16.モヤモヤ
重い足を引きずって校門まで歩く。
私の数メートル後ろから、歩実と友人数人がさりげなく付いて来る。
「わくわく」という文字が彼女たちから湧き出ているのが見える。
校門前には有名進学校の制服を纏い、本を片手に壁に寄り掛っている長身のイケメンがいる。
その横を、我が校の女子生徒がチラチラと見ながら通り過ぎる。
「えー、ちょっとあの人? 清水ちゃん?」
「そうそう! あの人が唯ちゃんの彼氏!」
「なになに~! 本当に格好良いじゃん!」
「まじか~! 香川ちゃん、やるな~!」
数メートル後ろの女子達の会話がドスドスと背中に突き刺さる。
だから、嘘彼なんだってば~! 歩実はなぜ助長しているんだ?
「やっと来たのか、唯花。帰るぞ」
近づいた私に気が付き、コウちゃんは本をカバンにしまった。
「・・・コウちゃん。何でここに・・・?」
「何でって、一緒に帰るために」
「だから、何で一緒に・・・?」
食い下がる私に、コウちゃんは呆れたような顔をすると、
「忘れんなよって言ったよな? 俺たち今、どんな関係だっけ?」
上から目線で聞いてくる。
「彼氏彼女でしたね・・・。でも、ニセモ・・、うぐっ・・・」
コウちゃんはその先を言わせないように、私の口を手で塞ぐと、
「そ、彼氏彼女」
にっこりと笑った。
そして、私の口から手を離すと、そのまま私の手を取った。
「じゃ、帰るぞ」
そう言うと私の手を引いて歩き出した。
背後からは黄色い悲鳴が聞こえる。
もう顔から火が出るほど恥ずかしい。
私は真っ赤な顔を隠すように俯きながら、コウちゃんに引きずられるように歩いて行った。
★
「あのさあ、コウちゃん。彼女のフリをするのはいいけどね、私も彼氏のフリしてもらったんだからさ、だけどね、何のイベントも無い時までさぁ、普通の平和な日常まで彼女のフリしなくてもいいんじゃないの? 別に誰も見てないんだから」
私は歩きながらブチブチと文句を言った。相変わらず手は繋いだままだ。
「どの口が言ってんの?」
コウちゃんは目を細めて私を見た。
「な、なによ?」
思わず怯む。
「だから、お前がその『普通の平和な日常』をぶち壊してんだろーが」
「へ・・・?」
コウちゃんははあ~と溜息付くと、私を軽く睨んだ。
「今日、あの女、俺の学校の門で待ち伏せしてたぞ」
「な!」
「慌てて裏門から出てきたよ。マジで引くわ」
「そ、そいつは災難でしたね・・・、だんな・・・」
「お前のせいだろ」
「あはは・・・」
早速動いたか、恵梨香の奴。早い・・・。
「笑い事じゃないけど」
「すいません・・・」
コウちゃんはもう一度軽く溜息を付くと、
「ま、想定の範囲内だけどな、今日の行動は。学校は知られちまったわけだし」
諦めたようにカバンを持った方の手でポリポリと後頭部を掻いた。
「まあね。直接コウちゃんに会おうとするなら、学校に乗り込むしかないもんね」
私も空を見上げて溜息を付く。
「ってことで、当分一緒に帰るぞ」
「は?」
「明日はお前が俺の学校に迎えに来いよ」
「なんで・・・?」
「だから、アピールだよ。お前の学校には今日でそこそこアピれただろうから、次は俺の学校でアピらないと」
「・・・」
「ギャラリーが多くて助かったよ。そのままお前の友達が広めてくれればいいけど」
う、やっぱり後ろの集団に気付いていたか・・・。
「・・・でも、広められたら・・・」
フリで終わらなくなってしまうのでは・・・?
私はその言葉を呑み込んだ。
フルフルっと頭を振る。
「なに?」
コウちゃんは不思議そうな顔をして私を見た。
「ううん、何でもない!」
私はブンブンと首を横に振った。
何故、今の言葉を呑み込んだのか分からない。
―――フリで終わらなくなってしまう・・・。
この質問にコウちゃんから肯定の言葉が返ってくるわけがない。
この幼馴染は昔っから私の事など何とも思っていないのだ。パシリとしか見ていない。
それに、肯定されたところで、こっちだって困る。こんな我儘坊やは願い下げだ。
だからと言って、全否定されたら・・・。
(それも、なんだか・・・な・・・)
何故か胸の辺りがモヤモヤする。
そのモヤモヤが頭の方にも伝わって、混乱してきた。
「・・・おい、唯花、聞いてんの? おいって!」
コウちゃんに繋いでいる手で軽く頭を小突かれ、我に返った。
気が付くと家の前だ。
「あ、ごめん。ボーっとしてた・・・」
私は素直に謝ると、
「じゃあね、コウちゃん」
繋いだ手を離そうとしたが、コウちゃんは離さない。
驚いてコウちゃんを見ると、奴はすっかり呆れ顔だ。
「ホントに人の話聞いてねーな」
そう言うと、そのまま手を引いて門を開けて私の家に入っていく。
「おばさんに用があるって言っただろ」
「え? そうだった? ごめん、聞いてなかった」
私は再び素直に謝ると、インターホンを鳴らした。
いつものようにママがカギを解き、玄関を開けてくれる。
「おかえりー、唯花。・・・っ!!」
「ただいま・・・? ママ、どうしたの?」
「どうしたのって・・・」
目を丸めているママの視線を辿る。と、それは・・・。
コウちゃんは私の手をしっかりと握ったままだった。
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