7.条件

私の必死の訴えに、コウちゃんの手が緩んだ。


「ったく・・・。分かったよ・・・」


「え・・・?」


コウちゃんの答えに、私も気が緩んで、手の力が弱まった。

その隙に、バッとワサビをコウちゃんに奪い取られてしまった。


「ええ?! ちょっと!」


「だから、ワサビと交換じゃ割が合わないって言ってるだろ!」


「今、分かったって言ったじゃない!」


私はワサビを奪い返そうと手を伸ばした。

すると、その手をコウちゃんに捕まれた。

と思ったら、グイっと引き寄せられた。


「わっ!」


いきなり力強く引っ張られ、驚いて声を上げた。

気が付くと、身体が密着しそうなほど近づき、顔を上げるとすぐ傍に奴の顔がある。


「!」


無駄に端正な顔が私を睨みつけた。不覚にもドキリとする。


「ああ、言ったよ。だけど、交換条件はワサビじゃない」


「え・・・?」


「なってやるよ、お前の彼氏に」


「フリです」


「ああ、フリ。だが、条件がある」


「条件・・・?」





屈辱だ・・・。


私はコウちゃん宅の広いリビングで、ソファに座る奴の前に土下座していた。


「どうか暫くの間、いや、ほんのちょっとの間、えっと、最悪日曜日の一日だけ・・・ううん、出来たら半日で切り上げたい・・・でいいので、私の彼氏のフリをしてください」


深々と頭を下げた。


その様子を、コウちゃんはまるで王子様のように足を組んで見下ろしている。


「最初からそうやってきちんと頼めばいいんだよ。人に頼み事するのにセコイ真似するな」


「くっ・・・」


―――頼みごとをするなら頭を下げろ。


これがコウちゃんの条件だった。

確かに間違っちゃいませんが、土下座までは求め過ぎじゃないでしょうかねぇ!?


心の中でブチブチと文句を言いながら顔をあげると、


「で、何で俺にそんなこと頼むことになったんだよ。お前、彼氏できたばっかりじゃなかったっけ? あれだけ自慢しまくってたのに」


コウちゃんはニヤッと小馬鹿にしたように笑いながら私を見ている。


「ぐっ・・・」


「ラブラブだって言ってなかったっけ?」


「う・・・」


「まさか、もうフラれちゃったの?」


「・・・」


「他の可愛い子に獲られちゃったとか?」


「わ~~~ん!! コウちゃんのバカァ!! 意地悪~~!!」


見事に言い当てられ、私は大声を上げて床に突っ伏した。


「図星かよ・・・」


頭上から呆れた声が振ってくる。


「だって~、今回は相手が悪いの~! 奪う気満々の人相手に適うわけないもん~~!」


「何? その最初から負け犬系。情けねーな」


「だって~! 堂々と奪いに来るならまだしも、私の目の届かないところでいろいろやられちゃ、どうにもできないじゃん! 抗う術がありません~~!」


「目の届かないところでいろいろって・・・。その時点で男が浮気してるってことじゃねーの?」


「う・・・、まあ・・・」


「本気で惚れてたら、すり寄ってくる女なんか上手くかわすだろ」


「・・・うん・・・、まあ・・・」


言葉に詰まる。言い返せない。

私はそろりと頭を上げてコウちゃんを見た。

奴は面倒臭そうにポリポリと頭を掻いている。


「つまり、そう言う事じゃねーの? 言いたかないけど」


「・・・詰まるところ、林田君はそんなに私の事好きじゃなかったと・・・? そうおっしゃってます?」


「それか、女の方がものすごく惚れ込んで、必死だったか。そんなに格好いいんだ? その林田君って奴」


「違うっ!!」


私はガバッと起き上がり叫んだ。


「えー? 格好良くないんだ? 可哀そうに林田君。元カノに全否定されて」


「だから、そっちじゃない! 女の方! 彼女、ぜーったい林田君の事そんなに好きじゃないから!」


「へえ?」


私は怒りでコウちゃんを睨みつけたが、コウちゃんはちょっと面白そうに口角が上がっている。


「彼女は私の物を欲しがるの! の彼氏だから獲ったのよ! そうじゃなかったら林田君に近寄りもしなかったはずよ!」


「自信満々だな。根拠はあるのかよ?」


「ある! だって、これで三人目だもん! 私が好きになった人を獲られたの!」

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