30.器

今日の下校も私がコウちゃんを迎えに行く日だ。

周囲を警戒しながら、無事に学校を脱出。

青桜学園へ向かって歩いていると、手にしていた携帯が立て続けに震えた。


アプリを開けてみると、コウちゃんと麻奈からそれぞれ入っている。

とりあえず、麻奈のメッセージを見た。すると、


『本田君、そっちに向かったから。こっちはまかせて』


という文章と、グッジョブと親指を立てた動物のスタンプが・・・。


「?」


疑問に思いつつ、コウちゃんのメッセージを見る。


『あの女こっちにいるから、裏門から出てそっちに行く』


でえ!! 恵梨香か!


ずーっと用心も警戒もしていたが―――もちろん今日だって―――、鉢合わせになっていないから、気にし過ぎかと思い始めていたところだった。

やっぱり、諦めてなかったのね、あの子。


出来るだけ青桜学園から離れた方がいいわけで、私は180度向きを変えて、自分の学校に戻り、校門前でコウちゃんを待つことにした。


それにしても、麻奈の「こっちはまかせて」の意味は何だろう?


麻奈には(裏切られた後)コウちゃんの彼女のフリの理由は、恵梨香のせいであることは伝えてある。

だからといって、彼女が恵梨香に対し、別段何かをする必要は無いのに・・・。

逆に不安になる。大丈夫か? 恵梨香は。


少しばかり敵に無用な心配をしていると、コウちゃんがやって来た。

若干、息を切らしてる。


「・・・お疲れ。大丈夫?」


「ああ、まあ、一応・・・」


はあ~とため息交じりに息を整えている。


「今日、予備校でしょ? 遠回りになっちゃったね。青桜学園からの方が近いのに」


「でも今、あの付近にいるのはまずいから、仕方がない」


コウちゃんの予備校がある日は、その近くのファストフードや本屋などで一緒に時間を潰し、予備校前まで送って差し上げるという、イケメンな彼女を演じてあげていた。

そして、今日もその予定だ。


「こうなったら、もうゆっくり歩いて行こうぜ」


いつもようにコウちゃんは私の手を取ると、歩き出した。


「ねえ、麻奈からもメール来たんだけど」


「森田から? 何て?」


「『こっちはまかせて』って。どういうこと?」


「あ~・・・、学校を出る時、アイツが先に気が付いたんだよ、あの女が門にいるの。だから、あと宜しくって言って、裏門に向かったんだ」


「何? 宜しくって? 何させてんのよ、麻奈に」


「別に何をしてくれって頼んだわけじゃない。じゃあな程度の挨拶のつもりだったんだけど。でも、そう言えばOKって返事してたな、アイツ」


コウちゃん悪びれることなくサラッと言った。


「森田があの女を相手にするかしないかは知らないよ。でも、したとしても上手くやるだろ? アイツなら」


「あんまり人を巻き込まないでよ!」


「はいはい、善処します。ってか、誰のせいで執着されてるのか忘れてないか?」


「うっ・・・!」


「何で俺が怒られてんの?」


「・・・」


「元はと言えば?」


「・・・すいません」


結局、コウちゃんに負け、スゴスゴと手を引かれて歩くはめになった。





ファストフードで予備校の講義に備え、コウちゃんがハンバーガーを食べている向かいで、ポケッとカフェオレを飲んでいると、トレーを持った一人の女子が近寄ってきた。


「あ! もしかしてと思ったら、やっぱり唯花と本田君!」


「麻奈!」

「チッ・・・」


「あれ? なんか舌打ちが聞こえたけど、気のせい?」


「?」


麻奈は首を傾げている私を見ずに、コウちゃんの方をにっこり見ている。

でも、すぐに私の隣に座ると、ウェットティッシュで手を拭き始めた。


「・・・そこ、座るの?」


コウちゃんはハンバーガー食べながら、上目遣いで麻奈を見た。


「なんで? 悪い? ねえ、唯花、ダメだった?」


「まさか、全然。何でそんなこと聞くの?」

「チッ・・・」


「ねえ、唯花。器の小さい男ってどう思う? 例えばさ、あと宜しく~なんて人に物事押し付けておいて、お礼も無いどころか、舌打ちする男。二人きりのところをちょっとお邪魔しただけなのに」


麻奈はストローを袋から出すと、コーラの蓋に勢いよく突き刺した。


「森田。お前、亨と待ち合わせしてたんじゃなかったのかよ?」


「それがさ~、聞いてよ、唯花。亨君って生徒会長でしょ? だから忙しくって今日も塾が始まるギリギリになっちゃうんだって!」


なぜか私に答えながら、ハンバーガーの包みを開けてカプッと噛り付いた。


「ふーん、そう言えば生徒会長って言ってたわね、その亨君って人。すごいのね」


「ふふ、そうなの、すごいでしょ?」


「うん。生徒会長っていう響きが、もう『ザ・優等生!』って感じ」


「実際、優等生だし! しかも器も大きい。誰かさんと違って。ねえ? 本田君?」


コーヒーを飲んでいたコウちゃんがゴホッと咽た。


「ねえ、唯花だって、器は小さいより大きい方がいいでしょ?」

「?」

「お茶碗サイズより、丼サイズの方がいいのよ。器は」

「?? まあ、大は小を兼ねるからね」

「そうそう、だから男もね・・・」


「森田さん。すいませんでした。そこら辺にしてもらっていいですか? 亨の写真例のブツも差し上げますんで」


「唯花! 前から思っていたけど、本田君って器大きいわよね~!!」

「???」


急にご機嫌になった麻奈を、首を傾げて見つめていると、向かいから長い溜息が聞こえてきた。

コウちゃんが頬杖を付いて不貞腐れたようにコーヒーを飲んでいた。

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