。でも、そこまでしても唯花を手放したくなかった。誰にも渡したくないんだ」


私の中で小さなわだかまりがスーと消えていくのが分かった。

今までの胸の中のしこりが嘘のように無くなり、フワッと軽くなった。


私はコウちゃんの手の上に、そっと自分の手を添えた。


「責任・・・取ってね・・・」


次の瞬間、コウちゃんの手が私の頬から離れたかと思うと、私は力いっぱい抱きしめられていた。


こうして私の城は完全に陥落したのだった。

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