19.幼馴染(幸司目線)
「じゃあ、おやすみ。明日、俺の学校まで迎えに来るの忘れんなよ」
俺はそう言うと、足早に3軒先の我が家に向かった。
何とか平常心を保てたのも玄関まで。
家に入った途端、ドアの前に座り込んだ。
「はあ~~~」
俺は両掌で額を押さえた。顔が熱い。
心臓も異様な速さで動いている。
「くそっ・・・、我慢できなかった・・・」
俺は頭をガシガシと掻きむしった。
あんな風に俺たちの最初のキスを奪うつもりは無かったのに。
「だが、あれはアイツが悪い。あんなに近寄ってきて・・・無防備過ぎる・・・」
ただでさえ、降って湧いた好状況にタガが外れかけ、暴走気味だというのに、あんなに顔を寄せられたら我慢できるわけがない。
キョトンとした表情は本当にヤバいくらい可愛かった。
さっきのキスを反芻して、口元が緩んで治らない。
いつまでも立ち上がらずいたら、いきなり玄関が開いた。
「うわっ! どうした? 幸司、そんなところにしゃがみ込んで!」
びっくりして振り向くと、驚いた顔をした親父が俺を見下ろしていた。
「なんだ? 玄関で座り込んで! どうした? 気持ち悪いのか?」
「な、なんでもねーよ!」
「なんでもないって、顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
「違う! 大丈夫! それより何だよ? 今日は会食で遅くなるんじゃなかったのかよ? やけに早いじゃん」
俺は慌てて立ち上がると、誤魔化すように話題を変えた。
「ああ、先方さん、飲めない人でね。サクサクと終わって解散。たまにはいいね、こういう楽ちんな会食も」
親父はあっさりと話題に乗っかり、ハハハと楽しそうに笑う。
まあ、楽しそうなのは他にも理由がある。
「明日、母さん退院だからな。父さんは会社休んで迎えに行くから、お前も早めに帰って来いよ」
そう、お袋が退院するから機嫌がいいのだ。
「ああ」
俺は素直に頷いた。
「それより、幸司、今帰ったのか? 夕飯は友達と食ったのか?」
「唯花のとこ」
「ああ、また香川さんにお世話になったのか! いつも悪いなあ! 明日、母さんとお礼に行こう!」
親父はご機嫌に玄関を上がると、リビングに入って行った。
お陰で、俺の不可思議な行動と赤い顔をこれ以上追及されなく、ホッと胸をなでおろし、俺も後に続いた。
★
俺が唯花を好きだとはっきりと自覚したのはつい最近。アイツに彼氏ができた時だ。
彼氏ができたと報告を受けた時、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。と同時に頭が真っ白になった。
もちろん、唯花を意識し始めたのはもっと前だ。中学に入ってからだった。
お互い通う学校が違うため、小学校の時のように一緒に登下校することもなく、会う時間が極端に減った。
それでも、母親同士が仲が良かったことで付き合いが切れることが無い。
母親の具合が悪い時は、相変わらず唯花のところで世話になっていたこともあって、たまには顔を合わせる。さらにその縁で、テスト前は一緒に勉強をさせられていた。
だが、毎日顔を合わせていないことが逆効果だった。
少し会わない間だけでも女の子は成長する。
この間会った時より、背が伸びた気がする。
この間会った時より、体が丸みを帯びた気がする。
この間会った時より、胸が大きくなった気がする・・・。
この間会った時より・・・、可愛くなった気がする・・・。
間が空いて会う度に、唯花の変化を目の当たりにして、動揺する自分がいた。
だが、これは思い違いだ!
こいつは唯の幼馴染だ。それ以外何ものでもない。
友人ですらない。「幼馴染」なのだ。それ以上それ以下でもない。
そうやって自分の気持ちに薄々気が付いていながらも、確信が持てず、反対に否定する始末。
今の関係が一番居心地がいい。そうやって自分の気持ちから逃げていた。
とどのつまり、自分から一歩踏み出す勇気が無かったのだ。
その結果取った行動が、他の女の子と仲良くするという最低な事。
要は唯花にヤキモチを焼いてもらいたかったのだ。
俺から振り向いてやるなんてことは絶対無いが、唯花から告白されたのであれば仕方がない。
その時は考えてやってもいい。
まあ、さすが中学生。ガッツリこじらせていたわけだ。
しかし、唯花はさっぱりだった。
ヤキモチどころか呆れ果て、白目で説教されるだけ。
自分の気持ちもあやふやな上に、脈なしの唯花。
これだったら一生「幼馴染」の方がずっと気楽で、心地良い。
そうやって、唯花への想いは蓋をしてしまった。
その後、何人かの女の子と付き合ったが、どうも長続きしない。
何人目かの彼女(中学時代を含め)と別れて暫くした時、パシリ――弁当――を頼んだ唯花から鼻息荒く得意気に報告を受けた。
「私にも彼氏できました!!」
フンっとふんぞり返って、俺に弁当が入った袋を差し出す。
「これで、もうコウちゃん馬鹿にされないもんね! モテないモテないってさ!」
「・・・」
「これで私も彼氏持ちの仲間入り!」
「・・・」
「どうよ?! 恐れ入ったか!」
「・・・」
「? ・・・コウちゃん?」
唯花に不思議そうに顔を覗かれて我に返った。
「へえ、物好きな奴もいるもんだな」
「なにぃ!」
「いや、別に・・・。やったじゃん、おめでとう」
俺は平静を装って弁当を受け取ると、一応祝いの言葉を述べた。
俺の言葉に嬉しそうに笑う唯花の笑顔に、ズキズキと胸が痛む。
元気よく帰って行く唯花を見送った後、暫く玄関から動けなかった。
この時にはっきりと自覚した。
俺はアイツが好きだったんだと。
そして、今さらそれに気付いても、まったくの手遅れだってことも。
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