24.内堀
「あれ? ここどこ?」
「・・・」
コウちゃんと連れ立って歩いていたら、たどり着いたのは一軒のお寿司屋の前だった。
寿司屋の暖簾を見上げ、ポカンとしていると、
「さっきから呆けてんなと思ってたけど、本当に呆けてたんだな・・・。大丈夫かよ?」
コウちゃんは呆れ顔を通り越して、もはや気の毒そうな視線を私に投げかけている。
しまった! 無心になり過ぎた?
一体、ここはどこだ? なぜ寿司屋?
「あの・・・、なんで、ここにいるの?」
「もういいだろ、聞かなくても。さっきは言ったのに聞いてなかったお前が悪い」
「え? ごめん! 悪気は無かったの! ちょっと別の世界に行ってて・・・」
「だろうな。お帰り。じゃあ、入るぞ」
まだ現実の世界に戻りきっていない私を余所に、コウちゃんはガラッとお寿司屋のドアを開けてしまった。
「へい! いらっしゃいっ!」
中から店員さんの威勢のいい声が響く。
それにビビりまくっていると、
「予約している本田です」
コウちゃんは澄まして答える。
「はい! 奥のお座敷へどうぞ!!」
「???」
理解が追い付いていない私の手を引いて、コウちゃんはズンズン奥に進む。
そして奥の座敷とやらに着くと、そこには・・・。
「早かったわね~、唯花、コウちゃん」
「おお! 来たか! お疲れ様!」
「唯花ちゃん! お久しぶりね、元気?」
うちのママとコウちゃんの両親が鎮座していた。
★
私はポカンと三人を見た。
この状況がまったく理解できない。
「こんにちは、おばさん」
コウちゃんはペコリと頭を下げた。
コウちゃんのその言葉で私は我に返った。
「こ、こ、こんばんは、おじさん、おばさん。お久しぶりです」
私も慌てて頭を下げる。
「あら~、本当に付き合ってるのね! 手なんて繋いじゃって! 小学校以来じゃない?」
コウちゃんのお母さんが嬉しそうにパンっと手を叩いて微笑んだ。
「!!!」
しまった! またやられた! 手を繋いだままだ!
振り払おうにも、しっかりと繋がれて動かせない。
これはもう手繋ぎ作戦か!?
「ははは! いいね、仲良くって。さあさあ、二人とも早く上がって」
コウちゃんのお父さんに促され、座敷に上がる。その時になってやっと手を離してもらえた。
私はママの隣に腰を降ろし、コウちゃんは向かいの席に座る。
それにしても一体何の会なのだ? これは。私は訝し気にママを見た。
「うちのパパなんて待ってなくていいわよ。早く
里美ちゃんとはコウちゃんのお母さんだ。
そうだ! コウちゃんのお母さん、入院してたんだ! 今日退院だったんだ!
ああ、さっき、別世界をさまよっていた時、遠くからそんな話が聞こえていたような、いなかったような・・・。
「おめでとうございます。おばさん!」
私は慌ててお祝いを述べた。
なんて礼儀知らずだろう! 私ったら!
「まあ、ありがとう! 唯花ちゃん」
コウちゃんのお母さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
「退院祝いなんて言ってもね、今回は検査入院だったから、別に体調は悪いわけじゃなかったのよ。でも、お父さんがご馳走してくれるって言うから、お言葉に甘えようと思って」
「何言っているのよ、里美ちゃん。検査入院だって大変よ! 頑張ったご褒美は受け取ってなんぼよ!」
さすがママ。おばさんと違って図々しい。
「ははは、今日は好きなのを食べてくださいね! 香川さんには里美も幸司も本当にお世話になっていますから」
おじさんは上機嫌だ。嬉しそう。そりゃそうだよね。
ホクホクな笑顔に、こちらも緊張が少し解れてくる。
私はお茶に手を伸ばした。
「特に幸司はこれから唯花ちゃんに世話になるわけだからなあ。唯花ちゃん、幸司をよろしくな! 今日はどんどん好きな物食べてな! おじさんからの賄賂だと思ってくれていいぞ~」
―――ゲホッ・・・!
「唯花ちゃんのママから聞いてたけど、お母さん、ちょっと信じられなかったのよね。良かったわね、幸司! これからも、よろしくね~、唯花ちゃん!」
―――ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ・・!
「いやだ~! 良かったなんてこっちのセリフよ~! ねえ、唯花? こんなに格好良い彼氏で、ママ、鼻が高いわ~!」
「そんなこと! 唯花ちゃんだって可愛いもの。モテるでしょう?」
「ぜーんぜんよ~、コウちゃんの足元にも及ばないわぁ!」
私が咽ている横で、親同士が盛り上がる。
前を見ると、コウちゃんは澄ました顔でお品書きを見ている。
私が睨みつけていることに気が付いたのか、顔を上げるとお品書きを見せてきた。
「唯花、何がいい?」
全然動じてない。それどころか、ニッと口角が上がってる。
私は黙ってお品書きに目を落とした。
ああ、これは、外堀どころか内堀まで埋められた・・・。
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