20.棚ぼた(幸司目線)
初恋は成就しない。
そんなことはよく聞く。
まともに異性として唯花を意識し始めたのは中学生の時だが、今、思い起こせば、小学生の頃から唯花にだけは心を許していた。
初めて母親が入院し、唯花の家に預けられた時、母親が死んでしまうのではないか、もう帰って来ないかもしれないと不安に駆られ、夜中に布団の中でメソメソ泣いていると、隣で寝ていた唯花がノソノソと起き上がり、頭を撫でてくれた。
恥ずかしくて布団に潜り込むと、その上からグリグリ撫でてくる。
子供扱いされたことへの悔しさと、いつまでの撫でているしつこさに腹が立ち、ガバッと起き上がると、枕を掴んで唯花の腕辺りを軽く叩いた。
それに唯花は一瞬ポカンとしたが、すぐニヤリと笑って、自分の枕を掴むと俺の頭をポカリと殴ってきた。
その後は枕を使ったチャンバラが始まり、終いに枕投げに変更した頃、唯花の両親に怒られ、二人してスゴスゴと布団に潜り込んだ。
しかしそのお陰で、さっきまで泣いていたことなどすっかり忘れて、枕投げの楽しい余韻に浸りながら眠りについた。
どうしてか、それ以外にも幼い頃の唯花との思い出がどんどん蘇ってくる。
そして改めて気が付いた。
きっと、その頃から唯花が好きだったんだ。
そうだ、おそらく俺の初恋は唯花だ。
初恋は成就しない・・・。
本当にそうだ。
今更好きだと自覚しても、それが初恋だったと分かっても、もうすべて手遅れだ。
あんなに嬉しそうな唯花を前に、俺が出来ることなど何もない。
影ながら応援するか・・・。いや、そんなのまっびらだ。
ただ、身を引くだけだ。
これからは距離を置こう。
テスト前の勉強を見るのも止めよう。相手にも唯花にも迷惑だろうし。
何事も無かったように、身を引けばいい。
そう思っていたのに、どうしても唯花の顔を見たくて、何かに付けて頼み事をした。
我ながら何と未練がましいのか。
もういい加減、諦めなくては。
そう覚悟した頃に、事態は急変した。
「短い期間でいいから、私の彼氏のフリをして!」
唯花からそう頼まれたのだ。
俺は息が止まりそうになった。
棚から牡丹餅ってこの事ではないか?
★
翌日、逸る気持ちで学校に向かうと、一人の人物を探した。
「おい、森田!」
「あ、本田君。おはよう」
俺は目的の人物を見つけると急いで駆け寄り、腕を引っ張った。
「ちょっと来い!」
「なに? どしたの?」
そいつは目を丸めながらも、素直に付いて来る。
人気のあまりない階段の隅まで来ると、俺はそいつに向き合った。
「お前、唯花が振られたって知ってたのか?」
こいつは森田麻奈。
俺と同じく中学受験組。同じ中高一貫校に入学して以来、付かず離れずと友人関係を保っている。
なぜなら、それはもちろん、唯花の親友だからだ。
「あ~~、それね。うん、暫く前に聞いたわ。ファミレスで散々泣かれた」
「なんで教えないんだよ!」
「え~、本田君知ってると思ってた。唯花、言ってなかったんだ?」
森田は驚いたように俺を見たが、その目がだんだん憐れみを帯びた目になってきた。
その視線にイラっとくる。
「まあ、いい・・・」
俺は自分を落ち着かせるように小さく息を吐いた。
こいつを怒らせるのは得策ではない。俺の貴重な情報源だ。
そして、俺の気持ちを知っている数少ない一人。
「その代わり、唯花の指輪のサイズを教えろ。確か、お前と同じだったよな?」
「うわ~。何? いきなり指輪? めっちゃ引くんだけど・・・」
「うるせーよ!」
「しかも、私と同じって知ってんなら、私の指のサイズを聞けば?」
「ああ!?」
ニヤリと小馬鹿にしたように笑う顔に、イライラが募る。
悔しいがこっちはあまりゆとりが無い。格好悪いが、つい声を荒げてしまった。
「嘘嘘、冗談だって。教えるけど、もちろんお代はあるんでしょうね?」
そう、森田とこうしたやり取りが気軽、且つスムーズなのは報酬があるからなのだ。
異性の友人などという美しい関係ではない。
物質的、完全たるギブアンドテイクの関係。返って清い。
「亨の写真だろ? 小学校の時の」
俺がスマートフォンを取り出すと、森田は嬉々とした顔で自分も携帯を取り出した。
俺は親友の亨のガキの頃の写真を一枚だけ森田に送信した。
「きゃあ! 可愛いっ、亨君! まん丸!」
亨は小学校の時から今に至るまで俺と同じ塾に通っている。
学区が違うせいで、唯花とも森田とも当時は知り合いではない。俺だけの幼馴染だ。
そして、亨は現在、界隈ではトップクラスの公立高校に通っている。
俺たちの塾に森田が通うようになり、亨とも親しくなった。いや、それ以上の関係になった。
その間を取り持ってやったのが、何を隠そうこの俺だ。
「お前、亨の彼女なのに、今更そんなの必要なの?」
「だって、亨君、小さい頃の写真、ぜっーたい見せてくれないんだもん!」
「まあ、そうだろうな・・・」
亨は今でこそ、俺よりも背が高くガッチリとした細マッチョだが、小学生の時は肥満児だった。それを黒歴史としてひたすら隠している。
「絶対、俺からもらったことバレるなよ。俺が消される。俺が命懸けでお前に情報提供しているって事忘れんなよ」
「了解了解」
森田は大事そうに携帯を胸に抱くと、唯花の指輪のサイズを教えてくれた。
「それにしても、いきなり指輪渡して失敗しないでね。上手くやってよ、私にとっても唯花は親友で大切なんだから。泣かせないでよ、ってか、泣かれると長いのよ、あの子」
「分かってるよ。誰が泣かせるか」
もちろん泣かせる気は毛頭ない。
だが、この棚ぼたの状況を使わない手はないのだ。
多少強引に事を運んでも、絶対に唯花をものにして見せる。
もう誰にも渡すものか。
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