26.彼氏の役目

「どうしたんだよ、唯花? 機嫌悪いのか?」


学校の帰り道を歩きながらコウちゃんが私の顔を覗き込んできた。


「別に、そんなことない」


私は慌ててプイっと顔を逸らすと、可愛げもなく言い放った。


「ふーん、そう。ならいいけど」


コウちゃんもこれと言って興味も無さそうに返事をする。

とても手を繋いで歩いているカップルの会話じゃない。

それに、手を繋いで並んでいるにしては二人の間には距離があり過ぎる。

二人で歩くには道幅を使い過ぎだ。追い抜く人が迷惑そうにチラリと私たちを見ていく。


でもよく考えたら、前からこのくらい距離はあった気がする。いくら手を繋いでいたって。


こんなんで本当にカップルに見えるのかな。

仲睦まじく見えないんじゃ、フリをしたところで意味は無い。

嫌々手を繋ぐなら、放してくれればいいのに。


私はつい足を止めた。


「どうした?」


コウちゃんは不思議そうに振り向いた。


「もう結構学校から離れたし、手を離してもいいんじゃない?」


「は?」


「いつまでも手を繋いでなくてもいいじゃないの?」


私はそっぽを向きながら不貞腐れたように言った。


「何言ってんの? いつどこで誰が見てるか・・・」


「誰も見てないわよっ!!」


思わずカッとなってコウちゃんの言葉を遮るように叫んだ。

そして思いっきり手を振り払って、キッと奴を睨みつけた。


「・・・何、急に怒ってんだ?」


コウちゃんは驚いたように目を丸めて私を見た。


「急にじゃない! さっきから機嫌悪い! 嫌々手を繋ぐぐらいなら放してよ! 感じ悪から!!」


ああ、分かってる。こんなの八つ当たりだ。

自分の気持ちがモヤモヤしてそれをコウちゃんに当たっているだけだ。

コウちゃんだって別に嫌々手を繋いでいるわけじゃない。本当はそれも分かってる。

奴の事だ。本当に嫌だったら手なんて繋がないはずだ。そんなことしなくても彼女のフリぐらい隣を歩くだけで十分なのだから。


なのに、私の中で言いようのない寂しさと切なさが入り混じった得体の知らないものが膨れ上がり、飽和状態なってしまった。

それを我慢できず、つい吐き出してしまったのだ。


「ったく・・・。やっぱり、機嫌悪かったんじゃないか・・・」


呆れたようにコウちゃん呟くと、後頭部をポリポリ掻いた。


困ったようなコウちゃんの態度を見て、怒鳴った自分を恥じ入った。

急に冷静になると、今度は罪悪感と後悔に襲われる。

私は恥ずかしくなって、何も言うことが出来ず、黙って俯いてしまった。


「はあ~・・・」


コウちゃんは長く溜息を付いた。

これは相当呆れているか、怒ってるな・・・。

私はますます顔を上げられなくなった。


「ほら、行くぞ。我儘お姫様」


しかし、コウちゃんは何の躊躇いもなく、再び私の手を取った。

驚いて顔を上げると、私の想像とは違い、ニッと口角が上がっている。


「い、行くって・・・。どこに・・・?」


私は驚いて間抜けなことを聞いてしまった。

家に帰るに決まってるじゃないか。

しかし、返ってきた言葉は違った。


「お前の機嫌が直るとこ。彼女のご機嫌取りも彼氏の役目だしな」


「え・・・?」


コウちゃんは呆けている私の手を引くとズンズン歩き出す。


無理やり引っ張られているのに、どうしてか嫌ではない。

私はトトトっと小走りで付いて行きながらも、コウちゃんと繋がれている手を見た。

その手はしっかりと私の手を握っている。いつのように恋人繋ぎで。


それを見て、なぜかホッとしている自分がいた。





店内に流れる音楽をかき消すように、設置してある各々の機械から流れる音楽と電子音、それに格闘する人々の奇声や、笑い声。それに太鼓を連打する音。あ、好きな曲だ! なに、あの人、めっちゃ上手なんだけどっ!


そう、コウちゃんが連れてきてくれたのはゲームセンターだ。


ずらりと並ぶクレーンゲームの間を興奮気味に歩く。

私はその一角に走って行った。


「お菓子のやつ! これ取れそう!」


お菓子のクレーンゲームのコーナーだ。

お菓子の箱の山が幾つもそびえ立っている光景は何とも魅力的だ。


「さすが、唯花。女子らしいグッズには目もくれない」


コウちゃんのいつもの小馬鹿にしたセリフが背中から聞こえる。


「放っておいて! そんなことより、コウちゃん、早く来て!」


私は一台のゲーム機に目を付け、それに張り付いた。そして興奮気味にコウちゃんを手招きした。


「ねえ! あれ取って! あのタワーをぶち壊して!」


私はその場でピョンピョン小さく飛び跳ねた。


「無茶言うな。こういうのは取れないように上手く積まれてるんだよ」


「そんな言い訳聞いてません~~。早く取ってよ~!」


致命的にセンスのない私と違い、奴はそこそこ上手だ。

まったく・・・とブツブツ呟きながらも、コインを入れてクレーンをスタートさせる。


「ああ! ダメじゃん! コウちゃんのヘタクソ!」

「だから、言ったろ。簡単に取れないようになってんだよ、こういうのは」

「ダサ~! 格好悪~!」

「うるせーよ! 分かったよ、もう一回!」

「ああああ! 惜しい! って、ダメダメじゃん! もしかしてわざとですか??」

「おい、唯花、ちょっとカバン持ってろ! ちゃんと見とけよ! 俺の雄姿!」


腕まくりして真剣にクレーンを操作している横で、コウちゃんのカバン抱きかかえ、息を潜めてその光景を見守る。


一体、何であんなに機嫌を損ねていたのか。

その頃にはすっかり忘れていた。

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