16.モヤモヤ

重い足を引きずって校門まで歩く。


私の数メートル後ろから、歩実と友人数人がさりげなく付いて来る。

「わくわく」という文字が彼女たちから湧き出ているのが見える。


校門前には有名進学校の制服を纏い、本を片手に壁に寄り掛っている長身のイケメンがいる。

その横を、我が校の女子生徒がチラチラと見ながら通り過ぎる。


「えー、ちょっとあの人? 清水ちゃん?」

「そうそう! あの人が唯ちゃんの彼氏!」

「なになに~! 本当に格好良いじゃん!」

「まじか~! 香川ちゃん、やるな~!」


数メートル後ろの女子達の会話がドスドスと背中に突き刺さる。

だから、嘘彼なんだってば~! 歩実はなぜ助長しているんだ?


「やっと来たのか、唯花。帰るぞ」


近づいた私に気が付き、コウちゃんは本をカバンにしまった。


「・・・コウちゃん。何でここに・・・?」


「何でって、一緒に帰るために」


「だから、何で一緒に・・・?」


食い下がる私に、コウちゃんは呆れたような顔をすると、


「忘れんなよって言ったよな? 俺たち今、どんな関係だっけ?」


上から目線で聞いてくる。


「彼氏彼女でしたね・・・。でも、ニセモ・・、うぐっ・・・」


コウちゃんはその先を言わせないように、私の口を手で塞ぐと、


「そ、彼氏彼女」


にっこりと笑った。

そして、私の口から手を離すと、そのまま私の手を取った。


「じゃ、帰るぞ」


そう言うと私の手を引いて歩き出した。


背後からは黄色い悲鳴が聞こえる。

もう顔から火が出るほど恥ずかしい。

私は真っ赤な顔を隠すように俯きながら、コウちゃんに引きずられるように歩いて行った。





「あのさあ、コウちゃん。彼女のフリをするのはいいけどね、私も彼氏のフリしてもらったんだからさ、だけどね、何のイベントも無い時までさぁ、普通の平和な日常まで彼女のフリしなくてもいいんじゃないの? 別に誰も見てないんだから」


私は歩きながらブチブチと文句を言った。相変わらず手は繋いだままだ。


「どの口が言ってんの?」


コウちゃんは目を細めて私を見た。


「な、なによ?」


思わず怯む。


「だから、お前がその『普通の平和な日常』をぶち壊してんだろーが」


「へ・・・?」


コウちゃんははあ~と溜息付くと、私を軽く睨んだ。


「今日、あの女、俺の学校の門で待ち伏せしてたぞ」


「な!」


「慌てて裏門から出てきたよ。マジで引くわ」


「そ、そいつは災難でしたね・・・、だんな・・・」


「お前のせいだろ」


「あはは・・・」


早速動いたか、恵梨香の奴。早い・・・。


「笑い事じゃないけど」


「すいません・・・」


コウちゃんはもう一度軽く溜息を付くと、


「ま、想定の範囲内だけどな、今日の行動は。学校は知られちまったわけだし」


諦めたようにカバンを持った方の手でポリポリと後頭部を掻いた。


「まあね。直接コウちゃんに会おうとするなら、学校に乗り込むしかないもんね」


私も空を見上げて溜息を付く。


「ってことで、当分一緒に帰るぞ」


「は?」


「明日はお前が俺の学校に迎えに来いよ」


「なんで・・・?」


「だから、アピールだよ。お前の学校には今日でそこそこアピれただろうから、次は俺の学校でアピらないと」


「・・・」


「ギャラリーが多くて助かったよ。そのままお前の友達が広めてくれればいいけど」


う、やっぱり後ろの集団に気付いていたか・・・。


「・・・でも、広められたら・・・」


フリで終わらなくなってしまうのでは・・・?


私はその言葉を呑み込んだ。

フルフルっと頭を振る。


「なに?」


コウちゃんは不思議そうな顔をして私を見た。


「ううん、何でもない!」


私はブンブンと首を横に振った。


何故、今の言葉を呑み込んだのか分からない。


―――フリで終わらなくなってしまう・・・。


この質問にコウちゃんから肯定の言葉が返ってくるわけがない。

この幼馴染は昔っから私の事など何とも思っていないのだ。パシリとしか見ていない。

それに、肯定されたところで、こっちだって困る。こんな我儘坊やは願い下げだ。

だからと言って、全否定されたら・・・。


(それも、なんだか・・・な・・・)


何故か胸の辺りがモヤモヤする。

そのモヤモヤが頭の方にも伝わって、混乱してきた。


「・・・おい、唯花、聞いてんの? おいって!」


コウちゃんに繋いでいる手で軽く頭を小突かれ、我に返った。

気が付くと家の前だ。


「あ、ごめん。ボーっとしてた・・・」


私は素直に謝ると、


「じゃあね、コウちゃん」


繋いだ手を離そうとしたが、コウちゃんは離さない。

驚いてコウちゃんを見ると、奴はすっかり呆れ顔だ。


「ホントに人の話聞いてねーな」


そう言うと、そのまま手を引いて門を開けて私の家に入っていく。


「おばさんに用があるって言っただろ」


「え? そうだった? ごめん、聞いてなかった」


私は再び素直に謝ると、インターホンを鳴らした。


いつものようにママがカギを解き、玄関を開けてくれる。


「おかえりー、唯花。・・・っ!!」


「ただいま・・・? ママ、どうしたの?」


「どうしたのって・・・」


目を丸めているママの視線を辿る。と、それは・・・。


コウちゃんは私の手をしっかりと握ったままだった。

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