23.無心

「何騒いでんだよ」


「ああ、本田君。やっと来た」


「げっ!」


麻奈が振り向いた方を見ると、コウちゃんが立っていた。


「『げっ』て何? まさか俺に言った?」


コウちゃんは不機嫌そうに私を見た。思わず視線を逸らす。


「じゃあ、私行くね。またね、唯花」


「ちょ、ちょっと! 麻奈! 何で?!」


私は驚いて麻奈の腕を掴んで引き寄せた。


「話し違うじゃん! 一緒に帰ってって言ったじゃん!」


彼女の耳元で小声で喚くと、


「ごめん、唯花、私デートなの」


麻奈にパチンと可愛らしくウインクされた。

ポカンとしている間に手を離される。


「ふふふ、これから亨君とファミレスで勉強会なんだ~」


幸せそうに微笑む麻奈に何も言えない。


「デートで勉強って、さすが亨だな・・・」


呆れたように呟くコウちゃんに麻奈は、


「放っておいて! 亨君と一緒なら私にとって勉強も娯楽なの!」


怒ったようにプイっと顔を背けると、もう一度私の顔を覗いて微笑んだ。


「だから許して親友! ね!」


麻奈が彼氏の亨君って人に夢中なのは知っている。

確かコウちゃんの親友だ。


「・・・うん、わかった・・・」


「大好き~、唯花!」


麻奈は渋々頷く私をあやす様に抱きしめると、


「じゃあ、またね~!」


クルッと向きを変え、元気よく歩いて行ってしまった。


呆けて見送っている私の手を、コウちゃんは当たり前のように取る。

しかも当然ように恋人繋ぎだ。


「じゃあ、俺たちも帰るぞ」


私にはもう抗う術がない。

周りの生温い視線もビシバシ突き刺さる。

トホホとばかりに肩を落として、コウちゃんに連れられて歩き出した。





「お前、森田に一緒に帰ってって頼んでたの?」


コウちゃんにジトっと睨まれて、心臓がバクバクした。


「えっ・・・、な、なぜ、それを・・・?」


オロオロと目が泳いでしまう。


「なぜって・・・。今言ってたろ、森田に、『話し違うじゃん』って。聞こえてましたけど?」


「!」


「あれだけ大きい声で話しておいて、聞こえてないって思う方がおかしいから。ほんと、おめでたいよな、お前って」


心底呆れた目で私を見る。

だから、その顔が気に入らないっての! いつもいつも!


睨み返してやりたいのに、奴を直視できない。

どうしても昨日の夜の事が思い出されて心臓がうるさい。顔も熱くなる。


私は返事をする代わりに、フンっと大げさに顔を背けた。


「なんで森田まで誘ったんだよ?」


しかし、歩きながらコウちゃんは憮然とした態度で聞いてくる。

しつこいな、この男。


「なんでよ? いけない? 友達だもん。わざわざ青桜学園まで来てるのに、会わないなんて寂しいじゃん!」


私は顔を逸らしたまま、不貞腐れたように答えた。


「ふーん?」


「な、なによ?」


意味ありげに呟いたコウちゃんに思わず振り向いた。

目を細めてこっちを見ている。

私は思わず身構えた。


「まさかと思うけど、俺と二人きりになりたくなくて誘ったわけじゃないよな?」


「っ!!」


「まさかな~、そんなことないよな?」


「えっ・・・と・・・」


「確かに、わざわざ青桜学園うちに来たのに森田に会わないのもな~。親友だもんな、森田って」


「う・・・」


「黙って帰られても、森田の方が寂しがるか」


「・・・」


「それに、自分から頼み事しておいて、俺を避けるってあり得ないし。な? 唯花」


「べ、別に、さ、さ、避けてなんて・・・!」


「だよな? ならいいよ」


ニッと口角を上げて満足そうに私を見る。

この余裕な態度は何なんだ?

気まずさなんて1ミリも感じない。

やっぱり昨日のことなんて何とも思っていないんだ。


私だけか、こんなにドキドキして気まずいのは・・・。


そう思った途端、トクトクと早鳴りしていた心臓がスーッと静かになっていった。


(バカみたい・・・。考えるの止めよ・・・)


無になろう、無に。

心の中で座禅を組もう。邪念を払おう。

振り回されるな、私!


自分にそう言い聞かせて、能面のような面構えでコウちゃんの隣を歩き始めた。

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