29.たい焼き
わざわざ行列に並び、私の希望通り、コウちゃんはたい焼きを買ってきてくれた。
「ほら」
「ありがとう!!」
包みの一つを渡してくれる。熱々だ。
紙をめくると、鯛の顔が現れる。その瞳はどこか遠くを見ており、私とは目を合わさない。そうだよね。これから食べられちゃうんだもんね。
「わ~! 熱々! いただきま~す!」
私は無情にも頭からガブリと食らい付いた。
「よく、頭から食べるか尻尾から食べるかって話をするけど、普通は頭だよね?」
モグモグ食べながらコウちゃんを見ると、奴も頭から食べている。
「亨は尻尾からだってさ。中身が詰まったところを最後に取っておく方が好きだとか言って」
「へえ、麻奈は頭からだけど」
今度、麻奈と会った時、試しにたい焼き買ってみよう。
彼氏に感化されて尻尾派になってるかも。そうだったら冷やかしてやる!
「なあ、そっち一口ちょうだい」
急にコウちゃんが顔を近づけてきた。
「え? な、なんで?」
たい焼きの温かさと甘さにほのぼのまったりしていたら油断した。
思わず首を竦め、たい焼きを渡さんと胸に抱え込んだ。
「なんでって、粒餡も食べたいから」
コウちゃんはニッと口角を上げて、さらに近づいてきた。
「こ、コウちゃん、粒餡じゃないの?」
「うん、俺のカスタード」
「カスタード!? 女子かっ?!」
つい叫ぶ。
なに可愛らしいの選んでるの? コウちゃんのくせに!
「このご時世、そういう発言は良くないぞ。カスタードのたい焼き食べる男子がいて何が悪い。世の中に迷惑かけてるかよ?」
「・・・いいえ、かけてません」
「ほら、お先にどうぞ」
私の顔の前に、コウちゃんのカスタードのたい焼きが差し出された。
「どうせ食べたかっただろ? 唯花だって。カスタード」
く~、お見通しだ。
言葉に詰まり、目の前の食べかけのたい焼きを見つめる。
すると、コウちゃんがそれを私の口元にさらに近づけてきた。
「ほら」
「!」
これは「あーん」だ。さっきの逆だ。
自分の両頬がカアッと熱くなってくるのが分かる。
無理無理無理。恥ずかしくって出来ない、そんなの!
羞恥心と葛藤している間にも、たい焼きは近づいてくる。
私は覚悟を決め、ガブっとコウちゃんのたい焼きにかぶり付いた。
「おい、でけーって、一口が!」
奴は慌てて、たい焼きを取り上げた。
「・・・クリームのところほぼ無いじゃねーか」
残り僅かになった自分のたい焼きを情けなさそうに見つめている。
ざまあ! 知るか!
フンっと顔を背け、モグモグしている私に向かって、
「ふーん、じゃあ、俺も」
そう言うと、たい焼きを持っている私の手を上から掴み、それを自分の口元に引き寄せた。
「!!」
文句を言おうにも、口にたい焼きを頬張り過ぎて、まだ言葉を発せられない。
抵抗しようにも、奴の力の方が強い。
私の顔のすぐ傍で、コウちゃんは私のたい焼きを口にした。
私と違い、お上品な一口だ。
「やっぱ、粒餡の方が美味いかも」
ニッと笑いながら私の顔を覗き込む。
その顔に私の心臓が跳ねあがった。
「クリーム付いてるぞ」
コウちゃんはそっと私の口の端を親指で拭った。
そして、そのままペロリと自分の親指を舐めた。
「!!!」
その行為に私は固まってしまった。もう、言葉が出ない。
「頬張り過ぎだって、まったく」
コウちゃんは呆れたように笑うと、自分の残りのたい焼きを食べ始めた。
私はそっと自分の胸に手を当ててみた。
異様なほど心臓がドクドクしているのが分かる。
今日のコウちゃんはどうしたんだろう?
ご機嫌取りにしては、やり過ぎる気がする。本当の彼女みたいだ。
誰も見てないのだから、ここまでしなくてもいいのに。
もしかして、私、本当に攻めに入られている?
外堀どころか内堀まで埋め、本丸に攻め込んできているのか?
『責任取れば問題ないだろ?』
その言葉が頭を過る。
チラリとコウちゃんの顔を盗み見た。
『余計な情報与えないでくれる? 人の大事な彼女に』
さっきの言葉も蘇ってきた。
あの時のコウちゃんは本当に怒っていた。
「人の大事な彼女」とは本心?
そう思っても、コウちゃんを見ても、澄ましてたい焼きを食べている横顔からは、奴の脳内を読み取ることが出来ない。
私は自分のたい焼きに目を戻した。
そしてモソモソと食べ始める。
「じゃあ、帰るか」
心臓の早鳴りも収まらず、たい焼きも食べ終わっていないのに、コウちゃんは無理やり私の片方の手を取ると、いつのように歩き出した。
私はたい焼きをかじりながら、繋がれたもう片方の手をじっと見つめた。
(私は、一体どうしたいのかな・・・?)
そんな疑問を抱えながら、恋人繋ぎの手をずっと見つめていた。
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