24.内堀

「あれ? ここどこ?」


「・・・」


コウちゃんと連れ立って歩いていたら、たどり着いたのは一軒のお寿司屋の前だった。


寿司屋の暖簾を見上げ、ポカンとしていると、


「さっきから呆けてんなと思ってたけど、本当に呆けてたんだな・・・。大丈夫かよ?」


コウちゃんは呆れ顔を通り越して、もはや気の毒そうな視線を私に投げかけている。

しまった! 無心になり過ぎた?

一体、ここはどこだ? なぜ寿司屋?


「あの・・・、なんで、ここにいるの?」


「もういいだろ、聞かなくても。さっきは言ったのに聞いてなかったお前が悪い」


「え? ごめん! 悪気は無かったの! ちょっと別の世界に行ってて・・・」


「だろうな。お帰り。じゃあ、入るぞ」


まだ現実の世界に戻りきっていない私を余所に、コウちゃんはガラッとお寿司屋のドアを開けてしまった。


「へい! いらっしゃいっ!」


中から店員さんの威勢のいい声が響く。

それにビビりまくっていると、


「予約している本田です」


コウちゃんは澄まして答える。


「はい! 奥のお座敷へどうぞ!!」


「???」


理解が追い付いていない私の手を引いて、コウちゃんはズンズン奥に進む。

そして奥の座敷とやらに着くと、そこには・・・。


「早かったわね~、唯花、コウちゃん」

「おお! 来たか! お疲れ様!」

「唯花ちゃん! お久しぶりね、元気?」


うちのママとコウちゃんの両親が鎮座していた。






私はポカンと三人を見た。

この状況がまったく理解できない。


「こんにちは、おばさん」


コウちゃんはペコリと頭を下げた。

コウちゃんのその言葉で私は我に返った。


「こ、こ、こんばんは、おじさん、おばさん。お久しぶりです」


私も慌てて頭を下げる。


「あら~、本当に付き合ってるのね! 手なんて繋いじゃって! 小学校以来じゃない?」


コウちゃんのお母さんが嬉しそうにパンっと手を叩いて微笑んだ。


「!!!」


しまった! またやられた! 手を繋いだままだ!

振り払おうにも、しっかりと繋がれて動かせない。

これはもう手繋ぎ作戦か!?


「ははは! いいね、仲良くって。さあさあ、二人とも早く上がって」


コウちゃんのお父さんに促され、座敷に上がる。その時になってやっと手を離してもらえた。


私はママの隣に腰を降ろし、コウちゃんは向かいの席に座る。

それにしても一体何の会なのだ? これは。私は訝し気にママを見た。


「うちのパパなんて待ってなくていいわよ。早く里美さとみちゃんの退院祝い始めましょ!」


里美ちゃんとはコウちゃんのお母さんだ。

そうだ! コウちゃんのお母さん、入院してたんだ! 今日退院だったんだ!

ああ、さっき、別世界をさまよっていた時、遠くからそんな話が聞こえていたような、いなかったような・・・。


「おめでとうございます。おばさん!」


私は慌ててお祝いを述べた。

なんて礼儀知らずだろう! 私ったら! 


「まあ、ありがとう! 唯花ちゃん」


コウちゃんのお母さんは嬉しそうに微笑んでくれた。


「退院祝いなんて言ってもね、今回は検査入院だったから、別に体調は悪いわけじゃなかったのよ。でも、お父さんがご馳走してくれるって言うから、お言葉に甘えようと思って」


「何言っているのよ、里美ちゃん。検査入院だって大変よ! 頑張ったご褒美は受け取ってなんぼよ!」


さすがママ。おばさんと違って図々しい。


「ははは、今日は好きなのを食べてくださいね! 香川さんには里美も幸司も本当にお世話になっていますから」


おじさんは上機嫌だ。嬉しそう。そりゃそうだよね。

ホクホクな笑顔に、こちらも緊張が少し解れてくる。


私はお茶に手を伸ばした。


「特に幸司はこれから唯花ちゃんに世話になるわけだからなあ。唯花ちゃん、幸司をよろしくな! 今日はどんどん好きな物食べてな! おじさんからの賄賂だと思ってくれていいぞ~」


―――ゲホッ・・・!


「唯花ちゃんのママから聞いてたけど、お母さん、ちょっと信じられなかったのよね。良かったわね、幸司! これからも、よろしくね~、唯花ちゃん!」


―――ゲホッ、ゲホッ、ゴホッ・・!


「いやだ~! 良かったなんてこっちのセリフよ~! ねえ、唯花? こんなに格好良い彼氏で、ママ、鼻が高いわ~!」


「そんなこと! 唯花ちゃんだって可愛いもの。モテるでしょう?」


「ぜーんぜんよ~、コウちゃんの足元にも及ばないわぁ!」


私が咽ている横で、親同士が盛り上がる。

前を見ると、コウちゃんは澄ました顔でお品書きを見ている。

私が睨みつけていることに気が付いたのか、顔を上げるとお品書きを見せてきた。


「唯花、何がいい?」


全然動じてない。それどころか、ニッと口角が上がってる。

私は黙ってお品書きに目を落とした。


ああ、これは、外堀どころか内堀まで埋められた・・・。

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