10.日曜日の前に
「ちょ、ちょっと、コウちゃん?」
突然の事でビックリして、私は慌てて繋がれた手を引っ込めようとしたが、力強く掴まれて離れない。
「おっと、仲良いね! こちらこそ宜しく! それより、その制服って青桜学園の制服だよね! 頭良いだな~、香川さんの彼氏君」
斉藤君はにっこり笑う。
彼の晴れやかで何の疑いのない笑顔を見ると心が痛む。
ごめんなさい、斉藤君。こいつ、嘘彼です・・・。
それに引き換え、コウちゃんの笑顔は清々しいほどの完全営業スマイル。
「いやいや、そんなこと・・・。じゃあ、日曜日に。帰るぞ、唯花」
コウちゃんはクルッと向きを変えると、スタスタ歩き出した。
「え? あ、ちょっと・・・、コウちゃん?」
私は引っ張られながらも後ろを振り向くと、歩実も斉藤君もにっこりと笑いながら手を振っている。
「えっと、歩実!」
助けて~!と何故か叫びたくなり、歩実に手を伸ばす。
だが、歩実は斉藤君に腕を絡めた腕を引っ張るようにクルッと向きを変えて反対方向に歩いて行ってしまった。
伸ばした手も空しく、私はズルズルとコウちゃんに引きずられていった。
★
「ちょっと、コウちゃん、何で学校まで来るの!?」
私は引きずられるように歩きながら、コウちゃんに向かって叫ぶように尋ねた。
「だから、迎えに来たって言っただろ? 一緒に帰ろうと思って」
「一緒に帰る必要がどこにあんのよ?!」
「逆に何で理由がいるんだよ? 彼氏なのに」
コウちゃんはニッと笑って、繋いだ手を持ち上げた。
それを見て、改めて手を繋いでいる事実を思い出した。
私は慌てて手を振り払った。
「フリだって言ってんでしょ! フリ!」
「だから、フリをしてんだろ? 彼氏の。言われた通りに」
「え・・・? あ、そっか・・・」
「何動揺してんの? お前」
コウちゃんはニヤリと小馬鹿にしたように笑う。
「くっ・・・」
思わず言葉に詰まり、つい奴を睨みつけるが、向こうは全然涼しげな顔だ。
私は昔から幼馴染のこの余裕さが気に入らない。
「ま、それは建前で、ちょっと様子を見に来たんだ」
「・・・? 様子?」
「でも、会えたのは普通の方だったけど・・・」
「普通の方・・・? あー・・・!」
私はポンっと手を打った。
「もしかして、恵梨香のこと?」
「・・・それと相方もね。日曜日前に拝んでおこうと思ってたんだけど。まあ、そう上手くいかないか」
あーあ、とばかりに、コウちゃんは両手を頭の後ろに組んで空を見上げた。
「まあ、明後日までお楽しみってとこだな。それにしても、普通の方のお友達はまともそうじゃん、彼氏もさ」
「そうなの! 超良い子なの。今回の件も私よりも怒ってくれて。それに、斉藤君も歩実に負けず劣らず良い人よ。でも、良い人過ぎて、空気読めないのが玉に瑕・・・?」
あ、いかん、ちょっと言い過ぎた?
「とにかく、コウちゃんが彼氏のフリしてくれて助かったよ。そうじゃなかったら斉藤君に誰か紹介してもらおうって、歩実と言ってたの」
ハハハと頭を掻きながらコウちゃんを見た。
「類友って言うからね、斉藤君の友達だったら良い人だろうし。でも、そんな良い人に彼氏のフリをお願いするのも失礼だしさ~」
「そうだったんだ・・・、あっぶね・・・」
「? 何?」
コウちゃんが目を丸めて何かを呟いていたが、首をフルフルっと振ると、いつもの澄まし顔に戻った。
「いや、別に、何でもない」
「???」
首を傾げている私に、コウちゃんはニヤッと口角を上げると、
「じゃ、帰ろうぜ、彼女さん」
そう言って、また私の手を取った。
「な!?」
私は慌てて手を振り払った。
「なんだよ。つれないな、俺の彼女は」
「だ、だから、今、それ要らないから!」
「ふーん? 照れてんの?」
「違うわいっ!!」
「ただのフリなのに、できないんだ? 頼んできたのはそっちなのにさ」
「ぐぬ・・・」
「手も繋ぐこともできなくて、ホントに日曜日に恋人同士のフリなんてできるのかよ? 俺、心配になっちゃうんですけど」
「~~~!!!」
ワザとらしく肩を竦めて、首を振りながら溜息を付くコウちゃんに怒りが沸いてくる。
フルフルと震えながらコウちゃんを睨みつけが、余裕の笑みが返ってくるだけだ。
「ほら、どうぞ、彼女さん」
ニッと笑いながら私に手を差し出して来た。
私はガシッとその手を掴んだ。
そして、キッとコウちゃんを一睨みした後、プイっと大げさに顔を逸らした。
「へえ、良く出来ました」
隣で可笑しそうに笑うコウちゃんの声が聞こえる。
私はフンっと顔を逸らしたまま、手を繋いで歩き出した。
―――顔を逸らしたのには訳がある。
本当なら、さっき手を掴んだ時、コウちゃんの事を一睨みどころか、ずっと睨みつけやるつもりだった。
なのに、私が手を握った瞬間、コウちゃんは驚いたように目を丸くした。
そして、さらに次の瞬間、ふっと顔が緩んだのだ。
(・・・なに? 今の顔・・・)
何故か心の奥がざわついている気がする。
少し鼓動が早くなっているような・・・。
いやいや、気のせい、気のせい!
そう自分に言い聞かせながら歩く。
どうってことないように澄まして歩き続け、家の近くまで来るとやっと解放された。
だが、ホッとしたのもほんの束の間だった。
「おい、唯花、ちょっと右手出して」
そう言われ、気が付くと私の薬指に指輪が・・・。
「日曜日のダブル? いやトリプルだっけ? デートにちゃんとしてこいよ、その指輪」
唖然としたまま、帰っていく後ろ姿を見つめた。
だが、その間も、胸の奥のざわつきも鼓動も止まらない。
それどころか、大きくなっている気がする。
(何だろう・・・? 嫌な予感がする・・・)
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