17.外堀

「でぇっ!!」


私は大慌てでコウちゃんの手を振り払った。


「こんにちは、おばさん。先日も母さんのお見舞いに来てもらってありがとうございました。母さん喜んでました」


コウちゃんはまったく何事も無かったかのように、スラスラとママに挨拶をする。


「いいのよ! こっちもいつまでもおしゃべりして長居しちゃって、お母さん疲れてなかった?」


「いいえ、全然」


ママはお義理程度に挨拶すると、


「そんなことより、どういうこと!? 今、二人手を繋いでたわよね!」


本題とばかりに、興奮気味に私たちに食い付いた。


「ママ! 違うの! これは・・・」


「俺たち付き合う事になったんです。おばさんには話しておいた方がいいと思って」


動揺する私の言葉をコウちゃんが遮った。

ああ?! 何言ってんの?! あんた!


「まあ! 本当?! やったわね! 唯花!」


「違っ・・・! ママ! あの・・・」


「ママ、嬉しい! コウちゃんみたいな頭が良くて格好良い子、唯花になんか振り向いてくれないかと思ってた~! すごいわね! 唯花!」


「だから、ママ! 違うって!」


「コウちゃん! これからも唯花をよろしくね! 特にお勉強!!」


「もちろんです。これからはお小遣い要らないですよ。彼女の勉強見るのは彼氏として当たり前だし」


「んま~~! なんて頼もしい! コウちゃん、今日はご飯食べてってね! はい、上がって上がって!」


「お邪魔します」


コウちゃんは涼しい顔をして、私より先に玄関を上がる。

呆然としている私を残し、ママとコウちゃんはリビングへ消えていった。


あれ? これって・・・。

もしかして、外堀埋められた・・・?





「なに企んでんの? コウちゃん・・・?」


リビングでコウちゃんにコーヒーとお菓子を出しながら、ママに聞こえないように小声で、だが、どすの利いた声でコウちゃんに尋ねた。


「企むだなんて~! 何言ってんだよ、嫌だなあ、唯花は!」


「ちょっと・・・! コウちゃん、声大きい!」


シーっと口元に人差し指を当ててコウちゃんを睨んだ。なのに、奴は涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

くそー、ママがキッチンにいる手前、大きく声を荒げることが出来ない。


私はコウちゃんの座っているソファの隣に片膝を付くと、ぐぐっとコウちゃんに詰め寄った。


「だから、何考えてんのって聞いてんの! ママを騙してどうすんのよ!?」


「騙すって、人聞き悪い事言うな」


澄まして答える奴に怒りが沸く。

思わず胸倉を掴んで引き寄せた。


「やめろよ、コーヒーが零れるだろ」


「コーヒーどころか、お前の脳みそ零してやろうか! その頭かち割って!」


「へえ、出来るもんならやってみな」


コウちゃんはニヤッと笑うと、私に顔を近づけた。

自分から胸倉を掴んで引き寄せたくせに、さらに近づいてきた顔に私は慌てた。


「あらあら~、いきなり見せつけてくれるのね! でも、コウちゃん、ここはリビングです。控えてちょうだい」


気付くとママがキッチンからこちらを覗いている。


「俺の方が襲われてるんですけど、おばさん」


「もう! 唯花、節操のないことしないでよ」


「ち、違う! ママ、こいつが・・・」


「コウちゃん、今日は回鍋肉だけど、辛めにする?」


「はい。辛めがいいです。おばさんの回鍋肉、美味いですよね」


「まあ、ありがとう。唯花、いつまでコウちゃんにベッタリしてるの。早く着替えて手伝って」


ママに言われて、改めてコウちゃんの顔がすぐ目の前にあることに気が付いた。


「うわぁ!」


私は慌ててコウちゃんを突き放した。


「なんだよ、乱暴だな」


「う、うるさい!」


何故かドキドキと鼓動が早くなっている心臓を押さえると、くるっと向きを変え、リビングを飛び出し、自分の部屋に向かった。





結局、夕食の手伝いをしている間も誤解を解くことが出来ず、ホクホク顔のママとシレっとした顔のコウちゃんと三人で食卓を囲んだ。


しかも、最悪なことは重なる。そこにパパが帰ってきたのだ。


「お、コウちゃん。久しぶりだなぁ!」


背広を脱ぎながらパパは楽しそうにコウちゃんに声を掛けた。


「お邪魔してます、おじさん。お先に頂いてます」


ペコリとコウちゃんは頭を下げる。

そして、当然、次に起こるのは・・・、


「パパー! 聞いて! 唯花とコウちゃん付き合ってるんだって!」


ママの黄色い声がリビングに響き渡る。

私は口に含めたお味噌汁をダラーっとこぼしかけた。

すかさず、コウちゃんがティッシュで私の口元を覆う。


「ええっ! そうだったのか!?」


驚くパパのもとにママが駆け寄り、脱いだ背広を受け取った。


「前から仲が良いなあとは思っていたが、やっぱりそうだったんだなぁ」


パパは嬉しそうに笑うと、


「知らん男に嫁にやるくらいなら、コウちゃんにやった方がいいもんな。コウちゃん。唯花をよろしくな~。捨てないでやってくれよ~」


「はい」


返事をするコウちゃんの前に座った。


こうして、完全に外堀が埋まってしまった。

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