8.次のターゲット

私は幼馴染に向かって三本指を突きつけた。


「・・・三人・・・」


「そう! 三人! これって偶然の数じゃないと思わない?」


「・・・ってか、今の彼が初彼って言ってなかったっけ? お前」


「悪かったわね! どうせ、あとの二人は不毛な片思いよ! でも敢えて人の片思い人を自分の彼氏にする女ってどうよ?!」


「ああ・・・、片思いか・・・。だよな・・・。確か誰とも付き合ってなかったはずだもんな・・・、中学時代も・・・」


なにかブツブツ言ってるが、どうせモテない私をあざ笑っているのだろう。

なんせ、ご自身はモテますもんね!


「とにかくね、今回の遊園地だって、私への当て付けなのよ! 人の元カレと目の前でイチャついて楽しもうって魂胆なのよ! 二人で勝手にイチャついてりゃいいのに、人に自慢しないといられないんだわ。しかも私に! ちょっとおかしいのよ、あの子! 病んでんのよ、きっと! だからってなんで、私が被害被らなきゃいけないのよ! 見てられるわけないじゃん!」


捲し立てる私に、コウちゃんは呆れたように肩を竦めた。


「・・・だったら、行くなんて言わなきゃよかったんじゃねーの?」


「あんな言い方されて、我慢できるか!」


「どんないい方?」


「鼻で笑われたぁ! 一人参加でも楽しいわよってぇ!」


私はまたビーっと泣きながら床に伏せた。

コウちゃんはふぅ~と息を吐くと、ゆっくりとソファから立ち上がった。


「じゃあ、売られた喧嘩を買ったお前が悪いな。行くしかない」


「う~~」


歯を喰いしばって唸る私を一瞥すると、コウちゃんはダイニングのテーブルに付いた。


「それより、俺、寿司食うから、お茶淹れて」


「はあ?」


コウちゃんは、私の反抗的な返事など無視するように寿司の蓋を開けると、


「あ、そうだ、割箸もらうの忘れた。唯花、箸取って。あと醤油皿も」


そう言いながら、ぐちゃぐちゃになった箱からワサビを取り出した。


リビングで泣き崩れている私よりも、テーブルに座っている奴の方がキッチンに近い。

そして箸も醤油皿も収納されている食器棚はキッチンにある。もちろん湯茶セットもだ。


「よろしく、彼女さん」


憎たらしいほど勝ち誇った顔で私を見ている。


「それぐらい自分で・・・!」


「ああ、そうそう、日曜日、とおるから遊びに誘われてるんだよね」


「え・・・」


「土曜日は無理だから日曜日にって言われてさ」


「只今、お箸をお持ちします!」


「久々だったんだよな~、亨と遊ぶの」


「お茶もすぐ淹れますね!」


私は慌てて立ち上がると、キッチンへ飛び込んだ。





コウちゃんがお寿司を食べている向かいで、私もお茶を啜りながら、今回の経緯について改めて説明した。


「ふーん・・・。なんか面白い修羅場になってるな」


「面白がるな! 人の不幸を!」


「まあな・・・」


お寿司を食べ終わって、コウちゃんはどこか思案顔でお茶を啜った。


「あのさ、お前の話からすると、その恵梨香って子はお前の好きな子なら誰でも奪い取るように思えるけど」


「うん! そうよ!」


「自分の彼氏と別れてまで、お前の好きな人を奪取してるんだろ?」


「うん。何でそこまでするのか分からないし、一体、私の何が気に入らないかも分からない」


「・・・」


コウちゃんは湯呑をテーブルに置き、腕を組んで考え込んだ。


「どうしたの?」


私はコウちゃんの顔を覗き込んだ。


「ってことはだ。今度、その恵梨香ってのに狙われるのは、俺ってこと?」


「・・・っ!」


私は思わず両手で口元を塞いだ。


なんと! そうか!

コウちゃんが私の彼氏と恵梨香が信じれば、今度のターゲットは間違いなく・・・。


「・・・コウちゃん、確か今、彼女いなかったよね・・・?」


「あ?」


「いや、えっと・・・。まあ、前向きに考えるのも有りかと思うよ!」


コウちゃんの目が急に細くなる。


「どういう意味?」


「うーんと・・・、新しく彼女が出来るってこと・・・かな・・・? あはは・・・」


「・・・お前、俺を売る気?」


「いやいや、そんなこと!」


「俺がその女に執着されたらどうしてくれるんだよ?」


「そ、それは、その時に考えよ! それに、コウちゃん案外気に入るかもよ! 恵梨香はめっちゃ可愛いし!」


「ほう・・・? 顔が可愛い程度で俺がすぐになびくとでも? ずいぶん舐められてるな」


「可愛いだけじゃダメかしら?」


「当たり前だ!」


「なによ・・・、自分だって顔と頭しか良いところ無いくせに・・・」


「あ?」


「何でもないです~。きっと大丈夫よ。学校違うんだしさ、うん! もしかしたら林田君に本気かもしれないし~」


これ以上突っ込まれると、彼氏のフリを撤回されるかもしれない。

そんなことされる前に家に帰ろう! 私の貴重な土下座が無駄になる!


「んじゃ、私帰るね!」


私は飛び上がるように椅子から立ち上がると、カバンを掴み、玄関に走った。


「ちょっと待て」


急いで靴を履いて外に飛び出そうとしたが、後ろから首根っこを掴まれた。

振り向くと、奴が白目で睨んでいる。


「言っておくことがある」


「なに・・・?」


恐る恐る聞くと、コウちゃんの口角が上がった。


「やるからには完璧にやるから」


「え?」


「それだけ。じゃあな。ワサビ、サンキュー」


そう言って、私から手を離すと、そのままリビングに戻ってしまった。

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