12.遊園地

驚愕した恵梨香の視線の先はもちろんコウちゃんだ。


無駄に長身、無駄に端正な顔。

そして、もしかしたらもう歩実か斉藤君から聞いているかもしれない。コウちゃんの高校名。

青桜学園と言えば、ここ界隈ではちょっと名の知れた進学校だ。

こいつの中身さえ知られなければ、結構なハイスペック男子に見えるはずだ。


そして、ブランド好き略奪女のさがとして、自分より下に想っている女が、自分よりいい男を連れていることを快く思うわけが無い。


驚いた顔をしている恵梨香と目が合った。

きっと私は挑むような目をしていたのだと思う。

恵梨香の目はスーッと細くなったと思うと、口角が上がった。


しかし、それは一瞬で、すぐにいつものわざとらしい笑顔に戻った。


「おはよう! 唯ちゃん、本田君」


皆の傍に近づくと、先に歩実が元気に挨拶してくれた。


「おはよう! 私たち最後だったね、ごめんなさい、みなさん。待たせちゃって」


私は四人に向かって軽く頭を下げた。


「どうも、本田幸司です。よろしく」


コウちゃんも軽く会釈する。


「はじめまして。私、西川恵梨香っていいます」


早速、恵梨香が割って入ってきた。可愛らしく顔を傾げてコウちゃんを見上げる。

一応、林田君には気を使っているらしい。腕を組んだ手は放していない。


「恵梨香って呼んでね。早く仲良くなりたいし」


おいおい、彼氏と腕を組みながら言うセリフ?

さらりと言うところがまた凄い。

あまりにも当然のように言うので、隣の林田君はあまり気になっていないようだ。私たちへのお愛想笑顔が崩れていない。


しかし、私はいきなりのこの先制パンチに面食らってしまった。

この女、コウちゃんを奪う気満々じゃない?

想定内と覚悟はしていたものの、言葉を失う。


「ああ、よろしく。西


コウちゃんはにっこりと恵梨香に返事をした。

その完全営業スマイルを見て、私は少しだけ溜飲が下がった

自分が言ったとおりに下の名前を呼ばれなかったことに、恵梨香の眉がピクッと動いた。

それも私の溜飲を下げた。


「もう入りましょうよ! 西川さん、早くチケット頂戴な!」


今度は歩実が割って入る。


「はーい」


恵梨香は可愛らしく返事をすると、バッグからチケットを取出し、一組を歩実に、もう一組を私ではなく、コウちゃんに差し出した。


「ども」


イラっとしている私の横で、コウちゃんは素直にチケットを受け取った。


「それじゃあ、みんな、行こうぜ~!」


空気を読まない爽やかな斉藤君が先導を切って歩き出した。

私たちは彼に続き遊園地に入って行った。





遊園地に入ってから、私は早くも略奪女の手腕に脱帽した。


最初に人気のジェットコースターの列に並んだのだが、恵梨香は流れるように自然にコウちゃんの隣を陣取ったのだ。

私がコウちゃんと手を離して歩実と話していた僅かな隙に・・・。


二列に並ぶ恵梨香の後ろには林田君。コウちゃんと向かい合って話している時は、林田君は恵梨香の真横になり、その上林田君の肘を掴んでいるので、林田君としては彼女を疑いづらい。

林田君の隣はなぜか斉藤君。

コウちゃんの真後ろに立てば、当然林田君の隣になる。思わず躊躇してしまった私に、歩実が気を利かせて私と腕を組み、私を林田君の隣になるのを防いでくれたのだ。


ということで、コウちゃんと恵梨香、斉藤君と林田君、と続き、林田君の真後ろに私その隣に歩実・・・という、妙な二列並びが出来上がった。


略奪女の戦術に舌を巻き、斉藤君に申し訳ないと思いながらも、歩実の親切に縋るしかなく、私と斉藤君と歩実、コウちゃんと恵梨香と林田君がそれぞれお喋りをしながら、列を進むという状態に陥ってしまった。


いざ、ジェットコースターに乗り込むという時になっても、女神は恵梨香に味方した。


係員に促されるまま、コウちゃんと恵梨香は並んで二人掛けのコースターに乗り込む。

しかも、コースターの最後尾。


我々残り四人は、次のコースターに乗ることになってしまった。


その様子を唖然としたまま見送る林田君。

流石の斉藤君もポリポリと頭を掻きながら、私たちを見た。


「唯ちゃん! 一緒に乗ろうね~~~!!」


歩実は斉藤君が何かを言う前に、私に絡ませた腕に力を込め、にっこりと微笑む。

その微笑みのこめかみには青筋が・・・。


「ははは・・・。うん・・・」


私は力無く返事をすると、頭を掻きながらチラリと斉藤君を見た。

斉藤君は優しく笑いながら、うんうんと頷いてくれる。天使か? あんた。


後半組がジェットコースターを降りた後、先に待っていたコウちゃんと恵梨香の元に向かった。


二人を見ると、仲良く楽し気に話をしている。

そこに、林田君が急いで駆けて行った。


恵梨香は満面の笑みで林田君を迎え、さりげなく腕を組む。

たったそれだけで林田君の焦燥感は消えたようだ。


私は遠目にコウちゃんを見た。

コウちゃんも私の方を見たが、略奪女は隙を与えない。

すぐにコウちゃんに何かを話しかけ、林田君と一緒に三人で歩き出した。


もう次に並ぶところは決まっているようだ。

しっくりしない気持ちを抱えたまま、私たちもその後を付いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る