9.彼氏のコウちゃん

「何とかなりそうよ、歩実! 心配かけてごめんね!」


翌朝、私は教室で歩実に抱き付いた。


「何とかって、どういうこと?! どうやったのよ?」


「土下座したら、何とかなった!」


「はい?」


目を丸めている歩実に、昨日の経緯を簡単に説明する。


「ふーん、幼馴染君ね~」


「うん」


「それはいいかも! だって、幼馴染ならわざわざ先に口裏合わせなんてする必要もないし」


「そうなの! そこなのよ! 相手のある程度の事は知ってるし!」


「よかったわぁ、一安心ね。あの子もびっくりするんじゃない? 彼氏連れてきて」


ニンマリと歩実が笑う。可愛いけどちょっと悪い顔だ。


「そうよ! しかも絶対悔しがるわよ! だってね、私の幼馴染は無駄に顔が良いの!」


「へえ!!」


「そして長身!」


「OH!」


頬に手を当てて驚く歩実に、私はふふふっと誇らしげに笑った。


「歩実から見ても、林田君より格好良いって思うわよ、きっと」


「もともと私、林田君を格好良いとは思ってなかったけどね、唯ちゃんには悪いけど」


ここはスルーして・・・。


私は歩実に顔を寄せた。


「きっと、二人はすぐ別れるわよ。恵梨香がコウちゃんを放っておくわけないもん」


そうだ。きっと、恵梨香はコウちゃんにロックオンするはずだ。

昨日コウちゃんに言われたから気が付いたわけだが。


「そうしたら、林田君はさっさと捨てられるわ!」


ワハハと笑う私の顔は、恐らく歩実よりももっと悪い顔をしているだろう。


「・・・もしかして、復縁するの?」


「するわけないじゃない! お断りよ、あんな優柔不断男! 『ざまあ!』で終結! あばよ!」


そうよね~と言いながら、歩実はちょっと不安そうな顔をした。


「じゃあ、その幼馴染君はどうなるの?」


「え?」


「あの子に獲られちゃうんじゃないの? いいの?」


少し首を傾げて私を心配そうに見る歩実に、心の奥にチクリと痛みが走った。

いいや、走った気がしただけだ。


「うん、いいんじゃない? そっちは獲られたって問題ないわよ。ただの幼馴染だもん」


「ふーん・・・」


歩実は少し目を細めた。


「な、なに?」


「ううん、別に。でもさ、彼氏という事になっているわけだから、あの女からしたらを奪ったことに変わりはないけどね」


「あ! そっか!」


「しかも、イケメン君なんでしょ? 今までよりも、もーっと調子に乗りそう!」


た、確かに・・・。

コウちゃんを獲られるって事は、やはり私のを獲られることだ。偽物とは言え・・・。

それは気に入らない・・・かも・・・。


そうだ! コウちゃん自身は獲られてもどうでもいいが、が獲られるのは避けねばならない!

だって、そうなったら四回目じゃないか! どれだけ記録を更新するつもりだ!


「・・・それは確かにちょっと問題だ・・・」


新たに浮上してきた問題に、私は頭を抱えた。





金曜日の下校時刻。

校門近くで、歩実と斉藤君を見かけた。


歩実には教室でさよならの挨拶を済ませているが、明後日のトリプルデートの件もある。

彼氏の斉藤君にも義理を立てておいた方が良かろうと、私は二人に駆け寄った。


「歩実、斉藤君、日曜日はよろしくね」


「うん、唯ちゃん、明後日ね!」


「よろしくな、香川さん! 香川さんの彼氏ってどんな人なの? 会うの楽しみだな~!」


「ふふふー、私も~。唯ちゃん、楽しみにしてるね!」


斉藤君の能天気で人の良さそうな笑顔に合わせて、歩実もにっこりと笑う。

ごめんね、斉藤君。実は偽物なんです。

人の良い斉藤君に秘密の共有をさせるのは荷が重すぎると判断し、彼には内緒にしている。

『敵を欺くにはまず味方から』とはよく言ったものだ。


「あははは。そんなに期待されると~、ちょっと照れちゃう~~」


適当にへらへらと話を合わせていると、


「唯花」


後ろから私を呼ぶ声がした。


「へ?」


振り向くと、どこから湧いたのか、コウちゃんが立っていた。


「コ、コウちゃん?!」


私は驚いて目を見張った。


「な、なんで、ここに・・・?」


「なんでって、迎えに来たんだよ。一緒に帰ろうと思って」


コウちゃんは動揺する私を呆れたように見ると、片手に持っているスマホを顔の横で振った。


「さっきからメッセージ送ってるのに」


「え? 気が付かなかった・・・」


私は慌ててスマホを取り出そうと、カバンを漁っていると、


「もしかして、唯ちゃんの彼氏君ですか?」


歩実が私の横からちょこんと顔を出した。


「そうだけど。えーっと・・・?」


「日曜日、ご一緒する清水歩実って言います! こっちは私の彼の斉藤君。どうぞ宜しくね!」


歩実は斉藤君を引っ張るように腕を組むと、コウちゃんに挨拶した。


「ああ、唯花の友達ね。普通の方の」


「そう! 普通の方の!」


歩実とコウちゃんは、既に意気投合したように頷き合う。

そして、コウちゃんはにっこりと笑うと、


「どうも、唯花の彼氏の本田幸司って言います。日曜日はよろしく」


そう言って、私の手を取った。

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