25.天守閣

コウちゃんと親友二人の裏切り(?)によって私は外堀も内堀も埋められた。

もう逃げ込むのは天守閣のみ。

ああ、こうして城は陥落するのだ。


もうこうなったら天守閣からじっと様子を伺おう。

策士によって両方の両親に彼女だと信じられ、親友二人によって両方の学校に彼女だと吹聴され、四方八方塞がれて成す術がないのだ。

暫くは大人しく彼女のフリをするのが得策かもしれない。


今更、嘘カレカノだと私が喚き散らしたところで、両親にも友達にも嫌な思いをさせるだけでなく、私の信用も地に落ちる。

それだけではない。肝心な恵梨香に隙を与えることにもなるのだ。


そう、恵梨香!

すべてはこいつの悪巧みから始まったのだ!

ああ、なんでこんな女に目を付けられたのだろう?


それにしても、コウちゃんだって、恵梨香ただ一人の執着から逃れるためにここまでする必要があったのだろうか?

「お前に興味が無い」の一言で済む話じゃないのか?


「ま、一言で済むわけないだろうけどさ・・・」


お寿司屋を出て、夜道を歩きながら一人呟いた。


「は?」


隣を歩くコウちゃんが不思議そうに私を見た。

前方にはいい感じに酔っぱらった大人四人が千鳥足で歩く姿が見える。


「別に、何でもない」


私は軽く溜息を付きながら答えた。


「また別の世界に行ってた? 歩いている最中に頻繁に行き来するなよ。危ないぞ」


コウちゃんは私の頭を軽く小突くと、その手を下に降ろして私の手を取った。

流れる様な自然な仕草だ。その動作に不覚にも心臓がトクンと跳ね上がる。


しかし、次の瞬間、グイっとコウちゃんの方へ引き寄せられた。


「わっ!」


小さな悲鳴を上げた私の横を、自転車がサーっと横切った。


「ほら」


コウちゃんは呆れたように言いながらも、視線は自転車を睨んでいる。

自転車は前の酔っ払いを上手に避けて走り去っていった。


それを見届けると、コウちゃんは私から体を離し、そして手も放した。


「え・・・?」


私は目を丸めてコウちゃんを見上げたが、コウちゃんはこちらを見ていない。

視線は酔っ払い四人に釘付けだ。

ああ、心配しているのかな・・・。そうだよね。私も心配だもん。あの千鳥足・・・。


チラリとコウちゃんの横顔を見た。そして視線を落とし、彼の手を見た。

その手はもう私の手を握ろうとしない。


そうか、もうアピールする必要ないもんね・・・。


手繋ぎ作戦はもう彼の中で終了したのだろう。私の横をただ普通に歩くだけだ。

十分な成果も得られたわけだし、続行する必要もないわけだ。


私は俯いて、さっきまで繋いでいた自分の掌を見た。

無意識にキュッと握りしめ、前を向いた。


「危なっかしいね。パパたち」


「ああ。転ばれたら迷惑なんだけど」


「ママとおばさんの二人の方がしっかり歩いてるね」


「俺んとこもお前んとこも母親の方が酒強いもんな・・・」


男女に分かれて歩く大人を見つつ、そんな話をしながら歩く。

手を繋いでいない分、二人の間にはいつもより距離があるような気がするのは気のせいだろうか。

その二人の間を、秋の冷たい夜風が通り抜ける。


(手が冷たいな・・・)


私は握り締めていた手をそっとスカートのポケットにしまった。





後悔先に立たず。

身動きが取れなくなってから初めて後悔した。

まあ、後から悔いるから後悔というわけで、先に悔いることが出来たら世話はない。


ああ、それにしても何でコウちゃんに恋人のフリなんて頼んでしまったのか・・・。


あの時、歩実の言う通り、斉藤君に誰かを紹介してもらえばよかった。

いや、違う。くだらない意地など張らず、彼氏がいないと素直に認めるべきだった。

小馬鹿にされて悔しくても、しっかりと誘いを断るべきだったのだ。

相変わらずマウントはとってくるだろうけど、それだって、スルーし続けていればいつかは飽きておさまっただろう。


そうしていれば、今頃、穏やかないつもの生活が送れていたのに・・・。

それを出来なかったがゆえに、私は今日も青桜学園の校門前でコウちゃんを待つ羽目になっているのだ。


ここ最近、学校にいるときは恵梨香と接触しないように最大限気を張っている。

歩実だけではなく、出来るだけ多くの女子と共に過ごし、隙を見せないようにした。

下校時も恵梨香に遭遇せぬよう、周りに細心の注意を払い、まるで下手糞な忍者のようにコソコソと校門に向かって走る。

コウちゃんが私の学校こっちに迎えに来るときは、恵梨香に捕まらないかハラハラして気が気ではない。


このように、恵梨香とコウちゃんのせいで平穏な日常が奪われているのだ。

だというのに、当の本人のコウちゃんは至って涼しいお顔。それに若干イラっとくる。


それにしても、奴の采配が功を奏して、未だに恵梨香と遭遇しないのがすごい。

それに得意になっているのか、奴はご機嫌だ。そこも私としては釈然としない。


「ああ、悪い、待たせたな」


いつものように校門横の塀に寄り掛って待っていると、コウちゃんがやって来た。

そして、これもまたいつものように私の手を繋ぐ。


学校前だから仲良しアピールだ。

その為だけに手を繋いでいると思うと、複雑な気持ちになる。

そんなの最初から分かっていたのに、おばさんの退院祝いの帰りに再認識してから、手を繋ぐと気持ちが重くなるのだ。


いつか恋人のフリも終わる。

そうなったらこの手も離れてしまう。

その時私は天守閣でどう思うのだろう。

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