31.ただの幼馴染

麻奈の食事が終わるのを待って、三人でファストフード店を出た。

二人が通う予備校前まで一緒に連れ立って歩く。

とは言っても、もうすぐそこだ。


講義が始まるまでまだ十分時間があるが、予習をするとかで、コウちゃんはいつも早めに予備校に入って行く。

麻奈も一緒に入って行った。


「じゃあね~。頑張ってね~、優等生さん達~」


私は二人に手を振って、家に向かって歩き出した。


だが、その時になって思い出した。

『こっちはまかせて』という麻奈の言葉。


麻奈は恵梨香と話したのだろうか?

もしそうなら何を話したんだろう? それに対して、恵梨香は何て答えたんだ?

二人の会話が気になる。

気になるだけではない。これからの恵梨香対策の為にも、二人のやり取りは聞いておいた方がいいのではないか?


「まだ授業には時間あるって言ってたよね」


私は小走りで予備校前に戻った。

携帯を取出して麻奈を呼ぼうとしたが、ビルの入り口付近にまだコウちゃんがいたことに気が付いた。


なら、まだ麻奈もいるかな?


そう思って近づいてみると、麻奈はおらず、男の子数人で話していた。


「なあ、いっつも本田と一緒にいる子って、彼女でしょ?」


そんな言葉が聞こえて、私は足が止まった。

思わず、隠れるように壁に張り付いた。


「え? 誰?」

「髪がストレートのセミロングの子。可愛いじゃん。いつも一緒で。今だって」

「は? 違うし」


その否定の言葉に私は息を呑んだ。

私の髪はストレートのセミロングだ。


「なんだよ、違うのかよ。最近よく一緒にいるじゃん」

「アイツは昔からの付き合いなんだよ。まあ、幼馴染っての?」

「そうなのかよ! 幼馴染! いいなあ! 俺も幼馴染欲しい!」

「あ~、でも幼馴染が彼女になるってよくあるじゃん! ラブコメで」

「ないない! アイツはない! ただの幼馴染、マジで!」


私は一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。

本当に話してるのはコウちゃんなのかな? でも、この声はコウちゃんだ。

恐る恐るソロリと覗いてみる。

ああ、やっぱりコウちゃんの後ろ姿。


「そうかぁ。可愛いと思ってたんだよね、実は。まあ、胸は無いけど」

「それ言ったら殺されるぞ」

「でも、胸って大事じゃん! デカい方がいいもん」


ふと自分の胸を見る。

うん、確かに大きくはない。小さいとは意地でも言わないが。


「本田も勝田もデカい方がよくない? え、俺だけ? 巨乳派って」

「そりゃ、俺もデカい方がいいよ」

「俺も~」


私はなぜか耳鳴りがしてきた。軽く眩暈もする。

ふら付く足取りで、この場を離れた。


「じゃあ、その子、紹介してくれよ~」

「お前、たった今、巨乳派って言わなかった?」


彼らの雑談がまだ聞こえる。

早く立ち去らないと。これ以上は聞くに堪えない。


「でも、可愛いしさ」

「残念だけど、それは無理だな。だって、アイツは・・・」


私は逃げるように小走りでその場を離れた。





予備校からかなり離れたところで、私はやっと足を止めた。


両膝に手を置き、ゼーゼーと必死に息を整える。

周りを歩く人が、一様に奇異な目で私を見ていく。

しかし、私はそんなことを気にしている余裕などなかった。


『ないない! アイツはない! ただの幼馴染、マジで!』


コウちゃんの言葉が耳から離れない。

あれを言ったのは紛れもなくコウちゃんだ。

やっぱり、私のことなんて何とも思っていなかったんだ。

ただの幼馴染どころか、それ以下。ただのパシリだ。


最近、グイグイ攻められていた気がしてたけど、勘違いだったんだ。

ああ、バカだな、私ったら躍らされて。


『やるからには完璧にやるから』


そう言っていたじゃないか。

その言葉通り、完璧に演じていたに過ぎない。


ゼーゼー言っていた息も段々落ち着いてきた。

でも、顔を上げることが出来ない。


『そりゃ、俺もデカい方がいいよ』


私は胸に手を当てた。

そして、思わず小さく笑った。

そりゃそうだ。デカい胸はすべての女子の憧れだ。

胸が大きすぎて肩が凝るなんて、一度は言ってみたいセリフだ。


「はは・・・、早く帰って寝よ・・・」


そう独り言を呟いた。


『余計な情報与えないでくれる? 人の大事な彼女に』

『どうすれば機嫌直してくれますか? お姫様』


顔を上げようと思うのに、頭の中にコウちゃんの言葉が響き渡り、動けない。

膝に置いている手に力がこもる。


ポタポタっと幾つかの雫がアスファルトに落ちた。

これは汗だ。走ってきたから、額から汗が零れてるんだ。

霞んだ視界の中、必死に自分に言い聞かせた。


『責任取れば問題ないだろ?』


近づいてくるコウちゃんの顔が脳裏に浮かび上がる。

コウちゃんは何であんなことしたんだろう?


「責任なんて取る気ないくせに・・・。コウちゃんの嘘つき・・・」


私は目から溢れる汗を拭き取ると、やっと体を起こした。

家に着くころには目の赤みが引くように、ゆっくりと時間をかけて道を歩いて行った。

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