28.ご機嫌取り(幸司目線)

今日は唯花の機嫌が悪かった。

何となく俯き加減に歩いているし、歩みも遅い。

気になって尋ねてみても、


「別に、そんなことない」


と顔を逸らす。

この時点でご機嫌ではないことは確かだ。


唯花の周りを外から攻めていってガッチリと包囲してからは、諦めたのか、最近は大人しく俺の彼女のフリをしている。


そう、未だにフリから抜け出せない。


こっちが制御できずキスをしてしまったせいで、無駄に意識をさせ過ぎて逃げられかけてしまった。ここはもう少し慎重に動かないといけない。

とは言え、幼馴染ではなく一人の男としてある程度は意識してもらわないと先にも進めない。

さっさとフリから脱して本当の恋人関係になりたいのは山々なのだが、ここで失敗して他人に戻ってしまうくらいなら、フリでもいいから手放したくない。


もういっそ、婚姻届けに判を押すまでフリで通そうか。


そんなやけっぱちな考えすら浮かんでくる。

まあ、そんなのは精神衛生上無理に決まっているが・・・。


暫く唯花の様子を見守っていると、突然、彼女は爆発した。


「急にじゃない! さっきから機嫌悪い! 嫌々手を繋ぐぐらいなら放してよ! 感じ悪から!!」


俺の手を振り払ったかと思うと、そう叫ぶ。


何を言ってんだか、まったく。

俺が嫌々なわけないって分かりそうなものなのに。


叫んでから気まずくなったのか、唯花は俯いてしまった。


こいつは昔からそういうところがある。

感情に揺さぶられて怒りだしても、そのことをすぐに後悔する。

そして不貞腐れたようにイジイジと一人猛省しているのだ。


「ったく・・・。やっぱり、機嫌悪かったんじゃないか・・・」


俺は呆れたように溜息をして見せた。


だが、気持ちは真逆だ。

どうして俺が手を繋ぐのを嫌がっていると思ったのかは謎だが、それに付いてここまで感情をあらわにするなんて、多少は俺のことを意識している証拠だ。

自然と口元が緩んでしまう。


「ほら、行くぞ。我儘お姫様」


俺は込み上げる喜びを必死に押さえながら、唯花の手を取った。


「い、行くって・・・。どこに・・・?」


唯花は驚いたような顔で俺を見上げる。


「お前の機嫌が直るとこ。彼女の機嫌取りも彼氏の役目だしな」


こいつは分かってるのかな。

俺が人の機嫌を取るなんて、今までだって唯花にしかしたことないってことを。





唯花を連れてきたのはゲームセンターだ。

ここにして正解だった。唯花は興奮気味に一つのクレーンゲームに飛び付いた。

こいつは昔っからお菓子の景品物に目が無い。


小さい頃もスーパーの中にあるお菓子すくい系のゲームをよく一緒にやっていた。

だが、唯花はゲームのセンスがゼロだ。

なぜそこでボタンを押す?と誰もが疑問に思うタイミングでシャベルを移動するボタンも、すくうボタンも押す。

もちろん収穫は毎回ゼロ。その度に不貞腐れている唯花に俺の戦利品のほとんどを与えていた。


大きくなって自分の実力を認識しているのか、今回は最初っから俺に丸投げしてきた。


「ねえ! あれ取って! あのタワーをぶち壊して!」


もう既に機嫌も直っているようだ。可愛らしくピョンピョン跳ねながら俺に頼んでくる。

そんな風に頼まれたら断れるわけがない。

今、自分がどれだけ可愛いか分かっているのか? こいつは。


「無茶言うな。こういうのは取れないように上手く積まれてるんだよ」


そう言いながらも内心闘志を燃やす。

しかし、こういうのは本当に取れないように上手くできているのだ。

それを崩すのは容易じゃない。


「ああ! ダメじゃん! コウちゃんのヘタクソ!」

「ダサ~! 格好悪~!」


これに俺の闘志は完全に火が付いた。


「おい、唯花、ちょっとカバン持ってろ! ちゃんと見とけよ! 俺の雄姿!」


いい所見せようと真剣に標的の荒を探す。

だが、いつの間にか俺の雄姿なんかどうでもよくなり、気が付くと二人で夢中になってクレーンゲームで遊んでいた。





ある程度遊び、そこそこの戦利品も手に入れたせいか、唯花は上機嫌だ。


「コウちゃんにもあげる~」


嬉しそうに戦利品の一つチ●ルチョコを俺に差し出した。

にこにこした笑顔が可愛くて、素直に受け取りそうになったが、よく考えたら少し不公平だ。

戦利品はすべて唯花に献上したのに、褒美がチロ●チョコ一つでは割に合わない。

ここはもっと大きな報酬があってしかるべきだ。


「いる。ちょうだい」


俺はそう言って、唯花に少し顔を近づけて口を開けた。


当然、唯花は拒絶する。だが俺も負けない。唯花が俺との問答に弱いのは承知だ。

最後には観念し、俺の口にチョコを運んでくれた。

その顔は真っ赤だ。

これでまた少しは俺のことを意識するようになるだろう。


折角「あーん」の余韻に浸っていたのに、これをぶち壊す輩が現れた。

同じ学校の知り合いだ。

内心最悪と思いながらも、適当にあしらう。


そのまま去ればいいものを、一人が馴れ馴れしく唯花の顔を覗き込んだ。

そして、とんでもないことを言いやがった。


「へえ、この人が彼女? ふーん、今までの彼女とタイプ違うね」


一瞬、俺は理性が飛びそうになった。

何とか平常心を取り戻したが、この女は立て続けに、


「えー、だって、今までの彼女って、ちょっと派手系って言うか~、もっとお洒落って言うかさ~」


なんて言いやがる。


普通に、過去の彼女の話を今カノに話すのがどれだけタブーなのか、俺ですら知ってるわ!

しかも、これから本気で落とそうと思っている女の前で何してくれるんだよ!

いい雰囲気だったのに台無しだ!

これで唯花に嫌われたら、お前、末代まで祟ってやるからな!


これ以上、唯花に聞かせられない。

俺は唯花を引きずるようにして、ゲームセンターを後にした。


外に出てから恐る恐る唯花の顔を伺うと、やはりご立腹だ。

そりゃそうだな。俺は素直に謝った。だが・・・。


「感じ悪かった。すっごく気分害したわ!」


やっぱりね・・・。

あーあ、折角ご機嫌になって、いい雰囲気にまでなったのに・・・。


「どうすれば機嫌直してくれますか? お姫様」


観念して懇願すると、近くのたい焼き屋を指差して、ニンマリと笑った。


「あれで手を打ってあげる」


悪戯っぽく笑っているところを見ると、本当はもう許してくれているようだ。なのにわざと小さな我儘を言う。


そういうところが唯花らしい。

そして、そういうところが好きなんだ。


俺は言われた通り、たい焼きを買いに店に並んだ。

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